127 土下座
雨が降り始めた。雨季になったようだ。
『三晴四雨』
アルバスでは、春から夏にかけての天気をそう言うらしい。丁度、日本の『三寒四温』と同じだなと裕介は思う。
ゴルロスが宿にやってきた。
「先日はありがとうございました。お陰で紛い物を扱っていた連中を排除出来ました」
「それは良かったですね。真面目な人がバカをみなくて済みます」
「それで、お礼と言うほどでは無いのですが、カワハラ様が、釣りの旅をされていると小耳にはさみましたので、アルバスの釣り道具をお持ちしました」
「えっ? それは、ありがたいな。是非詳しく教えてください」
「これが竿です」
ちゃんとセフィアの分と二セット用意してくれている。驚くことに、振り出し式の延べ竿だ。更に驚いたのは、その長さと軽さだ。
竿は十メートルを超えているが、多分二百グラムくらいしか無いだろう。グラスロッドでは作り出せない軽さだ。セフィアも驚いている。
材質はなんだ? カーボンロッドが既にこの世界にあるのか?
「驚きました! この軽い竿は一体何で出来ているのですか?」
「はい、これはこの東、ネプルとの間にあるネアル山脈にいる、ギガンテス孔雀と言う魔鳥の羽根の芯で出来ています」
「ギガンテス孔雀?」
「大人しい魔物なのですが、羽根をたたむと全長七メルほどで、広げると半径五メルの扇型に広がります。広げた時のその模様がギガンテスの顔に似ているので、ギガンテス孔雀といいます」
一メルはほぼ一メートルだ。
「大きな鳥なんですね」
「本体は二メルほどですが、その羽根の芯を加工して組み合わせて繋いだものが、この竿です」
「これは、いいことを教えてもらいました。その鳥は狩っても良いのでしょうか?」
「豆を食べて畑を荒らすので、害獣指定されていますから問題ありませんよ。羽根だけなら、店でも手に入ります」
「へぇ~、それで、この竿でどんな魚を釣るのですか?」
「オーベル川に遡上してくるアユという魚を毛鉤で釣ります」
「アユ? アユって言いました?」
「はい、ご存じですか?」
「あの良い香りのする鮎ですよね?」
「良い香りかどうかは、人それぞれですが、独特の香りがします」
「その釣りって、この国でコメを作り始めた人が始めたとか?」
「おや、ご存じだったのですか?」
間違いない、日本人転移者だ。コメ、ショウユ、ミソ、ミリン、ノリ、アユまで、みんな日本語じゃないか。この釣りは、その人が始めたのに間違いない。
鮎と言えば友釣りだが、元々鮎の毛鉤釣りは江戸時代に武士の心身の鍛錬として奨励されてきた釣りだ。関西では友釣りに押されて絶滅してしまったが、他の地方ではまだまだ愛好者がいる。
「たぶん、その人は私と同郷の人です。そうか、釣りもやってたんだ!」
「おぉ、そうですか。同郷? カワハラ様は確か転移者でしたよね」
「そうです。私は日本という別世界の国で生まれ育ちました。その国の釣りなんです」
「異世界ですか?」
「そうです。その方の子孫とかに会えませんでしょうか?」
「残念ながら、それは無理です。カンゾウ・アベと言う人だったのですが、子孫も残さずいつの間にか居なくなってしまったそうです。残っているのは、彼が伝えたモノと店だけですね」
「そうか、それは残念だな」
「それでは、釣り方はご存じですよね」
「ええ、分かります。やったことはありませんが、知識だけはあるので、今度アユを釣ってお持ちしますよ」
「それは、楽しみですなぁ~!」
「しかし、この竿はすごいな」
ゴルロスが帰ったあと、裕介は竿を持って感心していた。
「竿があるってことは、釣り具屋もあるってことだよな。しまった、聞けばよかったな」
「そうですね。では観光がてらに探してみましょうか?」
「付き合ってくれるか?」
「もちろんです!」
今回ミリムは、こちらが雨季になると聞いて傘とゴム製のブーツを送ってきてくれていた。ありがたく使わせてもらう。この世界にも一応傘はあるのだが、それは綿で覆われた重い傘だ。その点、ミリムのはサファイア繊維で織られ、樹脂コーティングされた布を使った、軽くてファッショナブルな傘だった。
「これは、ミリムセイコウの新商品として十分需要がありそうだな」
「ええ、ブーツもオシャレで、雨の日が楽しくなりますね」
ステラは、一眼見てパルージャ商会の取り扱いを決めたようで、中央山脈の南の各支店に通達を回し、ミリムセイコウの傘部門の子会社設立に動き始めたらしい。この雨季に一儲けを企んでいるようで、どの国に居ても忙しそうだ。
「アレかな?」
異国情緒豊かな商店街の中に、魚の絵が描いてある店を見つけた。魚屋では無さそうなので、それならば釣具屋かな? と思ったのだ。
裕介の感は正しかった。延べ竿しか無いが、竹を使った沢山の和竿や、各種毛鉤、普通の鉤、錘やウキなどを置いている。菅のような植物で編まれた笠や、竹を編んで作った魚籠。
純和風の釣り具屋だ。店の中にあのギガンテス孔雀の振り出し竿も置いてある。
「こんにちは!」
店は工房も兼ねているらしく、奥で座ってウキに塗装をしている女性がいた。年齢的には裕介達と同年代だろうか? 裕介達を見てニッコリと微笑む。
「いらっしゃい!」
裕介は女が座っていた場所を見て驚く。畳に座布団だ。
「おぉ〜! 畳じゃないですか!」
「お客さん、見たところ外国人だろうに良く知ってるね!」
「そりゃ、もちろん! 故郷の床ですから!」
「えっ?! ひょっとして? ひょっとしてだよ、お客さんニッポンジンかい?」
「そうです。ベイグルに召喚されたんです」
「マジか?! こ、これ、分かるかい?!」
女が裕介に見せたものは、木と竹で作られた小さな梯子のような格好をしたものだった。
「仕掛け巻きですよね。使う鉤や糸を巻いておく道具」
「うわぁ〜! 本物だ!」
女が駆け寄ってきて裕介に抱きつく。
「えっ! ちょっちょっと、妻の前です」
それを聞いて、バッと女が離れる。
「すっ、すまない。憧れていた本物の日本人に初めて会って、感極まった。他意はない。許してくれ!」
女は、セフィアを向いて畳の上で土下座して謝る。
「えっ!」
初めて見る動作に戸惑うセフィア。
「土下座だ。日本の最上級の謝罪方法だよ。許してあげてくれ」
「そんな! 大丈夫ですよ。気持ちが昂られたのでしょう? 私も日本に憧れていますから、理解できますよ」
「なんと! 奥方様も!」
実際には奥方様などと言う言葉を使ったわけではないが、裕介は成り行きからそう翻訳して、時代劇を見ているようだと一人で笑った。
「私は、カレンと言います」
「ユースケ・カワハラです。彼女は妻のセフィア」