137 スッポン
カレンが船の上で立ち上がる。
「アレ エル ドドス! ペスケル ドドス ラ!」
何語なのかわからない。カレンが大声でそう言った途端、半裸に近い茶褐色肌の原住民が狼狽え、武器をバラバラと地上に落として這いつくばった。
「なんて言ったんだ?」
「私達は神様だ。神様に戦いを挑むのか? って」
「無茶苦茶だな!」
「空を飛んで来たのだから、信じるだろう」
「で、コイツらは何なんだ?」
「アルバスの原住民だ」
「原住民って、アルバスの国民は入植者なのか?」
「そうだぞ、五百年くらい前にイスロンから砂漠を超えてここに来た者たちだ。その流れ者達をまとめて国にしたのが、今のアルバス王家だ」
「そうだったんだ」
「布教に寄って国をまとめ、イスロンの傀儡国家を作ろうとしていた宗教者達を、北のスレブに閉じ込めて、国をまとめてアルバス王国を作ったんだ」
「へぇ〜、のんびりした国だと思っていたけどな」
「まぁ、五百年も前の話しだからな。今はスレブとも友好関係にあるぞ」
「原住民は、パイロン川沿いの南側で、昔と変わらない暮らしをしているんだ。だからこの辺りは、田畑の耕作は禁じられていて、手付かずのまま残っている」
そんな説明を受けながら、裕介は村に船を降下させた。原住民が遠巻きに近づいてくる。
「村の外れに、ロッジを建てたいと言ってくれ」
カレンが通訳してくれる。村長らしい爺さんが出てきて、どうぞどうぞと言っているらしい。
三人は村の外れに移動し、いつものように裕介とセフィアで今夜のロッジを建てた。
村人達はおったまげたようだ。
「本物の神さまだと、言っているぞ」
自分でそう言ったくせに、カレンは可笑しくて仕方ないらしい。セフィアも必死で笑いを堪えている。
村人達が、捧げ物を持ってロッジの前に集まって来た。子供もちらほらいる。
「じゃぁ、お近づきの印だ。四人づつ神の船に乗せてやるって言ってくれ」
「良いのか?」
「あぁ、浮かんで降りるだけだ」
カレンが通訳してくれたが、大人達は怖がって辞退したようだ。子供だけが、前に出て来た。
「これだけなら、ちょっと遊覧飛行に行ってくる」
裕介だけで、最初の四人を乗せて浮かび川の中央まで行って、引き返して来た。
子供達は、大はしゃぎだ。次のグループを乗せて戻ってくると、カレンが神妙な顔をして村長と話していた。
「どうした?」
「ちょっと困った事になった。さっきのスッポンを退治して欲しいって言うんだ。だいぶ村人が犠牲になっているらしい」
「そうか」
「そうかって、あの化け物だぞ?」
「なんとかなるぞ。セフィア、スッポンを食えそうだぞ!」
「えっ? 食べれるのですか?」
セフィアは喜んでいる。
「これだけ人数がいれば、食べれるだろう?」
「殺して持って帰ってくるから、捌いてくれって言ってくれ」
「本気か?!」
「あぁ、ズールみたいにデカいルアーを作って、頭を出して噛みついたところを吹き飛ばそう」
「また船のルアーですか?」
「うーんそうだな、カレンに頼んで丸太でペンシルを作ってもらうか。頭を出させりゃいいだけだからな」
「丸太で何か作るのか? 良いぞ」
「じゃぁ、あの丸太を一本もらおう」
カレンが村長に許可をもらって、セフィアが飛ばして運んでくる。
「こんな感じだな」
裕介が紙に描いた、ペンシルベイトと言うルアーの絵の通りカレンが木魔法で丸太を加工する。
「まぁ、顔くらいは描いておくか」
裕介は、河原から赤や白の石を拾って来て、それを液状にして赤や白の液体を作り目や口を描いた。二メートルはある巨大ルアーの完成だ。
「じゃぁ、行くか。カレンも行くか?」
「もちろん、見せてもらおう」
セフィアの魔法で、ペンシルをを浮かせると船に乗り込み、先程のスッポンのところまで戻る。
相変わらず島のようにじっとしている。これで、近くをを獲物が通りかかったら、ガブっといくのだろう。
「じゃ、セフィアズールの時と同じだ。左右交互にスライドさせながら、時々止める。首を出したら爆裂魔方陣だ」
「はい! ドッグウォークですね」
空中で魔力電池で船をホバリングさせて、セフィアがスッポンの頭の辺りをペンシルで攻める。裕介はセフィアの腰を抱いて構えている。
スッポンが、そーっと頭を出した。
次の瞬間、素早い動きで頭が伸び、ペンシルに噛みついた。
バキバキ!
強力な口だ。直径四十センチほどの丸太が、噛み砕かれる。
「今だ!」
裕介の魔力がセフィアに流されて、スッポンの頭に魔方陣の照準が重なる。
ドーン!!!
ピンポイント爆撃を食らったスッポンの頭が、先日のギガンテス孔雀と同様に消し飛んだ。
弛緩させ甲羅の外に出た手足が、断末魔の叫びのように痙攣し、やがて静かになった。
「本当に瞬殺だな」
「うまく行きましたね!」
「顔を出させりゃ、効果は高いが、甲羅に籠られたらこうは上手くいかなかったろうな。まぁそれも、セフィアのルアー操作が上手いからだよ」
「えへへ」
セフィアは褒められて嬉しそうだ。
「じゃぁ、村に持って帰ろう! スッポン鍋だ」
「ちょっと待ってください、流石に大きいのでエレベーターと砂漠の風の魔方陣を、甲羅に焼き付けますから、あなたの魔力で持って帰れますか?」
「そうか、セフィアの魔力では流石にこれは無理か? じゃぁ、船を甲羅に乗せて一緒に飛ばそう」
「そうするしか無いでしょうね」
「これを飛ばすのか?」
「日本でそんな怪獣映画があったな」
裕介は亀の怪獣を思い出していた。
「いいですよ」
セフィアの合図で、十五メートル四角の甲羅のスッポンは宙に浮かび上がり、村へと飛んで行った。
村人達は長年苦しめられた魔物が退治されたのに狂喜乱舞し、その日はお祭りになった。とても雷魚を釣りに行くどころでは無い。
スッポンはすぐさま解体されたが、甲羅は男二十人で外され村の集会所の屋根になった。
よく見ると村人達の家屋の屋根には、同じように甲羅を使ったものが幾つもある。それらと比べても、このスッポンは特別大きかったようだ。
しかも、釣りに使ったペンシルの壊れた残骸を村の者が拾って来て、村の入り口の門柱の上に置いた。まるでトーテムポールだ。守り神かなにかのつもりだろうか?