155 リアクションバイト
「じゃあセフィア、行ってくるよ」
「気を付けて、あなた」
「うん」
裕介はセフィアとキスを交わして家を出る。ついでにビスタルクの家に寄り、夫婦と一緒にミセスセフィアに乗り込み宙に浮かんだ。
「へぇ〜、この船は空も飛べたのね」
グィネヴィアが感心する。
「セフィアの魔方陣でね。でも高度は二十メートルまでだけどね」
「充分じゃない! しかも速いわ!」
「これもセフィアの魔方陣」
「帰ったら教えてもらいましょう!」
「グィネヴィアさんも爺さんも空が飛べるって聞いたけど?」
「飛べる事は飛べるわよ。浮遊魔法を靴や衣服にかけるのよ」
「あっ、なるほど! その手があったか!」
「でも、締め付けられて結構苦しいのよ」
「どうして生体には、浮遊魔法は使えないんだろうな?」
「生体にかけると、血液なんかも逆流したりして死んじゃう可能性があるからよ。魔法は直接的に命を奪う事は出来ないようになってるの」
「木魔法で木を炭にしたりは出来るけどな?」
「命と言っても、木や微生物、ダニなんかの小さな虫は別よ。クリーンナップで死滅するでしょ?」
「なんだか、人間に都合良く出来てるな」
「そりゃそうよ、人間が作り出したものだもの」
「へっ? そうなの?」
「そうよ。大昔に龍族が世界を支配していた時代があったの、結局殺し合って滅んでしまったのだけど、その龍のエネルギーが世界に散らばったものが魔素よ」
「龍のエネルギー? 魔素ってエネルギーなのか?」
「そう、不滅のエネルギーよ。使っても結局集束してまた魔素に戻るの」
「へぇ〜、永久機関みたいだな」
「人はその魔素のエネルギーを変換する方法を発見したの。それが魔法と魔法陣」
「魔法陣は要求する魔力を込めることが出来れば、誰でも起動出来るわ。魔法は、その属性を持っていても訓練しないと使えない。逆に訓練次第で別の属性を習得することも可能なの」
「なるほどな、それで爺さんは修行しろとか言ってたのか」
そんな話しをしているうちに、カダラ灯台が見えてきた。この世界で夜に船を運航する事はほとんど無いが、カダラ灯台の北側は大きな湾になっていて、何かの時の自然の待避所になる。その目印として灯台が設置されているらしい。
この湾は渡鳥達の絶好の越冬地になっているそうだ。
数羽で列を作って進む鳥、水飛沫を上げ飛び立つ鳥、長く首を伸ばして喧嘩している鳥、大きく羽根を広げて着水する鳥。賑やかな事だ。
そういう鳥の楽園を眺めながら飛んでいると、その鳥たちの外側の水中に大きな影が揺らいでいるのが見えた。
「あれかな? 一、二、三匹いるな」
「かなり大きいのぅ、本当に魚かの?」
「まぁ、やってみて食えば分かるだろ」
裕介はアイテムボックスから白鳥型のクローラーベイトを取り出すと、浮遊魔法で静かに鳥の群れの外側に運んだ。
魔法でルアーを操作する。右に左に傾きながら、結構な金切り音と水飛沫を上げながら、ルアーの白鳥は大きな影の群れを目掛けて一直線に進む。
ルアーの後方にいい感じに引き波が出ているが、ルアーはそのまま真っ直ぐに影の上を通り越してしまった。
「あれ? おかしいな? なんの反応も示さなかったな」
「やっぱり偽物だとバレているのじゃないかのう?」
「あんな物を魚が食べるって方が不思議だわ」
「イヤイヤ、何かキーがあるんだ。絶対食うって」
そういう裕介も、確たる根拠があって言っているわけではない。ただ単に、ルアーフィッシングでは必ず食うと信じ切って、使い続ける事が大事だという信条があるだけの事だ。
「今度は、斜め横から誘ってみよう。リアクションバイトって言って、食い気は無いけど攻撃や威嚇や反射的に食ってしまう事があるんだ。魚は手が無いからね、何かの時には口を使うんだ」
斜め横から不意に魚の目に入るような角度で、魚の斜め前を横切ってみる。反応は無い。
「やっぱり食わないのう」
「イヤイヤ、ネガティブになったら負けだ」
何度かやり直して、そろそろ魚に見切られたかなと感じ始めた時だった。魚が少しだけ反応した。
ひょっとすると、魚はルアーをちょっとウザいと感じたのかも知れない。裕介が少しだけ乱雑にルアーを操作した時の事だった。
「そうか! スピードか?! リトリープが遅すぎたんだ!」
裕介は魚の斜め後ろから、魚の頭の角を通り抜けるよう、ルアーの羽根が壊れるのでは無いかと思えるようなスピードでルアーを走らせる。
派手な水飛沫と、壊れそうな金切り音。
三匹の魚が動いた!
争うようにルアーに襲いかかる!
派手な音と共に、ルアーが水に飲まれる。
「フィッシュ オン!」
その一匹がヒットした!
裕介は、浮遊魔法で水面上を移動させようとルアーを操作する。魚は水中にルアーを引き込もうと、水上を縦に波打つようにうねる。結果、ルアーの鉤はガッチリと魚の上顎に食い込んだ。
魔法陣に魔力を注ぐ、暴れながら巨大なイトウが水上に頭を出した。イトウはジャンプを試みる。裕介は浮遊魔法でルアーを水平に移動させる。魔法陣の魔力と浮遊魔法の同時操作だ。
裕介は気づかなかったが、ビスタルクとグィネヴィアは顔を見合わせて満足そうに頷いている。
イトウは尚も暴れ、鉤を外そうとするがガッチリ食い込んだ鉤は外れる気配も無い。
やがて、野良打ちながらも確かに六メートルのイトウは空中にその全貌を現した。
「デ、デカイのう!」
「本当にあんなモノで釣れるのね!」
「釣れたな」
裕介は白い歯を見せてニカッと笑った。
「じゃあこれを漁業ギルドに持って行ってやろう! モゾルカの爺さんもこれで信じるだろう」
「では、ワシが絞めて血抜きをしてやろう、そのままぶら下げておれよ!」
ビスタルクは手を合わせて、右上から左下に振り抜いた。空気のブーメランのようなものが、魚の頭目掛けて飛んで行き、スパッと背側の頭の付け根を切り裂いた。魚の心臓の鼓動で切れた血管から血が溢れ滴り落ちる。そして魚は動かなくなった。
魚をクリーンナップする。
「じゃあ、次は私ね」
グィネヴィアが杖を振ると、一瞬で魚が消えた。
「もう魔力は解いていいわよ。亜空間に入れたから」
「すげぇ! カマイタチと亜空間収納?! 流石、大魔法使い!」
「フォッフォッフォッ、弟子になる気になったかの?」
「ならねぇよ!」