149 ビスタルク
いつも通りのランクの宿を取り直し、ポイントや狙えそうな魚について、情報収集を始める。
街の中に漁港があると言うので、足を運んでみた。ほとんどは刺し網で取れる小魚やエビばかりだ。未だ、グレッグ研究所やミリムセイコウで作るスライム樹脂の様な丈夫な糸が無いので、大物は捕獲出来ないのだろう。
そう思いながら見て回っていたら、中央にバカでかい魚コーナーがあった。
「すげぇ、こんなのがいるのか!」
二メートルを超えるタイメン。同じくらいの淡水エイ、三メートルを超えるナマズ。これも同じくらいのソウギョらしき魚、化け物揃いだ。
「凄いだろ?!」
言われてそちらを見ると、日焼けしたシワだらけの顔に、白髪坊主の爺さんが立っていた。一目見て、頑固だろうと推測が立つ。痩せているのに筋肉質、多分体脂肪率は十パーセントを切っているのではないかと思う様な、カンフーの達人みたいな体型だ。
「旅行者か?」
「そうです。世界を釣りしながら旅をしています」
「へん! ご気楽なこったな。でも、これは釣れないだろ?」
爺さんは、バカにした様な笑い方で聞く。
「どうでしょうね? エイ以外はなんとかなるかも知れませんね」
「ホラ吹きめ。しかし、俺はホラ吹きは嫌いじゃねぇ。ビビって縮こまるヤツよりは、見込みがあるからな」
「はぁ、それはどうも。でこの魚はあなたが釣ったんですか?」
「いや、俺じゃねぇ!」
じゃぁ、なんなんだ? この爺さんは?
「俺か? 俺はモスカ漁業ギルドのモゾルカだ」
「ベイグルのユースケ・カワハラです」
「この魚は釣ったものじゃねぇ」
「でも、網では無理でしょ?」
「おう、無理だな。魔法で獲ったものだ」
「魔法?!」
「そうだ、魔法だ。スレーブル湖の中には、沢山の諸島みたいなものがあるんだが、その中のサルバレスカ諸島の島に、大魔法使いのビスタルクって爺さんが住んでいる。その爺さんが魔法で獲って、時々、小遣い稼ぎに売りに来るんだ」
「大魔法使い?」
「魔法マエストロが、魔法の先生つまりインストラクターだとしたら、大魔法使いは、達人みたいなものです」
セフィアが裕介に説明する。
「つまり、セフィアよりも凄いってことか?」
「ええ、きっと」
「それは、一度会ってみたいな」
「癖が強いぞ」
頑固そうなモゾルカが言うのだから、きっと相当なものなのだろう。それでも、裕介もセフィアも一度は会って話してみたいと思った。
漁港を出て、ステラと別れた裕介とセフィアは、サバレスカ諸島の場所を聞いて、早速、ビスタルクに逢いに行ってみる事にした。
何度見ても美しい湖だ。ミセスセフィアの全速力でもサバレスカ諸島までは、二時間かかった。
「アレかなぁ?」
低い丘が幾つかある、そこそこの大きさの島だが、人の手が入った畑があり、桟橋にはボートも係留してある。
裕介は、桟橋にミセスセフィアをつけて上陸した。まぁ、船はこのままにして置いても、こんな場所に取る者はいないだろう。
しばらく、畑の側の道を歩いて行くと畑仕事をしているお爺さんがいた。
「こんにちは!」
お爺さんは、こちらをチラッと見たが、そのまま鍬を振う。
「今、こっちを見たよね? シカトかよ?!」
「シカトって何ですか?」
「日本に花札ってカードゲームがあってね、その十点の鹿の絵がソッポを向いているから、あの爺さんみたいに挨拶しても知らぬふりをするのを、シカトって言うんだ」
「ほう? そなたは日本の出身者か?」
いつの間にか、爺さんが傍に来ている。いつの間に?
「ビスタルクさんですか?」
「さぁ〜? そんな人は知らぬのう」
「ビスタルクさんですね!」
「あぁ! そうじゃった。ワシがビスタルクじゃった」
本当に面倒くさい爺さんだな。
「おや? お客さんかい? 珍しいねぇ」
畑の奥から、めちゃめっちゃ綺麗な女性が出てきた。金髪のロング、真っ白な艶々の肌に青い目。鼻がツンと高くて、年の頃はセフィアと同じくらいだろうか? 娘さんにしては歳が離れ過ぎている。お孫さんかな?
「どうやら、ワシに用があるようなのじゃ」
「あら? あなたのお客さんなんて、本当に珍しい。二十年ぶりくらいかしら?」
「あなた? 二十年ぶり???」
「初めまして、ベイグルのユースケ・カワハラと妻のセフィアです」
「おや、夫婦だったの? どおりでね。私は、グィネヴィア。こっちが夫のビスタルク。よろしくね」
「夫?!」
「あはは、笑っちゃうでしょ? でも私の方が年上なのよ」
「お孫さんかと思ってました」
「私はエルフでね。彼よりも百五十歳年上なのよ」
そう言いながら、グィネヴィアは手で髪を上げて尖った耳を見せた。ビスタルクは百歳くらい、グィネヴィアはどう見てもアラサーに見える。それよりもエルフって本当にいたんだ、そっちに裕介もセフィアも感動した。
まぁ、折角だからウチでお茶にでもしましょうか。土の勇者さんと、魔法マエストロさん。
「えっ? 分かるんですか?」
「ええ、黒龍の匂いがプンプンしているもの」
「そうじゃな。日本の出身者で黒龍とは、また変わった組み合わせじゃのう」
「黒龍って、何の話しですか? 見た事もありませんが?」