141 ルビーライン
初夏を迎えたベイグルで、ミリムとアミルは神妙な顔をして、顕微鏡を交互に覗き込んでいた。
「なっ、ミリムねーちゃん。小さな生き物がルビー樹脂を食べてるだろう?」
「ほんとね。ルビー樹脂の周りに集まって一生懸命食べてる気がするわ」
「これ、スライムの幼生なんだよ」
「スライムなの?」
「そう」
「確かめたわけじゃないけど、スライムは住む環境によって、プープスライムになったり、サファイアスライムやルビースライムになるんじゃないかと思うんだ」
「そうなの?」
「パイロン川の水にも、ビレイ湖の水にも、サブル川の水にも、同じこの幼生がいるんだ」
「スライムは分裂して増えるんじゃないの?」
「うん、今まで俺たちが見てきたのは、親スライムが分裂して、親スライムになるものばかりだったけど、幼生がいるってことは、子供も産むって事なんだろうな」
「スライムの赤ちゃんかぁ〜」
「汚れた水の中では、プープスライムに。澄み切った水の中ではサファイアスライムに、鉱物か何かが溶け込んだ水の中ではルビースライムになってるんじゃないかと思う」
「じゃぁ、新しいスライムを探しに行かなくても、環境を作ってやれば、作り出せるって事?」
「そう、僕が言いたかったのは、それだよ。しかもルビー樹脂もスライムの子供が食べてくれるから、ゴミの心配も無くなったって事」
「スライムってすごいのね」
「安心出来たからね、ルビー樹脂を繊維にして糸を作ってみた」
アミルは、そう言うとミリムに糸巻きを渡した。
「少し赤味がかっているけど、樹脂みたいに赤くないのね。何? これ、めちゃくちゃ強いんじゃないの?」
「ダメ、素手で引っ張ると手が切れるよ」
「そこまで?」
「うん、同じ太さでサファイアラインの五倍は強いよ」
「五倍? 一号のラインで五号の強さがあるって事?」
「まぁ、概ねそんな感じ、しかも伸びがほとんど無い」
「すごい!」
「アコノートにあるPEラインってのと、同じくらいの製品なんだ」
「お兄さんが、PEラインが有れば、って良く言ってたわ」
「さぁて、このルビーライン。ねーちゃん。いくらで買う?」
「何よ! アミル君のくせに、その悪徳商人みたいな台詞は!」
「僕だって商売なんだから!」
「どうせ、号数によって作りにくさが変わるんでしょう? 良いわよ言い値で買うわよ。そのかわり量産してよね!」
「売れるのかい?」
「売ってやるわよ! 最近、オスタールからすごい注文が来てるのよ。お兄さんが助けた、セレナ造船所のキレトって子が、うちに修行に来る事になったの。未だ子供だけど、アミザでうちの支店を出すんだって」
「へぇ〜! いよいよ国外進出かぁ〜 さすがですね。社長!」
「だから、どこの悪徳商人なのよ?! バカアミル!」
「バカって言うな!」
「へーん、じゃあ、悪徳商人に良いモノをあげるわ」
「えっ?! なんかくれんの?」
「じゃっじゃん! 羽根枕よ!」
「羽根って鳥の羽根? っで、この顔は?」
ミリムがアミルにプレゼントしたものは、大きめの枕にギガンテスの顔が刺繍されたモノだった。
「お兄さんから、ギガンテス孔雀の羽根が五枚分届いたのよ。竿やウキに使うのは、芯の部分だけだから、余った羽根毛の部分で枕を作ったの。感謝しなさい!」
「いや、この刺繍…、ギガンテスの顔って…!」
「時間かかったのよ!」
「いや、ギガンテスの顔って…」
「何よ! オークの方が良かった?」
「いや、それも、どうだろうか?」
「これで寝て、毎晩、いい夢見なさいよね!」
「え〜!」
--------
裕介達はパイロン川の河口付近の海沿い沿岸を移動していた。確かにマンジローブは移動するようだ、その証拠にマンジローブの大きな森の裏側にぽっかりと帯状に空いた干潟がある。干潟と言っても、枯葉や泥のようなものが堆積しているのだが、そこに穴を掘ってカニやシャコの類が、ウジャウジャいるようだ。掘った穴の砂が蟻塚のようになっている場所もある。
大きなヤシガニが、這っている。ハゼのような魚もいる。これは面白い。
「一度、『むつかけ』をやってみたかったんだ」
「ムツカケって?」
「日本の有明海ってところに、ムツゴロウって魚がいるんだ。丁度こんな干潟で、その魚を振り子みたいに、竿でキャスして鉤で引っ掛ける釣りだ」
裕介はそう、セフィアとカレンに説明しながら、さっさと鉤を作り始めた。
円筒形の錘の先に大きく戻るように、長い鉤が六本付いている。イカ釣りのギャフの先端のような鉤だ。これを渓流用の木製の延べ竿に、ラインをつけてセットした。
「うまく出来るかどうか分からないけど、見ててよ」
「この木製のロッドも、ユースケが作ったのか?」
カレンが聞く。
「そうだ、最初の頃に渓流魚を毛鉤で釣るのに作ったんだ」
「そうか。言っちゃ悪いが、重くて不細工な竿だな」
木製竿については、カレンは手厳しい。
「ははは、言う通りだ。あの頃は馬の毛で釣っていたからな」
「そうでしたね。私はテグスでした。あなたと初めて釣りをした時の事を、良く覚えてますよ」
「あの頃は、ラブラブだったからな」
「今でも、そうですよ」
「おいおい、そう言う話は夜中に二人でやってくれ!」
「ははは、じゃあ、行くぞ!」
七メートル程先の、ハゼの様なムツゴロウっぽい魚に狙いを定めて、裕介は鉤から手を離し、竿で操作する。
ガス!
狙った魚は外したが、隣の大きなヤシガニに引っ掛かった。
「カニが釣れちゃったよ!」
「ぶははは! 狙ったんじゃ無かったのか?!」
「狙ったのは、魚の方だったんだけどな」
「でも、面白そうだな! やろう、やろう! 私はこの竹竿でやってみる」
「じゃ、この鉤を使ってくれ。セフィアもやるだろ?」
「もちろんです!」
評価ポイントとブックマークをありがとうございます。書く励みになります。