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異世界モノ作りアングラー  作者: 砂野ちや
第3章 山脈の南
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139 ヘラブナ

「このルアー釣りと言うのは、釣れ始めると本当に面白いな」

 五本目のシャドーを釣り上げご機嫌のカレンだ。

 裕介が、鱗が欲しいと言うので、身は村人のお土産にすれば良いと全部を持ち帰る事になった。


 確かに凄い歯をしている。この歯で魚を食いちぎるのだろう。雷魚は子煩悩な魚で有名だ、親は子供達を常に近くで見守り、外敵がくれば反撃する。子供を守ろうとする時には、体当たりや噛みつき攻撃を行う獰猛な魚として、農民や漁師が被害に遭うと聞く。


 殺人魚と呼ばれるものは、地球でも結構いる。ピラニアは大人しい方で、群れで興奮状態にならないと自分よりも大きな生き物は襲わないらしいが、もっと厄介な魚は世界各地にいる。

 アマゾンのカンディル、インドの奥地のゴーンチ、生きる魚雷、オニカマス、ヨーロッパオオナマズ、レッドデビルと呼ばれるアメリカオオアカイカ、ダツと言う魚でさえ光に向かって突進する習性があるため危険魚と呼ばれる。


 この川にもどんな魚が潜んでいるかは、まだ分からない。釣った魚を食いちぎった魚が、このシャドーなのかどうかも分からない。あんなスッポンがいるくらいだから、船ごと呑み込むような大ナマズがいてもおかしくない場所なのだ。

 そう考えて、裕介はライフジャケットにエレベーター魔方陣と砂漠の風を、セフィアに頼んで焼き付けてもらっていた。もちろん、アウトリガーを外した船にも緊急用の魔方陣は船体に描いてある。

 まぁ、保険のようなもので、こう言うものを使わずに旅をすることを、念頭に置いている。


 雷魚の引きは、そんな事を思い出すほど強烈であったし、新たなギガンテス孔雀のロッドが、それを容易にこなすほど、素晴らしい素材である事も確認出来た。ロッドのテストとしては、格好のターゲットだった。


「そろそろ、雷魚以外も狙ってみるか」

「鮒を釣ってみるか? 私はこの釣りは結構好きなのだ」

「うん、やってみよう。日本には、釣りはヘラに始まり、ヘラに終わるって格言がある。それほど、ヘラブナ釣りって言うのは奥が深いんだ」

「餌を用意していないぞ。一度戻るか?」

「タナゴ釣りの時に作った餌なら、アイテムボックスに入っているぞ。これだ」

「うん、これなら良いのじゃないだろうか」


「じゃあ、やろう。何処でやる?」

「あの岬の下流側なら、それほど深くも無く流れもほとんど無くて良いのでは無いか?」

「じゃあ、あの立木に船をつけてやってみよう」

 市販船外機で静かにポイントにつける。

「竹竿と竿受けだ」

 カレンが、セフィアのアイテムボックスから道具を一式出してもらい、道具をチョイスしてくれる。


「仕掛けはコレだな。ウキはギガンテス孔雀の小羽根で作った、サクラを使おう」

「名前が付いてるのか? いいなそれ。しかも桜って」

「サクラですか?」

「日本人が大好きな花の名前だよ。大きな木全部に淡いピンク色の花が一斉に咲いて、一斉に散るんだ。綺麗だぞ」

 セフィアとカレンは、裕介の話しを聞いて見てみたいと思うが、この世界では無理だろう。


 仕掛けは、サファイアラインの一号だろうか? 途中に松葉と呼ばれる、ウキ止めの木綿糸が結ばれていて、ずーっと下に板錘が巻き付けてあり、小さな鉄の輪に段違いのハリスで鉤が二つ付いている。

 典型的なヘラ仕掛けだ。サクラと言うウキは、何かの軽い木に漆を塗って、孔雀の羽根の細い芯が細長くトップに付いていて、色漆でメモリが付いている。カレンが作った芸術品と言って良いだろう。


 日本の釣り道具は江戸時代に入ってから、本格的に作り始められたと言われる。戦乱の世が終わりそれまで武具に使われていた技術が、そのまま釣り具作りに生かされて産業が移行したと言う。

 弓に使われた真っ直ぐな竹を作る技術が、そのまま釣竿に生かされ、刀剣を作った技術が釣り鉤に生かされた。武士達は鍛錬と称して、刀を竿に持ち替えた。だから、その時代の日本の釣り道具は、世界的に見ても一級品だったそうだ。

 そう思えば、今のベイグルと少し似ているかも知れない。


 もちろん竿も竿受けも、曲がりのない真っ直ぐな竹で作られ、繋ぎと持ち手部分には丁寧に木綿糸が巻かれ漆で固めてある、綺麗な竿だ。

「良い竿だな」

「分かるか? 百年前のまんまのカンゾウ竿だ」

「渋いなぁ〜。そうだ、ウキ止めはコレを切って使ってみてくれ」

 裕介は、アミルとミリムが作ってくれたゴム管を渡した」


「不思議な材料だな? 柔からく良く伸びる。何かの動物のものか?」

「イヤ、ベイグルで開発されたゴムと言う材料だ」

「ゴムと言うのか? ふむ、ウキ止めに丁度良いな」

 カレンはゴム管に松葉の髭を通して、ウキの先端を差し込んだ。

「これで完成だ。後はウキ下を調節してひたすら打ち込んで鮒を寄せるだけだ。そうだな、ウキ下一メルの宙釣りでやってみよう」


 カレンはエサを握って付け、静かに水中に打ち込んだ。寝ていたウキが静かに立ち、ゆっくりと沈む。上から三番目のメモリで安定したが、餌が徐々にばらけるとゆっくり浮かび、最後にスッと浮かんだ。

 これでエサが無くなったらしい。カレンは手元に仕掛けを回収して、再びエサを付けて打ち込む。

「こんな感じだ。分かったらやってみろ。魚が集まるまで続けるのだ。そのうち食い始める」


 裕介とセフィアも、距離を置いて釣り始める。

 静かな釣りだ。鳥や虫の鳴き声、違う場所で時折何かの大きな魚が水面を叩く音がして、波紋が立つ。小魚が大きな魚に追われて、小さなナブラが立つ。水鳥が水面に着水する。時折吹く風が頬を撫でる。

 まるで悠久の時間が過ぎて行くように、三人は無言でウキを見つめる。


「ほーら、ウキが左右に揺れ始めた。魚が寄ってきたぞ」

 カレンのウキが、ツンと沈む。再び浮かび、揺れた後、再度、ツンと沈みかけたところで、カレンが手首をピッと返して合わせた。

 優雅に竹竿がしなる。座ったまま、片手で竿を持ち片手で手網を構える。竿の上下だけで、魚に空気を吸わせ、暴れさせないように水面を切る事も無く、静かに魚を寄せて手網に入れた。


 フィッシュオンと言う言葉も無く、終始無言のままの静かな釣り。

「良いヘラブナだぞ」

 やっとカレンが、言葉を発した。体高のある四十センチ弱のヘラブナだった。

「これがヘラブナですか。綺麗ですねぇ」

 ゴリ巻きのセフィアだが、彼女がこう言う、おっとりとした釣りが好きな事を裕介は知っている。

「俺たちもそろそろかな?」

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