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異世界モノ作りアングラー  作者: 砂野ちや
第3章 山脈の南
131/294

131 ビレイ大ナマズ

 宿で夕食を取った後、三人は昼間に決めたポイントまでやってきた。天候が変わり始めているのだろう、満月だが朧月だ。

 弱い月明かりに湖面は怪しく照らされて、ぼんやりと光っている。水の中から何が出て来てもおかしくない雰囲気だ。大ナマズなら、まだ安心な生き物だろう。


 ナマズの口と言うのは、愛嬌のある顔と相反して結構硬い、しかも小さな円錐状の歯がズラリと並んでいる。ナマズを釣って喜んで、口を指で掴んでバス持ちしたりすると、親指の皮がズルズルに向けてしまうのだ。このため、ルアーの結束部分にはワイヤーリーダーを取り付けた。


「どうやればいいのだ?」

「ナマズが出そうなところにキャストして、ただゆっくり巻いてくればいいんだ。ナマズはそれほど捕食がうまい魚じゃ無いから、捕食に失敗してもそのまま巻いていれば、また食ってくる」

「巻けばいいのだな」


 三人距離を置いて並んで投げてみる。

 カランカランカラン

 黒い影が蠢くように、ルアーが水面に不規則な波を作る。その艶かしい動きを台無しにするような、陽気なブレード音。このルアーは、きっと頭のおかしい人が作ったに違いない。などと、模倣してイミテーションを作った裕介ですらそう思う。

 しかし不思議な事に釣れるのだ。


 ルアーは、人間的に考えてそれはありえないだろう? と思うような形や色のものが、ヒットしたりする。後から理由をつけるのは簡単だが、最初に思いつく人は、みんなコロンブスの玉子だ。


 例えば、ブラックバスを釣るスピナーベイトという曲げた針金に錘と鉤と回転するブレードをくっつけたようなルアーがある。

 誰があんなものを魚が食うと思ったのだろう?

 投げると兎に角釣れるから不思議だ。

 小魚を模倣したイミテーションの精工なルアーを嘲笑うかの様に釣れる。


 蛸はラッキョで釣れる。誰がラッキョに鉤をつけて最初に海に投げたのか? だから、ラッキョのようなルアーがある。そういう先人たちの途方もない試行錯誤の積み重ねの上に、裕介の釣りがある。しかしカレンにとってはルアーと言うもの自体、釣れるかどうか半信半疑だった。


 カレン自身もドブ釣りの毛鉤を自分で巻く。最初は、水生昆虫をイミテーションしたものから始まり、結構派手な色合いのモノでも釣れるのだと言う認識はある。それは魚の目と人間の目自体が違うものであり、人間には金色のものが、魚には、果たして金色に見えているかどうかはわからない。

 試して、釣れた色が結局のところ正解なのだとは思う。しかし、このルアーはどうだろう? 魚からは何に見えると言うのだろう?


 そう思いながら、半笑いでそれでもキャストを続けていたカレンのルアーの後方に変化があった。


 バシュ!

 カランカラン

 バシュ!


「なんだ?」


 バゴーン!!


「クッっ!」

 いきなりである。

 竿を支えているのが精一杯の引ったくるようなアタリ。リールが音を立てて逆転する。とても巻くどころの騒ぎでは無い。

「来たか?!」

 ドラグ音を聞きつけ、裕介とセフィアが自分のルアーを回収してカレンの元に駆け寄る。裕介の頭に付けたヘッドライトの灯が湖面を照らす。


「途方も無く重い! 支えているのが精一杯だ!」

「今は本気を出して、集中して耐えろ!」

 ドラグが止まった。カレンは巻き始めるが、とても巻いて寄ってくるものでは無い。

「竿でラインの強さを聞きながら、ゆっくりと立てて寄せるんだ、そして竿を寝かしながら素早くリールを巻く!」


 カレンは言われた通り、ラインと竿の限界を確かめるようにそーっと竿を立てた。獲物はどうにか寄って来たようだ。今度は竿を寝かしながら、寄せた分だけリールを巻き取る。なるほど、こうすれば無理をせずに巻き取れる。

「ルアー釣りは、竿でルアーの操作や魚とのやり取りをするんだ。リールはあくまでもその補助だ。だから利き腕に竿を持って、リールを左手で巻くんだ」


 なるほど、そう言ってもらえれば理解しやすい。リールと言うものが付いているので勘違いしていた。基本は延べ竿と何も変わらないのだ。竿が短い分だけ扱いやすい。

「あくまでも、右手でだな!」

 カレンは自分に言い聞かせるように、そう言いながら竿を立てる。


 ある程度巻くとまた引っ張り出されていたが、徐々に寄って来た。青物や鮭科のスプリント勝負と違って、ナマズは寝技っぽい。何度かのボディーブローのような攻撃を凌げば、後は割と諦めが早い。

 大ナマズといえども、そういう部分は同じだった。


「デカイな! 確かに大ナマズだ」

 カレンが寄せて来たのは、一メートルニ、三十センチはあるだろう、馬鹿でかいナマズだった。

 卵を持っているのか、馬鹿でかい腹をしている。

「メタボ過ぎるだろ。コリャ確かに重いわ」

 裕介は大笑いだ。


「生涯最大魚だ! どうする? これ?」

「卵を持っているようだから、リリースすべきだろうな」

「ホッとした、食うと言われたら、どうしようかと思っていたのだ」

「では、離すぞ」

 裕介がペンチで丸呑みしていたルアーを外すと、カレンはそう言って、ナマズを浅瀬の水に戻したが、ナマズは疲れ果てたのかじっとしている。


「仕方ないな」

 カレンは靴を脱ぎ、浅瀬に入ってしばらくナマズに水を送ってやっていた。十五分ほど過ぎた頃、やっとナマズは体力が回復したのか、自分から戻っていった。

「もう私は満足だ。ナマズはもういい」

 靴を履きながら、カレンは笑ってそう言った。

「確かに釣れるものだな」


 初めてのルアーでの釣果は、カレンにとって忘れられない一匹となったようである。

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