13 釣り具談義
その夜、亜湖さんは大分ふてくされていた。
そりゃそうだろ、あれは柿沼さんが悪い。あっさりと友を切り捨てたからな。
「亜湖さん、亜湖さん。この世界で竿を作るとしたら何の木がいいですかね?」
「知らねぇよ、その辺の木を拾ってきて作ればいいんじゃないか」
これは、いかん。かなりふてくされている。
「でもねぇ~、カーボンロッドで釣りをしてきた俺たちが、その辺の木ってわけにもいかないっしょ」
「どういう釣り方をするかで、変わるわな」
おっ、やっと食い付いてきた。
「リールもないのに、どうやってルアーを投げるんだよ」
「ですよね。じゃやっぱり最初は延べ竿からかな……」
「そうだな、延べ竿って言っても竹も見当たらないし」
「延べ竿と言えば竹製の和竿ですよね」
「そういや、イタリアにもテンカラってあるんだ」
「テンカラって?」
「日本製のフライフィッシングみたいなものだよ」
「じゃ、毛ばりを使うんですか?」
「そう、フライと言ってもアメリカなんかでやるリールを使うあれじゃなくて、延べ竿に馬の尻尾の毛で編んだ、馬素って撚り糸を使うんだ」
「イタリアでも、同じみたいだな。そこではヘーゼルナッツって木が竿に一番良いって話だ」
「ヘーゼルナッツって、豆の木ですか?」
「日本では、西洋ハシバミって言うらしい。ステッキの材料なんかにする硬い木だ」
「へぇ~」
「七メートルくらいまでの低い木で、紫蘇みたいな葉っぱで、どんぐりみたいな実がなるんだ」
「竹がありゃ、一番いいんだがな」
「毛ばりはフライほどはこだわらなくて、何でもいいみたいだけどな。それを毛ばりが水面に落ちるようにキャストするんだ」
「馬の毛を撚って釣り糸にするんですか?」
「そうテーパーラインと言って、撚って途中で結び目を作りながら先になるほど、毛数を減らして行くんだ。勿論、先端にはテグスのリーダーを付ける必要がある」
「テグスってどうやって作ります? ナイロンもフロロカーボンもないですからね」
「昔は、蚕の糸を作る内臓を酢に漬けて、天然のテグスを作っていたらしいぞ」
「蚕って、あの芋虫みたいなので、繭を絹糸にするやつですか?」
「そうだ、絹糸が作れれば、この世界では一儲けできるだろうし、釣り糸にもいいかもな」
この世界では、どうやって糸を作っているのか知らないが、服の生地をみると木綿か麻で、絹はないのかも知れない。シルクの下着って人気あるからな。
「繭を作るどの幼虫にもたぶんあるんだと思うけど、毛虫とかさ。解剖すると中に腸みたいに頭から伸びた対の器官があるらしい。絹糸線って言うらしいけど、それを3%の酢酸に3~10分漬けるそうだ。伸ばすと透明な2メートルほどのテグスになるらしい」
「へぇ~、やっぱ亜湖さん博識ですねぇ~」
「しかし、テグスじゃ女は釣れねぇ~」
「いや、またそっちに行きますか・・・」
「そうだ、今日お前、石英ガラスを作ったろ?あれで、望遠鏡とか、眼鏡とか作らないか?」
「望遠鏡かぁ~、たぶん戦闘になったら、あった方が便利ですよね」
「まぁ、俺の闇魔法で偵察に行ってもいいけどな」
「眼鏡は?」
「池宮さんだよ、この世界に来た時、なくなったから、不自由してるみたいなんだ。作ってやれよ」
「そっかぁ~、度数とか判りませんけど、作りながら合わせましょうか。じゃ、明日ステラのとこに行って水晶を買ってきます」
---------------
翌日、水晶を買ってきた俺は、レンズを作りはじめた。
レンズ加工機なるものの図面を亜湖さんが昨日のうちに描いてくれていた。
先ずは、コンパスを作る。このコンパスを使って半月状の型紙ならぬ型鉄板を作り、同じ様にコンパスを使って作った、レンズの厚さが深さの平皿の中心に半月の頂点が来るように型鉄板と皿をフレームで固定する、皿は芯ブレしないよう底に鉛直軸をつけてあり回転する。
皿に水晶を置いて、液状化し、次に手で皿を回しながら粘土化すると平面凹レンズの水晶粘土が出来る。これを固化し表面の傷を無くすために表面だけ液化して洗えば、池宮さんの眼鏡のレンズの出来上がりだ。
型鉄板はアールを変えて、何種類か作ったので、池宮さんがこれが一番よく見えると言ったレンズを二枚作り、仕上げに小麦粉と水と、やわらかい布でせっせと磨き、銀貨を加工してフレームを付けて池宮さんにプレゼントした。
「うれしいよ~、ちょっと重いけど、ほんと良く見えるようになった」
「すみません、レンズのことはあまり詳しくないもので」
「いやいや、助かったよ」
「俺たちこそ、いつも美味しいご飯を作ってもらって、ありがとうございます」
同じ要領で凹レンズと凸レンズを作り、ガリレオ式の望遠鏡も作った。
「これいいなぁ~、俺も欲しい」「俺も」
「自分でレンズ磨きしてもらえるなら、材料があるだけ作りますよ」
「じゃ、今日はみんなでレンズを磨くか」
俺は、一本余分に作って、お世話になったお礼にステラにこっそりプレゼントした。
いや、おっぱい恋しさではない。
さぁ、明日は出発だ。