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異世界モノ作りアングラー  作者: 砂野ちや
第3章 山脈の南
140/294

140 伝統工芸

 セフィアのウキが微かに動く。魚がエサを啄んでいるのがウキの動きで分かる。

「これって、すっごくドキドキします」

「そうだな、ルアーとはまた違う面白さだろう?」

「はい」

 スーッとウキが入る。

「あっ!」

 セフィアは慌てて合わせた。

「ちょっと遅かったな。もう少しだけ、積極的に合わせて行く事だ」


 目を細めてカレンがセフィアにアドバイスをする。

「難しいですね」

「ウキが一目盛りしか沈まなくても、本アタリは鋭い動きをするから、そこで合わせる」

 そう言いながらカレンは、自分の竿に合わせを入れて、竿をしならせる。


 ふわふわしていたウキが小さくツン! と沈む。

 セフィアは鋭く合わせた。今度は釣れた。

「フィッシュ、オンです」

 嬉しそうに笑う。

「静かに空気を吸わせてから寄せるんだ」

「はい!」

「良いヘラじゃないか」


「綺麗ですね。これは食べないのですか?」

「食べれ無くもないんだが、あまり積極的には食べないな。調理の方法によっては美味しいと聞くが、基本的にはタナゴと同じゲームフィッシュだ」


 これまでの釣行でセフィアもカレンと馴染んできている。さっぱりした性格のカレンは、セフィアにとって付き合いやすい相手であり、特に気構える事も無く姉のように頼れる。そして、なんと言っても日本好きと言う共通点が大きな魅力だった。


 カレンの方もセフィアを気に入っている。一を聞いて十を知るような頭の回転の良さ。多くは語らないが、その理解力と記憶力の良さは一緒にいて気持ちが良いのだ。それでいて、それを決して驕らず控えめなのではあるが、裕介大好きオーラを身体中から発している一途なところが、可愛くて抱きしめたいほどだ。


 この世界では釣り具を理解してくれる人はなかなかおらず、しかも日本の細やかな文化の良さとなると、百年続く彼女の店でも昔からの常連くらいしかいない。実際に売れる竿と言えば、釣って食べることが出来る鮎用の道具ばかりで、ゲームフィッシングがまだ定着していないこの世界では、ヘラ釣り具は飾り物の伝統工芸品的な扱いでしかない。

 綺麗だから買ってみよう。そう言って何処かのお金持ちが時々買って行く。きっと釣り道具としてでは無く、壁飾りとして買って行くのだろう。


 フナを釣るのは、常連の中でも限られた仲間内だけだった。初代はフナが釣りたくてこの竿を作ったハズなのに、竿作りの技術は残っても釣り自体は定着しなかった。カレンは技術を絶やさないようにと、釣り竿として売れないカンゾウ竿を作り続けていた。そこに、裕介とセフィアが現れる。しかも、進化した日本の釣り具の技術を持って。

 カンゾウ竿や釣り具の良さ、ヘラ釣りの楽しさ、ヘラの美しさをこの二人なら分かってくれる。今日の釣りは、カレンにとっては、憧れ続けた釣りであった。


 しかも、彼らの持つ釣り道具はカレンの守ってきた伝統をベースに、その大元の日本で開発されたモノをこの世界で再現したものだと言う。実際にそれらの道具を使って、釣りの可能性は大いに広がった。カレンは、この釣行が終わったらベイグルのミリムセイコウを訪ねてみようと思っている。

 裕介が作り出した技術に、自分の持つ技術を合わせて新たな製品を作り出したいと、この釣行が進むにつれ思うようになっていた。


 裕介もセフィアもコンスタントに釣れ始めた。

「やっぱり、面白いな」

「そうですね。このウキの感度の良さが釣っていて気持ちいいです」

 カレンは裕介達のいない方を向いて、ニヤニヤしていた。先ほどから顔が綻んで仕方ないのだ。


 カレンのウキが、気持ち良すぎるほどスパーンと水中に消えた。

「しまった! コイだ!」

 大きなコイが掛かってしまったらしい。右に左に走るのを懸命にカレンはいなすが、ラインは細い一号、ドラグも何も無くラインの長さに限界のあるノベ竿。いかにカンゾウ竿と言えども、こればかりはどうしようもない。

 程なく、金属の輪の下に付けたハリスが切れ、コイは逃げて行った。


「すまない。折角、魚を寄せて作った釣り場を荒らしてしまった」

「こればかりは、仕方ないさ」

「そうですよ。十分楽しめましたし、気にしないでください」


「じゃぁ、今日はこのくらいにして村に戻るか」

「ほんとうに、すまない」

「気にしない、気にしない」

「そうですよ。カレンさんの素敵な道具のお陰で、こんな面白い釣りが出来たのですから」

「あの時間が、永遠に続いて欲しかったのだが、残念だ」


 三人は村に戻った。雷魚を取り出すと村人達は大喜びだ。もらっても良いのか? と何度も聞き返した。ウロコだけくれと言ったら、丁寧に取って綺麗に重ねて葉っぱで包んで持ってきてくれた。


 早速、裕介はウロコをドライヤーを作って乾かし、ウロコ柄のメタルジグを幾つか作った。

 キラキラと輝き、見る角度によって色が変わるとても綺麗なジグだ。

「綺麗ですね」

「じゃぁ、またイヤリングを作ってやろうか?」

「ええ、是非欲しいです!」

「じゃぁ、カレンさんとお揃いで作ってやろう」


 銀をベースに、ハートの形に切ったウロコのイヤリングを三つ作った。

「一つは、後でミリムに送ってやろう」

「うふ! きっと喜びますよ!」

「はい、カレンさん」

「おっ! おぉ、もらっても良いのか?」

「どうぞ! お揃いですね!」

「嬉しい! ありがとう!」

 カレンも女性だ。銀でハート形に縁飾りされた、雷魚のウロコのイヤリングは、キラキラと緑に見えたり、赤に見えたり、カレンとセフィアの耳で揺れて虹色に輝いていた。

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