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異世界モノ作りアングラー  作者: 砂野ちや
第四章 湖の家
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160 兄弟弟子

 一度、ユースケたちはペルテ島に戻った。

 留守を守ってくれたお礼に、ステラにお好み焼きと茶碗蒸しをご馳走して小さなパーティーをした。

「ハフハフ、これ美味しいわね! こっちの、茶碗蒸しも中から何が出てくるか分からない楽しみがあって良いわ。しかも美味しい!」

 ビスタルクとグィネヴィア、セフィアまでが気に入っている。

「鰹節がたっぷり作れたからな。出汁や削り節の味って大事だよね。お好み焼きにはマヨネーズも合うぞ!」


「りゃりゃりゃ! ほんとじゃ! これは美味いぞ」

「まぁ! ほんとうね!」

 ふっふっふ、エルフの舌も満足させたようだ。日本食はこの世界では無敵だ。


「ステラ、アルバス王から釣り具の注文が来るかも知れないから、あればよろしく頼むな」

「へぇ〜、あなたアルバス王とそんな仲になったの? 見た目と違って気難しい王って噂なのに」

「おう、ユースケ、ロンの仲だ。って、爺さんが昔、王の魔法指南だったそうなんだ」

「へぇ、いい加減な爺さんなのにね」

「フォフォ、いい加減はワシも認めるぞい」

「開き直っているものね!」


 一週間ほどして、裕介は今度は一人でアペリスコに行く。王にヘラブナ釣りを教えるためだ。

「おぉ、ユースケ待ちかねたぞ。もう釣りは出来るのか?」

「たぶん、そろそろ落ち着いてきて釣れる頃だと思いますが、こればっかりはフナ次第ですからね」


 池に行くと、大小様々なフナが泳いでいるのが見える。

「もう少し、植物性プランクトンが増えて、水が緑色っぽく濁った方が、こいつらの食べ物が多くていいんです」

 そばでピクルス氏が聞いてメモをしている。王の大切なヘラブナだから、殺すわけにはいかないのだろう。


「ふんふん、やはりユースケは詳しいの。それはそうと、なんで池を作った礼を断った?」

「お礼を頂くほどの事でも無いですし、まっ、兄弟子の頼みじゃ無いですか」

 裕介は笑いながら、王に答えた。

「そうか! 兄弟の頼みには礼は要らぬと! 嬉しい事を言うのう。よし、困った事があったら、いつでも兄弟子の余に言ってくれ!」

 王は弟弟子が出来たとご機嫌だ。本当は弟子でも無いのだが。この世界に来て、柿沼や亜湖に散々いじられてきたから、こう言う事には裕介はちゃっかりしている。


「じゃあ、釣ってみましょうか。餌はこれです。これを同じ場所に何度も打ち込んで、少しづつヘラブナを集めてくるんです。最初から釣ると逃げちゃいますよ」

「なるほど、民を扱うのに似ているな。最初は、軍を動かして大まかに土地を整備するのじゃ、そして民に自由に耕作させる。ある程度、収穫が安定したところで税を課すのじゃ。気持ち良く払ってくれるぞ」

「なるほど」


 そうやって、アルバスは耕地を広げ、こののんびりとした風土が生まれたのか。なんでも、無理矢理取り立てるものじゃないんだな。最初は緩和と助成があって希望する者が自主的に耕地を広げて行ったんだ。と裕介は感心する。


 アルバスには、土地を所有して小作させる貴族と言うものが存在しない。軍隊は国直属で土地の開墾やインフラの整備、ギルドと協力して魔物などから土地を守る。王政だが、各地に州知事がいて町長や村長も選挙で選ばれる、軍隊は王直属だがその州内に限って駐屯する軍隊には、州知事に命令権が与えられられる。しかし、王命は全てに優先する。


 こういう、王の下に置いて全ての国民が自由と平等であるという、変わった国だが、五百年もの間外敵の侵略も無く、暴君も現れ無かった理想的な国家で、王も国民も政治に対して誰も不満は持っていないが、そういう太平の世が長く続くと、暇を持て余して刺激を求めているという感じなのかも知れない。そういうものが芸術を求めるのかな?


 王と二人並んで座り、打ち込みを開始する。裕介の用意したグルテンを何度も打ち込む。まだ水の透明度が高いため、魚がウキの近くに集まってきているのが良くわかる、カレンと釣った時のようにウキが左右に揺れ始めた。

「そろそろ、魚が集まり、餌を啄み始めましたよ」

 カレンの作ったウキの感度は抜群だ。餌の減り具合、魚の啄み、側で動く魚の気配までウキの動きに現れる。

「ドキドキするな」

 王のウキがスッと入る。合わせそこなった。

「今のが、当たりです。今ので手首を返して合わせて鉤に乗せるんです」

「なるほど、今のがそうか!」


 王は餌を付け直し、同じ位置に打ち込む。打ち込まれたときはウキは水面で寝ている。ある程度まで餌が沈むと静かにウキが立ち、餌の重みでトップが水面スレスレまで沈む。

 その目盛りが、餌が溶けるにしたがって、徐々に浮いて来る。餌が溶けて落ちる時は、突然ウキがスッと浮かぶが、その前に魚が食いあげた時も同じような動きをする。ヘラブナの動きは微々たるものなので、ウキの浮かびも微々たるものなのだが、餌が落ちるタイミングではなく、ウキに動きが出る時は魚が餌を吸い込んだ時だ。

 剣士の立ち合いで、長いにらみ合いの末、足の微妙な運びの違い、筋肉の強張りで打ち込んでくるタイミングを知るなどと聞くが、ヘラ釣りのウキの動きにはその真剣勝負と似たものがある。


 王もそれに気づいたようだ。これは真剣勝負なのだと王は自分に言い聞かせ、次のウキの微妙な動きで合わせを入れた。

「お! おぉぉ、魚の手ごたえじゃ!」

「ゆっくりと魚の顔を水面に出させ、空気を吸わせてください。それで大人しくなります」

 言われた通り、王は空気を吸わせ、竿を立てて手元の網で魚を掬った。

「これが釣りか! 確かに面白い! まるで真剣で立ち会っているようではないか!」

「そうです、その緊張感が無ければ釣れるものも釣れません。おわかりいただけましたか」

「うむ、良く分かったぞ、ユースケ!」


 釣りとは、側で見ているものには、のんびりと寛いでいるように見えるものだ。しかし、釣っている人間の心は、常に動きまわり葛藤している。だから、永遠にと思えるほど待ち続けることが出来る。しかし、合わせは一瞬。躊躇いもなくそれが出来なければ、魚を逃し、後悔だけを残すことになる。その為に、常に万全であるように道具を手入れし、心を落ち着かせ、苦行とも思えるほどの忍耐力を持って水面を見続ける。

 こうして釣った一匹は、何物にも替え難い喜びをもたらしてくれるものだ。


 今、ロン王は、その初めての一匹を手にした。

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