119 モモ姫
「はうぅぅ。お腹いっぱいです」
「もう食べれません」
「美味しかったですぅ〜」
三人娘は兎に角食べた。回転寿司なら各自五十皿くらいは食べたのではないだろうか?
お腹を突き出し、大股を開いて完全に隙まみれの騎士としてはあるまじき格好でいる。
裕介とセフィアは、それを見て笑いながらお茶を飲んでいる自分達が、人生の苦楽を共に過ごしてきた老人の様に思えて、それもまた笑えた。
「ワサビがあれば、もっと美味しかったんだがな」
「ワサビですか?」
「ああ、ピリッと辛い水草の根を擦ったものだよ」
「でも、美味しかったです」
「カンパチ、アオリイカ、フエフキダイ、真鯛、アジ、ヒラメ、豪華食材だったからな」
そう言いながら、三人娘を見て裕介はまた笑う。
「じゃあ、明日の朝、ステラに食べさせる分を釣ったら、ファルセックに戻るか」
「モモ姫に会いに行きます?」
「うん、先にスピニングリールの登録を済ませて、ミルムに送ってからだけどな」
帰りは三人娘が先導して、裕介とセフィアが後から付いて行くという形でファルセックに戻った。
その日は、ギルドを訪れ登録や発送を済ませ、夜は宿の厨房を借りてステラに日本食を振る舞う。
何故か、宿の人間や三人娘もしっかりいて、ちょっとした日本食パーティーの様になった。
「ほんと、魚って、こんなに美味しいものだったのね。これなら、ゲルトでも流行るわ」
「うちの店でも出させてもらって、良いかな?」
ステラと店主も大乗りだ。
「でも、今日のはこの世界では、高級魚ばっかだぞ。先ず漁師に釣りを教えないと獲れない魚だからな」
「そうなのか…」
店主は、値段との兼ね合いもあるのだろう、残念そうに諦めた。
「だったら、獲らせればいいじゃないの。ププルさんと契約してお願いするわ」
ステラはそんなことではへこたれない。ププルとはエルベで裕介達を船に乗せてくれた漁師だが、さてベイグルで似たような魚が釣れるかどうかは分からない。
まぁ、ププルさんの仕事を邪魔する気にもなれないし、釣ってみて決めればいいだろう。
「じゃ、今日はモモ姫に会いに行くか」
翌朝、裕介とセフィアは、甲冑を着け正装した三人娘に案内されオスタール城を訪れた。謁見の間に通される。
出てきたのは、十歳くらいの娘だった。
『これが、モモ姫か。まだ子供じゃないか』
「イルボンヌ、サリル、キシュリッジ、ご苦労であった」
姫に傅いた三人に、モモ姫はそう声をかける。
「しかし! 時間がかかりすぎるわ! 待ちくたびれたぞ、遅いことは牛でもする! よってしばきの刑じゃ」
「姫! そんな! 我々はちゃんとお役目を全ういたしましたのに!」
「えーい、うるさい! 甲冑を取れ!」
三人娘は、渋々甲冑を脱ぐ。裕介とセフィアは、何をされるののか息を呑んでみている。王家の裁きに下々の者が口を挟む権利はないのだ。
モモ姫がパチンと指を鳴らすと、六人の侍女が羽根団扇を持って現れた。
「恥ずかしいので、お許しください!」
「えーい、許さぬ! 辱めを受けよ! しばけ!」
三人娘は、羽根団扇で体中を擽らせられ始めた。
「あーん、くすぐったい!」
「そこは、だめぇ~!」
「はぅぅ、お許しを~!」
なんのことはない、しばきの刑とは、こちょこちょの刑だった。
子供の遊びか? いや、こいつらはまだ子供だった。裕介とセフィアは、この長閑な刑の執行を見ているのも何かの刑なのかと思いながら、冷めた目で見ている。
「とどめじゃ~!」
姫自らが、イルボンヌの脇腹を擽る。
「あひー!」
解放された三人はぐったりとして、謁見の間の床に寝っ転がっている。
「はぁはぁ、お見苦しいものをお見せした」
姫が、息を荒げたまま、裕介達に謝罪する。
『見苦しすぎるわ!』
裕介は、そう思うが相手は王族なので黙って会釈する。裕介側も臣下でもなく、頼まれて来ているのだから畏まる必要もない。というか、見苦しすぎて怒って帰っても良いと思うのだが、子供相手に大人げないと自分に言い聞かせてとどまった。
「で、お願い事とは?」
馬鹿らしくなったので、自己紹介もせずに切り出す。裕介は、もう早く帰りたかった。侍女に椅子を用意され座れと促されるので、渋々座る。
「ファルセックの北東にオーベル川の水源があるのはご存じですか?」
「知っていますが、この国の者も近寄れぬ、危険な場所であるとか」
「そうです。隣国アルバスのオーベル川の下流で砂金が沢山取れるという話は?」
「いえ、初耳です」
「どうやら、この水源の先の中央山脈に金鉱があるそうなのです」
「ほぉ~」
「率直に言います、お願いとは、この水源を通り抜ける道路を建設していただきたいのです」
「帰らせていただいてよろしいですか?」
「あなたはベイグルで、湿原道路や、橋を建設された土の勇者だと、うかがったのですが」
「その通りですが、そういう事は、ちゃんとした大人たちで、国家事業として行ってください」
「私は、オスタールの為にお願いしているのです」
「多くの危険と、労力の必要な事業です。子供の思い付きで口に出すことではありません」
「お父様の力になりたいのです」
「では、良い子にして親孝行をしてください」
「違います。お父様と大臣が話していたのです。『うちにも、土の勇者がいてくれたら』と」
「では、国王や大臣から正式に依頼してください。それから考えましょう」
裕介は、立ち去ろうと椅子から立ち上がる。
「ですから、私の仕事はお二人をお父様っと大臣に引き合わせることです。お会いして話しを聞いていただけるのなら、このアイテムボックスを差し上げます」
『姫様は良いのをお持ちです』
サリルから一昨日そう聞いたばかりだった。会って話を聞くだけでくれるというのなら、悪くない話しだ。裕介の心が少し動いた。
「それに、怪魚ハンターをされているのだとか? 水源では、金色の魚が釣れるそうです」
「金色の魚?」
裕介の心が完全に動く。金色の魚と言えば、南米に棲む、ドラドだ。南米の限られた場所に住むあの絶滅危惧種のドラドが釣れるのか?
「あの水源は、国の許可がないと入れません。会っていただき話しをして頂けるのなら、許可をもらえるように口添えしましょう」