150 放浪記
言われるがまま、裕介とセフィアはビスタルクとグィネヴィアの家に案内された。丸太を組んで作られたログハウスだ、ウッドデッキが大きく迫り出していて、ちょっとしたガーデンパーティーくらい出来そうな家だ。湖の中にある島の低い木立に囲まれたログハウス。外国の釣り宿の様で憧れる。
表のウッドデッキのテーブルに座ると、家の中から食器が飛んで来て、お茶がティーポットを満たす。グィネヴィアの魔法だ。
「どうぞ」
お茶をカップに注いで、グィネヴィアが微笑んで裕介とセフィアに勧める。
「どうも。俺たちは、世界を釣り歩く旅を夫婦でやっています。大魔法使いが獲った魚を売りに来られるって、聞いたのでお話しを伺たくてお邪魔しました」
「ほぉ、釣りの旅をのう」
「黒龍の匂いってなんですか?」
「おや、知らずに勇者を名乗っていたのか?」
「はい、なんのことやら?」
「うーん、どうしようかなぁ〜」
「あなた! ちゃっちゃと教えてあげなさい! そんな勿体ぶる様なことじゃ無いでしょ!」
「はい!」
怒られている。どうやらビスタルクは尻に敷かれている様だ。
「ユースケ君は、黒龍に気にいられたのじゃろう。黒龍が魔力を分け与えたんじゃ。勇者と言うのは、魔王や賢者と同じものでな、龍族の長の黒龍から授けられる能力じゃ。セフィアさんは、その魔力をもらってマエストロになったのじゃろう? だから、二人とも黒龍の匂いがプンプンしておる」
なるほど、しかし黒龍の知り合いなんていないけどな。と裕介は首を傾げる。
「しかも、土の勇者だと言うのに、何故空間魔法が使える?」
「空間魔法? 知りませんよ。土魔法以外、使った事も無いですよ! いつもセフィア頼りで」
「いや、主人の言う通りユースケさんは、空間魔法、つまり闇魔法の使い手だと思うよ」
グィネヴィアまでが、同じ事を言う。
「セフィア、どう思う?」
「もしお二人の言う通りだとしたら、あなたの土魔法で変なのは、気化の魔法でしょうか?」
「確かに、固体を気化すれば一千倍に膨張するハズなのに、俺のはそれが無いけどな」
「そうです。それに気化すると身体に良くないガスが発生するハズなのに、あなたのはそうはなりません。まるで空気を吸ってるみたいに… あっ!」
「ほぉ、セフィアさんは気づいたようじゃのう」
「そうです。あなたの気化魔法は空気になるんです。空間魔法で、何処かの空気と固体を入れ替えてるんです!」
「えっ?! 土や金属や液体を気化していたんじゃ無いって事?」
「最初、いつどこで気化魔法を使いましたか?」
そう言われて、裕介は思い返してみる。アレは確か勇者の紋様が現れて直ぐの頃だった。土の勇者だと街の魔術師に鑑定してもらって、実際に新兵訓練所の亜湖さんと相部屋だった自室で、一人でこっそりと試してみた。
石を液状化するのは、あっさりと出来た。気化してみようと思ったが、毒ガスや、爆発的な膨張をする危険がある予備知識があったために、恐る恐る大豆大の小石を気化してみた。問題なく、事故も起こさずにうまく気化出来た。それから段々と大胆に使うようになった。
それでも、毒ガス発生と爆発的膨張の杞憂は頭から離れず、オーク狩りやトンネル工事で使って来た。
「自分の部屋で、こっそりとビビりながら使った」
「きっとその時から、空間魔法が使えたんですよ」
「ふむ、面白いのう。日本の科学の知識が邪魔をしたと言うことかの?」
「もしかして、ビスタルクさんは日本からの転移者ですか?」
「ワシか? ワシは違うぞ! ただ、若い頃に転移者の息子のようなものだったのじゃ」
「ひょっとして、カンゾウさん?」
「何故、その名前を知っておる?」
裕介は、アイテムボックスから、カレンにもらったカンゾウ竿を取り出して見せた。
「懐かしいのう、まだあったのか?!」
「ええ、カレンさんと言う女性が、アペリスコで作り続けていました」
「そうか! そうか!」
ビスタルクは、身を乗り出してカンゾウ竿を懐かしそうに手に取った。
「ワシは、二十歳の頃までは、カンゾウさんの子供みたいなものでな。カンゾウさんに色んな事を教わった。米や味噌の作り方、草鞋や傘張り、竿やウキの作り方」
ビスタルクの回想は続く。
ワシには、闇魔法があったのじゃが、大魔法使いに憧れておってのう。
海の向こうのアルラシア大陸に、大魔法使いがいると言う話しを聞いて、カンゾウさんに話したら、若いうちに思い残す事なく、やりたい事をやれと言われてな、ワシは単身でアミザから海を渡ってアルラシア大陸を放浪した。
そこで大魔法使いの師匠と出会い、修行に明け暮れて二十年やっと大魔法使いになったのじゃ。
その修行中にグィネヴィアと出会ってのう、二人で一緒にここに帰って来たが、もうカンゾウさんはいなかった。
仕方無く、またグィネヴィアと二人で世界を放浪しての。八十歳を過ぎてからここで余生を送ろうと戻って来て、ここに家を建てたと言うわけじゃ。
「凄いな。大放浪記ですね」
「まぁ、カンゾウさんに恩返しをしようと、探して旅をしたのじゃが、結局見つけられなんだ」
「私と出会えたから良かったじゃない!」
「そうじゃのう。結局子供も出来なかったし、弟子も取らなかったが、好きなことを出来たしのう」
「六十年以上も、夫婦でいてこんな風に言い合えるって素敵ですね!」
「でも、この人がいなくなった後は、私は未だ五百年も一人で生きなくちゃいけないのよ」
「エルフって何歳まで生きれるんですか?」
「大体、八百歳くらいかな?」
「八百歳?!」
「そう、まだ三度くらいやり直せるかしら?」
「そっ、そんな事を言わないでくれよう、グィネヴィア。ワシは愛しているのじゃ」
「はいはい」
百歳越えの爺さんとは、思えないセリフだ。
ほんと、根っからの根無し草で甘えたの百歳。癖が強いにも程がある。なんと自由な人生だ。
そう言う裕介も、一つ年上の女房と放浪中だが、格が違う。
「そこでじゃ、ワシの最後の仕事じゃ。お前達二人、ここで修行をせんか?」
「いや、俺達は釣りの旅があるし、いずれベイグルに戻るだろうから…」
「しかし、当分、旅は無理じゃろ?」
「あなた!!」
グィネヴィアが顔を顰める。
セフィアは、このクソジジイと一瞬思った。