159 金魚
裕介は工事の後、ベイグルのカレンに手紙を書いた。
アルバス王がヘラ釣りがしたいと言い出して、王宮にヘラ池を作ったことを報告した。
翌朝には返事が届いたのだから、カレンの喜び様が推し量れる。
手紙には、早速常連の釣り仲間に頼んで、王にヘラ道具一式を献上させるとあった。ミリムと意気投合して楽しくやっているそうだが、ベイグルの冬は寒いらしい。
「これで、道具の心配も無くなったし、残りは肝心のヘラブナだな」
「今日は釣りに行くのかの?」
「そうだな。結構な量を池に入れないといけないから、三人で頑張って釣るかな?」
「網で掬う方が早くないか?」
「そんな気もするけど、とりあえず釣ってみようよ」
「へぇ〜、この釣りは動く必要も無くて、魚とじっくりやり取りするから面白いね!」
五匹目を釣り上げたグィネヴィアが、水中に沈めたフラシに魚を入れながら、そう言う。
この釣りはグィネヴィアには合っているようで、面白いと思ったらしい。問題はビスタルクだ。元々落ち着きの無い人だから、なかなか苦労している。
グィネヴィアと裕介が、ひょいひょいと釣り上げるのを横目で見ながら、「網で掬おう!」と言い続けている。
「あなた、ちょっと静かにしてなさい!」
ビシッとグィネヴィアに叱られている。ビスタルクはシュンとなって静かになった。
「この、ウキが微妙に動くのが良いわね。まるで森に隠れて弓で獲物を狙っている時のよう」
「なるほどな、ヘラ釣りはエルフ心をくすぐるんだな」
ビスタルクはああだが、ヘラ釣りは、安全な狩の様で、案外この世界の人に好まれるんじゃないか? と裕介は感じた。まぁ、日本でもあれだけファンがいて、長年続いているんだから疑う余地も無いが。
釣りはヘラに始まりヘラに終わる
こう言う言葉が、日本にはあった。
ヘラブナは、近くの池に住む狙い易い釣魚対象だ。道具や餌もシンプルで釣りを始めるのには絶好の魚である。ヘラブナで釣りを覚えた釣り人は、その後、渓流だとか、海だとか比較的難しい魚に挑戦するようになる。そして、一人前の釣り師になった後で、ヘラブナ釣りの奥深さに気づく。こうして、釣り師はまた、ヘラブナ釣りに戻って行くのだと、この言葉は語っている。
たかがヘラブナ、されどヘラブナなのである。
こう言うことも踏まえて、裕介はロン王にヘラ池作りを提案した。とっつき易く、奥が深い。王がハマれば、アルバスでヘラ釣りも流行して、カレンが作る素晴らしい釣り具も活かされるだろう。使われずに作り続けるには、余りに勿体ない道具たちなのだ。
裕介とグィネヴィアで80枚ほどの、ヘラブナが釣れたので釣りは打ち切りにして、作っていた水槽に移す。
やっとビスタルクに、網で掬っても良いと許可が出て、得意の闇魔法で集まっていたヘラブナを一気に掬った。全部で三百枚くらいにはなっただろうか? 弱らないうちに、大急ぎで水槽を浮遊魔法を使って船と並走させながら運び、ヘラ池に放流した。
あとは、水草や岸際の葦に似た草を植えたら完成だ。春になると放流したヘラブナはノッコミと言う産卵期に入る。こう言う浅瀬の葦や、水草に卵を産みつける。このために、裕介はヘラ池の流れ込み部に浅瀬の産卵用の池を作っていた。この部分は葦が生茂り釣りは出来ないが、稚魚が育つ良い環境になるはずだ。
池は一定の深さでは無く、なだらかな勾配がついていて、様々な深さで釣れるように配慮してある。
稚魚が三十センチほどに育つには、三年ほどかかるだろうが、ピクルス氏にはそう言ったことも説明してあるので、後の管理はお任せだ。
「あれ? 赤いのがいるな」
池に水槽から移している最中に裕介が気づいた。
「本当だ。網で掬った中に混ざっていたんだな。アレもヘラブナか?」
「多分。突然変異か何かで赤いのが産まれたのかな?」
「あれが釣れたら、大当たりね!」
グィネヴィアが嬉しそうに笑う。
赤いヘラブナは、他のフナと一緒に深みへと消えて行った。
金魚の起源はこのヘラブナの様に二千年ほど昔、突然変異で産まれた赤いフナだと言われる。重宝され特権階級に保護されて、長い年月をかけて品種改良され現在の金魚になったのだと言う。
アルバスでも、いつかは金魚が誕生するかも知れない。
一応約束した、ヘラ池の工事とヘラブナの放流が終わった事を王に報告する。
「そうかユースケご苦労だった。直ぐ釣れるか?」
「いや、無理でしょう。少なくとも一週間は置いて、フナたちが池の水や環境に馴染まないと餌を食べないでしょう。
「そうか、カレンの代理と言うものが、ユースケが持っていたのと同じ道具を持って来たのだ。早く使ってみたくての」
「そうだ、ラインとウキ止めはこれを使って下さい」
「これは?」
「ベイグルで開発された、新素材です。カレンさんが戻ってくると、手に入るようになるとは思いますが、それまではパルージャ商会を通してベイグルのミリムセイコウから取り寄せて下さい。サファイアラインのゼロロクと、ウキ止めミドルと言ってもらえれば、同じものが届きます」
「ゼロロクとミドルじゃな」
王は筆記係に『そこ、大切なとこ』てな顔をして、目配せしている。
「じゃあ、道具の作り方を教えます」
とは言うものの、鉤の結び方から教えるのだから、なかなか一筋縄ではいかなかった。しかし、王は子供のように目をキラキラさせて、一心不乱に覚えていた。これだけでも、この時間は王の退屈は払拭されたかも知れない。