138 シャドー
スッポン祭りの始まりだ。
生き血をお酒で割って、振る舞われる。生臭そうに思ったが癖の無い味だ。ここの村人達は、スッポンを食べ慣れていて、美味しい食べ方を良く知っているようだった。
スッポンのシェラスコ、揚げ物。心臓の串焼き。
「ほんと美味しいです!」
「あの化け物とは思えない美味さだな!」
セフィアもカレンもスッポンが気に入ったようだ。
そして鍋物。スッポンの出汁は、やはり美味い!
日本の料亭などでは、何百年も使い回されたスッポン専用の土鍋が自慢の店がある。土鍋自体にスッポン出汁が染み込み、その鍋で何も入れずにお湯を沸かすだけで、スッポンの出汁の味がするのだと言う。住民達がスッポンを茹でている、風呂桶ほどもある土鍋はきっとそう言う類いのものなのだろう。
鍋と言うよりは釜と言った方がしっくりくるそれは、幾つもあり四号釜までくらいで、同時調理が進行していた。
シメは雑炊。この村の人たちは本当にスッポンの食べ方が良くわかっている。服装や生活スタイル、調理の方法は原始のまんま、ニューギニアなんかで見る原住民のアレに近いのだが、出てきた料理は素朴だけど品があり、きっと日本の料亭で食べても、これ以上ってことは無いんじゃ無いだろうか?
裕介は、食事に感動さえ覚えながら、満腹感を味わっていた。
食後に原住民の女性が、お茶を入れてくれる。
「あっ、ありがとう」
裕介はお礼を言って、何かの木の実を割って作られた茶碗を見て驚く。真っ黒だ、でも日本を思い出す懐かしい香り。そうだ、コーヒーだ!
砂糖もミルクも入っていないブラックだが、これはコーヒーだ。この世界に来て初めて飲む。
「すこし焦げ臭いけど美味いなぁ〜」
「苦くないか?」
「この苦味がいいんだ。日本でもコーヒー好きは沢山いたぞ」
心配そうな顔をして注目していた村人が、カレンに説明されて大喜びしている。
「そんなに美味しいのですか?」
セフィアが尋ねながら、自分も飲んでみた。
「べぇ〜! 苦い!」
「男神はいい神だけど、女神は悪い神だと言ってるぞ」
カレンが笑いながら翻訳する。
「飲めばいいのでしょう!」
セフィアは涙目で、コーヒーを飲み干した。
村人達は、ヤンヤヤンヤと手を叩いて喜ぶ。
「冗談に決まっているじゃ無いか! 神を前にして、村人が良いの悪いの言うわけがないだろう!」
カレンは大笑いしながら、セフィアに言い、自分はちゃっかり残している。
「騙したんですか?!」
「まぁ、村人達は喜んでいるから良かったじゃ無いか!」
「ひど〜い!」
そう言いながら、カレンもセフィア笑っている。
こんなやり取りの間も、村人達の感謝の踊りと太鼓や歌は続いている。ノリの良い複雑なリズムの曲だが、「ウッハ、ウハハッ!」ってところは全員で跳ねながら、合唱する。それが部外者の裕介達にも分かりやすくて楽しい。
こうして村を苦しめられた魔物を討伐した、自称神に、感謝する宴は夜更けまで続いた。
朝早くから、裕介とセフィア、カレンは川に船を出していた。
三人とも眠れなかったのだ。恐るべしスッポンパワー。魔力が充実し過ぎて、肌はしっとりツヤツヤのテカテカ、裕介は鼻血が出そうなほど元気隆々。
特に魔力量の多い裕介は、身体から魔力が溢れ出て、光り出しそうなほどパワーが漲っているのだ。
「なんだか、今なら山の一つや二つ平地に変えれそうな気がする」
「恐ろしい事を言わないでくれ!」
「そう言うカレンさんもだろう?」
「そうなのだ。今なら歩くだけでも木の芽が芽吹いて、成長しそうな気がする」
「私も今日なら、昨日のスッポンを飛ばせる気がします」
「危険な食べ物だよな」
「魔力回復薬として売れそうですね」
「そうだな」
「さて、雷魚を釣ってみるか」
「どうやって釣るのだ?」
「そうだな、雷魚は常に水面を意識しているって聞いたことがある。トップウオーターかな? 釣れた魚を食いちぎっているのが雷魚なら、歯が凄いハズだからリーダーにはワイヤーを使おう。基本はナマズと同じだな」
「じゃぁ、またバドワイザーか?」
「いや、今回はバズベイトを使ってみよう」
「バズベイト?」
「針金を曲げて水車を付けたトップウオーター用のルアーだ、投げたら結構高速で巻いてくるんだ。釣れるとすれば、それだけで釣れる」
裕介は、そのバズベイトを二人に見せる。本当にU字型に針金を曲げて上の部分に回転する水車とブレードが付いている。下の部分に魚の頭の形の錘とスカートと言う輪ゴムを切ったようなヒラヒラ、その中に大きな鉤が隠れている。
「この部分にワイヤーのスナップを引っ掛けるんだ、じゃぁ、やってみるぞ」
裕介が、ベイトタックルでキャストする。ブーン! 良い勢いでスプール音を奏でながらルアーが飛んだ。
バシャバシャバシャ。
意外と思えるほどの水飛沫をバズベイトの水車が上げながら、かなりの速度で巻き寄ってくる。
「こんな感じだ。おっ! 出た!」
ボシュっと、バズベイトの後方に水飛沫が上がる。
「いまの様に魚がルアーを食ってくるのを、バイトって言うんだ」
フックアップは出来なかったが、裕介はそのまま同じ調子で巻き続け、ルアーを回収して、間を開けずに再びキャストする。
それを見て、セフィアとカレンも同じように、それぞれ違う方向にキャストを始めた。
一キャストに一度と言って良いくらい、雷魚のバイトがあるが、なかなか乗らない。
「のっ! 乗りました! フィッシュ オン!」
最初に、ルアーに乗せたのはセフィアだった。
「なっ! なにこれ!」
思った以上に雷魚の引きが強いのだ! ドラグが悲鳴の様な音をあげている。
しかし、そこは、すっぽんパワーを充填したゴリ巻きのセフィアだ。華奢な身体で、ゴイゴイと魚を寄せてくる。裕介が網で掬う。
「へぇ~! 雷魚は雷魚だが、思っていた雷魚とは違うな」
「これが、シャドーなのか? よく上げたな」
「えへへ」
確かにスネークヘッドと呼ばれるだけあって蛇のような顔をしている。大きな鱗があり、ナマズのような体形。アロワナと似ていないこともないが、アロワナよりもかなり幅がある。驚いたのは、その色合いだ。全体には緑なのだが、見る角度によって色が変わり、赤のようでも黄色のようでもあり、まるで虹色のように見える角度もある。
「綺麗ですね」
「うん、綺麗っちゃぁ、綺麗だな。ホログラムみたいだ」
「ホログラムって?」
「見る角度によって色が変わるこういうものを言うんだが、ルアーにも良く使われる技術だ。この鱗を使ってルアーを作ると良いかもな」