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異世界モノ作りアングラー  作者: 砂野ちや
第3章 山脈の南
128/294

128 カレン

 カレンは、かつての日本人転移者アベ・カンゾウから数えて五代目のアベカン屋の店主なのだそうだ。代々伝えられている、初代が書いた釣具の製法の書が残されているらしい。とは言ってもカンゾウとは血縁では無いそうだ。

 基本は和竿だが、絹が無いために、木綿とキンマと言う漆の一種で仕上げるらしい。

 絹はベイグル産が手に入るようになったハズだと裕介が教えるとカレンはひどく喜んだ。


 伝承の和竿の技術では六メートル程度の竹竿を作るのが限界で、三代目がギガンテス孔雀の竿を考案したそうだ。

 アベカン屋には釣具以外にも、畳や(すだれ)など日本伝来らしいものが伝わっている。

 その中に、ぼた餅もあると聞いて、セフィアが是非食べたいと懇願した。


 カレンは笑いながら、良いよと、餅米と普通の米を炊いて、小豆を煮て作ってくれた。

「セフィア、同じものだけど、春に食べるとぼた餅、秋に食べるとおはぎって言うんだぞ」

「えぇぇぇ! ぼた餅とおはぎは同じものだったのか?」

 この話しに驚いたのは、カレンの方だった。


「どちらもお彼岸って言う日に食べるけど、牡丹の花の季節のが、ぼた餅。萩の花の季節のがおはぎだ」

「うーん! フーリューだぁ〜!!」

 裕介はまさか異世界で風流って言葉を聞くとは思わなかったので、笑いが溢れる。

「そうだ、オスタール産の良いお茶があるんだ」

 裕介がそう言うと、急須が出てくるから嬉しくなる。

「ん〜! ぼた餅、美味しいです!」

 セフィアは、世の中の幸せを全部かき集めたような顔をして頬張っている。


「もっともっと、日本の事を教えてくれないか」

「多分、カンゾウさんの時代と俺の時代じゃ百年違うから、文化もかなり変わってしまったよ」

 ぼた餅を食べながら、裕介はカレンとセフィアに日本の話しをするのだった。


 大きな戦争で日本が負けて無条件降伏したこと。  

 しかし、みんなが必死で頑張り工業大国になった事。

 世界の先進国の仲間入りを果たし、どこよりも清潔で安全な国になった事。

 何度も大きな地震や水害があったけど、みんなで力を合わせて立ち直った事。

 漫画やアニメと釣りの最先端の国である事。


「絵が動くのですか?」

「うん、それに合わせて声優って言う役者さんが声を入れて、それを見てみんなが泣いたり笑ったり、感動したりするんだ」

「見てみたいです」


「釣りは、そんなに進んでいるのか?」

「それは、見てもらった方が早いね。実は俺も釣り道具をたくさん作っているんだ。ベイグルには、妹がやってるこれらの道具の店もある」

「ぜ、是非見せてくれ!」

 裕介は、アイテムボックスから次々と釣り道具を出してカレンに見せる。


「こんな透明で強い糸は初めて見た。何で出来ているのだ?」

「この竿は、何の魔物の骨だ?」

「なんだ! この複雑な動きをする糸巻きは!」

「こんなおもちゃで、魚が釣れるのか?」

 まるで万国博かフィッシングショーである、カレンは一つ一つの道具に驚き感心し、質問し使ってみたくてウズウズしている様子だった。


「いっしょに、釣りに行ってくれないだろうか?」

「カレンさん、それはこっちがお願いしたい事だ」

 こうして、裕介とカレンは意気投合し、三人でしばらく一緒に釣る事になった。


「カレンさんさえ良ければ、パイロン川を釣りながら下って海まで行ってみるか?」

「雨が多いが、まだ雨季の始めだからさほど水嵩も増えぬだろう。行くか?」

「じゃあ、いつものようにロッジを立てながら行きましょう!」

 セフィアも、日本の文化に触れられる事もあって乗り気だ。


「雨で泥濘むから、鼻っから船で行くか」

「えっ! パイロン川は浅瀬もあって船では無理だぞ」

「大丈夫だ。俺たちの船は空も飛べるから」

「えっ?」

「まっ、移動手段と宿は任せてくれ、その代わり鮎釣りを教えてくれよ」

「日本人なのに、知らないのか?」

「鮎は敷居が高くてな、やったことが無い」

「そうか、では、それは任せろ!」


 ステラに事情を説明し、三週間ほど留守にすると言って出発する。

 カレンは沢山の竿と大きな風呂敷包みを持って現れた。

「風呂敷って… なんだか、かえってカッコいいな」

「これは、何でも包めるから本当に便利なんだ」


「装備はセフィアのアイテムボックス入れてもらうといいよ。じゃあ、行きますか」

 河原でミセスセフィアが少し浮かび、ゆっくりと進み始める。

「本当に宙に浮いた!」

 カレンが嬉しそうに驚く。

「最初のお勧めポイントはどこだ?」

「下流に百ペクト」

「十キロだな」


 ホバークラフト状態の時のミセスセフィアは、時速二十五キロくらいしか速度が出ない。アペリスコから海までは千キロほどある、水嵩が増えてくればボートに切り替えて進めばいいので、一週間もあれば海に着くだろうと裕介は思っていた。


 疑問に思うのは、鮎が千キロも遡上するのか? と言う事だ、例えば四万十川でも全長は二百キロ程度だ。鮎が遡上するのは百キロ程度だろう。鮭ならば二千キロでも遡上するものもいるだろうが、そもそも鮎と鮭では遡上の目的が違う。

 産卵のために遡上する鮭に対し、鮎は川を下って河口近くで産卵する。産まれた稚魚は川の流れに逆らえずに仕方なく海に流される。稚鮎は成長するために川を上るのだ。何故そんな場所に鮎がいる?


 裕介はそんな疑問をカレンにぶつけてみた。

「パイロン川の鮎は海までは下らないぞ。三百ペクトほど下流で川が二股になっていて、その支流の湖で育つんだ。その一部が川を上ってくる」

「なるほど! 琵琶湖の鮎と一緒か!」

 これで、やっと裕介の疑問が解けた。


 琵琶湖は日本の河川に放流される鮎の産地だ。でも琵琶湖に棲む鮎は、稚鮎のまま大きくはならないらしい。苔を食べないからだ。放流されて初めて、遡上して苔を食べて大きくなる。それでも、一部の鮎は琵琶湖の上流の川を遡上して大きく育つんだと言う話しを、釣り雑誌で読んだことがあった。


「そうだよな。もし鮎が千キロも遡上したら、七十センチとか、魔物並みに育っちゃうよな」

 ひょっとすると、カンゾウさんが鮎を釣る為に、獲ってきて放流したのかも知れない。

 そう裕介は思った。

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