134 ビレイマス
雨は三日続き四日目にやっと上がった。
雨の間に裕介は、ミセスセフィアの推進部を補強したり、魔動モーター式のカキ氷機を作った。またステラに叱られるのは嫌なので、ギルド登録だけ済ませた。宿主に渡すとギガンテス孔雀や焼き鳥でも世話になったので、カレンの分と宿代は不要だと言う。カキ氷と焼き鳥は、この店の名物にするそうだ。
カレンに教わりながら、ギガンテス孔雀の羽根でルアーロッドを何本か作った。驚くほど軽く、グラスロッドよりも強いかも知れない。数本を手紙とビレイ湖、パイロン川の水と一緒にミリムに送った。
「雨でも、マス釣りをするつもりだったけど、霧が酷かったからな、船が出せなかった。今日はマス釣りに行って、昼前には宿を引き払ってウナギ釣りに行こう」
「三日も釣りが出来なかったからな」
カレンも異論は無いようだ。
「今日は船外機を使うぞ」
トレーラーに乗せて、アウトリガーを取り外し、船外機を取り付ける。トレーラーごと湖に入れるとボートを浮かせてトレーラーをしまう。
雨上がりの湿気た臭いを放つ湖面を、ミセスセフィアは爽快に進み、ビレイ湖の中の小さな島のある辺りまで来た。
「この辺りでどうだろう?」
魔物センサーが高速点滅している。
「何かいるな。じゃあカレンさん、今日はこのルアーと竿でやってみよう」
「ナマズの時とは違うのだな?」
「うん、これはスピニングリールだ。ルアーはメタルバイブレーション」
「どう使うのだ?」
「このペールを返して、人差し指でラインを引っ掛ける。振りかぶって、降り下ろす時に頭を通り過ぎた辺りで人差し指を放して飛ばすんだ。着水して思う深さまでルアーが沈んだら、ペールを戻して巻き始める」
「このメタルバイブレーションと言うルアーは、見ての通り鉄の塊だ。操作は、ただ巻きでいい。勝手にルアーがウエブリングして魚を誘うから」
裕介はルアーを動かしてウエブリングを説明した。
「このルアーで大切なことは魚がいる深さを見つける事だ。だから、着水したら沈む深さを一、ニ、三とカウントするんだ。ヒットした深さ、レンジと言うんだが、それを見つけたら集中的にそこを攻める。先ず最初は、底の深さを知ることからだな」
「じゃあ、やって見せよう」
裕介はルアーをキャストして、セフィアとカレンに聞こえる様にカウントする。
「結構深いな、三十五で底だ。これで釣れなければ次は三十で始めてみるんだ。巻く速度はこんなもんだ」
バイブレーションのウエブリングに合わせて、グラスソリッドの竿先が細かくプルプルと振動する。
ルアーは底ギリギリを進んで来たのだろう、魚の反応は無かった。回収する。
「じゃあ、やってみよう。ベイトリールと同じくルアーをキャストする時は、必ず人が後ろにいない事を確認してからね」
裕介とセフィアは船の前後で並んで、カレンは何処に飛ぶか分からないので、反対側でキャストを始める。
「フィッシュ オン!」
程なく裕介にアタリがあったようだ。
「カウント二十五だな」
魚はその深さにいるらしい。
「んっ! ヤマメか? 嫌、ヤマメにしては黒いな」
釣れたのは三十センチほどの、ヤマメに似た魚。この世界ではヤマメの類は初めて見るが、ヤマメとは違う。銀毛化が進み、稚魚の特徴のパーマークが消えかかっている。元々、トラウトが釣れるような気温の場所では無いのだが、ビレイマスと聞いて大昔に陸封されて、先日の鮎と同じように海と行き来する事をやめたマスなのだろうとは想像していた。
実際に琵琶湖のビワマスというのは、そういう魚だ。十万年も陸封された事で、海水耐性能力が失われて銀毛化した成魚でも海水には耐えられないらしい。ヤマメの海降型のサクラマスの亜種だと言われているが、これも同類なのだろう。
しかし、写真で見たビワマスやサクラマスともなんか違う。黒いのだ。
「んー、サラマオマス?」
サラマオマスと言うのは台湾に住むマスだ。同じくサクラマスが五万年前に陸封された魚らしい。地球の北半球では、トラウトの南限の魚だと言われている。ほぼ絶滅して、台湾の川の五キロ区間にしかいない魚だと読んだことがある。
「まぁ、無理矢理地球の魚に当てはめ無くても、ビレイマスはビレイマスだよな」
裕介は、そう納得した。
この水域には結構固まっているようで、裕介が悩んでいる間にカレンもセフィアも既に釣り上げていた。セフィアのは大きい。四十センチはあるだろう。
「デカイのもいるんだな?」
「えへ!」
セフィアは嬉しそうに笑っている。
「ユースケさん、この釣りは面白いぞ」
カレンは気に入ったようだ。ライフジャケットに顔を埋めて、スムーズに出来たキャストに満足したのかニヤニヤしている。
バイブレーションのような、ただ巻きルアーは、釣れると大当たりで爆釣することがある。今日はそう言う日なのかもしれない。
などと思っていたら釣れなくなった。
「スレたか?」
スレると言うのは、ルアーを魚に見切られてしまったと言う意味だ。こう言う時は、ルアーを別のタイプのものに交換するのが手っ取り早い。
とは言うものの、水深二十メートルを攻めることが出来る小型のルアーと言えば、やはりスプーンだろうか?
そんな事を裕介が考えていると、セフィアとカレンが同時に、「フィッシュ オン!」と叫ぶ。
そしてまた釣れなくなる。
どうやら、魚達は群れで島の周りを回遊しているようである。一般にマス類は十五度以下の水温を好むと言われる。ビレイ湖の表水温は既に二十度くらいあるのだろう。だから、水温の低い水深二十メートル辺りにいる。
イワナやイトウ、ブラウントラウトが物陰に潜むのに対し、このビレイマスのようなヤマメ系の魚やニジマスは回遊性の高い魚だ。何も無い場所では襲われる危険が大きく、同じ理由で餌となる小魚も少ない。餌も豊富にある島の傍が良くて、離れられないのかも知れない。そんな事情で、この島の周りをグルグルと回っているんだろう。
結局のところ、この場所で回遊待ちで釣るのが正解だと裕介は結論付けた。
釣りと言うのは、のんびりしている様に見えるが、心の中は水鳥の脚の様に常に動いている。その答えは直ぐに釣果に出る。裕介も徐々に船長らしくなってきていた。