16 母の形見
士官クラスの食事は、新兵訓練所に比べるとかなりいい。とは言っても少尉以上の階級のものしかいないこの食堂では、俺たちミステイクは末席になる。他はたぶん、上級貴族の子弟や、武功がとりわけ凄かった人たちなんだろう。俺たち外人部隊扱いのミステイクに顔をしかめるものはいても、好んで自ら話しかけてくるものはいなかった。
そんな中、グレッグ少尉だけは別だ。俺たちの給仕を務めてくれ、食事は俺たちの後にしているらしい。食事が終わったあと、みんなは部屋に戻り俺は食堂そばの談話室に本棚があったので、何か自分の魔法の参考になるものがないか調べものをしていた。
「カワハラ中尉、少しよろしいでしょうか?」
後ろから声をかけられた。振り返るとグレッグ少尉が立っている。
「ん… どうした?」
「あの… 昼間に金族製品で困ったことがあれば、とおっしゃったのに甘えたいのですが」
「あぁ、昼間もなんか、モジモジしていたな」
「これなのですが…」
アリサがテーブルに置いたのは、銀をベースにしたバラのような花をあしらった腕輪だった。
途中で二つに折れてしまっている。
「綺麗な作りだな。バラの花が精巧に作ってある」
「リーズという、私の故郷の花です。母の形見なのですが、折れてしまって」
「そうか、そりゃ大切なものだな。直せると思うぞ」
「直りますか?」
俺はアリサから腕輪を受け取ると折れている部分を仮合わせしてみる。欠損している部品はないようだ。破断面を極薄く液状化して引っ付け、俺が手でくっつけたまんま、アリサにはみ出た液を布で綺麗にふき取ってもらう。
二人、顔を近づけての作業になるので、俺は良い匂いがすると思い、アリサは少し赤くなっていた。綺麗にふき取れてバリがないことを確認した上で、魔力をかけ硬化させると、折れたブレスレットは見事にくっついた。銀ロウでもこうは上手くはいかないだろう。少し力を加えてみたが、強度は問題ないようだ。完全に一体化している。我ながら完璧だ。
「ありがとうございます。カワハラ中尉。もう治らないものだと諦めていました」
「直せて良かったよ」
「これが勇者の力なのですね」
「俺は、小道具係だけどね。柿沼さんや、池宮さんのはもっとすごいよ。あっ、亜湖さんもだけど」
「火風闇ですもんね」
「うん、でもどうやれば、銀製品がこんな折れ方するんだ?」
「元々、私がもらった時点で折れていたものなんです。だからどうやって折ったのかはわかりません」
「そうなのか。伸びた形跡もないし、瀬戸物が割れるみたいな折れ方を銀がするなんて」
「そう言われてみれば、そうですね。でも何にしても助かりました。ありがとうございます」
「うん、金属や土のことなら何でも言って」
翌朝、俺たちはアリサに案内されて表門側の城壁の上から、ルルド砦を眺めた。
「すごいな」
川岸の岩の上に石積みの八メートルくらいの壁が、天然の岩を繋ぎながら上流から三キロは繋がっているのではないだろうか?元々山肌だったのか、一段目の壁の上に、また壁があり高い場所では三段の壁になっており、その一段一段に兵が見張っている。
こちらのサーズカルも平地の河原に二十メートルの壁を良く立てたものだと思うが、相手も天然の地形をうまく利用して大掛かりなものを立てている。
これでは二十年小康状態なことも頷ける。
俺たちは、望遠鏡を取り出して、それぞれに気になる箇所を観察していた。アリサが興味を持ったのか、「それは、何ですか?」と聞く。「望遠鏡だよ」と答えて、アリサに使ってみるよう貸し渡した。
「えぇ~! あの遠い場所が、こんなに大きく見えるんですか?」
望遠鏡から目を離して、見ている場所を確認し、また望遠鏡を覗いている。
「これ、一つ頂くわけにはいきませんか? 連隊長にお見せしたいのです」
「ああ、いいよそれなら、僕のを持っていけばいい」
海野さんが、自分の望遠鏡をアリサに渡す。
「海野さん、いいの?」
俺は海野さんに聞く。指揮官の海野さんが一番必要な気がしたからだ。
「せっかく裕介君に作ってもらったのに、悪いけど僕は鳥や魔物の目を使えるからね。夜中でも至近距離から観察した情報が見えるんだ」
「えっ! 賢者の能力って、そんなのもあるんっすか?」
「ネズミを使役して、密談を聞いたりも出来るよ」
「海野さん…! それって…!」
「女風呂、覗き放題じゃないっすか!」
亜湖さん、また、そっちかい! アリサにジト目どころか、凍り付きそうな、冷ややかな目で見られている。黙っていてあげたのに、自分で言っちゃった。