116 磯釣り
「近くで見てるんなら、このライフジャケットだけは着てくれ。海に落ちても沈まないから」
裕介はイルボンヌ、サリル、キシュリッジの三人にライフジャケットを渡す。
「セフィア転ばない様に気をつけて」
「はい。綺麗なところですね」
「うん、良い湾だ。水は綺麗だし、藻も沢山生えている」
足元の水深は七メートルくらいだろうか、ミリムレンズで見ると、鮮やかなコバルトブルーの小さな魚や、黄色と黒と白の縞模様の魚など熱帯魚の様な魚が沢山泳いでいて、そればかりか底が珊瑚なのかイソギンチャクなのか、ビビットな色で溢れかえっていた。
「じゃあ、ミリムが作ってくれたソフトルアーで小物から狙ってみるか。毒を持って刺す魚がいるかも知れないから、気をつけて。魚を触った後は、クリーンナップだぞ」
「そうなのですか?」
「南の海は毒魚も多いからな。目とかを毒の付いた手で触ると大変だぞ」
「こうやって使うんだ」
重めのジグヘッドに、黄色いソフトルアーを刺す。スピニングで初めてのキャスト。やっぱり、キャストしやすい。
底付近まで沈め、竿を立てては、下げるを繰り返す。
「底に潜んでいる魚を底物って言うんだけど、これを狙うのは根がかりと隣り合わせの釣りになるんだ。そこで、こういう風にルアーを上げてまた沈めてっていう誘い方が、効果的になる。リフトアンドフォールって言うんだ」
「リフトアンドフォール…」
セフィアは今聞いたことを復唱しながら、見よう見真似でキャストしてみる。人差し指で引っ掛けたラインを放すタイミングが難しく、何度かやってやっとキャスト出来た。
重めのジグヘッドだから、ルアーの沈降に沿ってスプールからラインが出て行く。ラインの出が止まったところでリールのペールを返して、軽くリールを巻いてフケを取り竿を立てる。
「リフト」
「フォール」
「リ…!!」
軽く撓んでいたラインが、スーっと一直線に立つ。竿先が揺れて手元に魚の引っ張って行く感覚が伝わる。
「来ました! フィッシュ オン!」
セフィアは素早くロッドを立て、リールを巻き始める。手元に来る魚の感触が、より大きくなる。
ゴンゴンゴン、ビクビク!
ライトタックルだから、引きごたえも面白い。水を切って抜き揚げたのは、三十センチ近いカサゴだった。
「それ、美味しいぞ〜!」
「えへへ、美味しそうです」
三人娘のサリルとキシュリッジが、ヨダレを垂らしそうな顔で見ている。
「超、高級魚じゃ無いですか?!」
「そうなのか?」
「そうですよ! セバスティスですよ!」
「いや、普通のカサゴだろ?」
どうやらこの世界では、ほとんど釣りをしないため、刺し網や投網、延縄で獲る上物の魚は出回るものの、底物はほとんど市場に出ないらしい。そのため、底物は超高級魚になるそうだ。
「自分で釣ってみるか?」
「良いのですか?」
「これ!」
イルボンヌにサリルが叱られている。
「いいじゃないか、見てるより釣る方が楽しいぞ、しかも自分で釣った魚は美味しいぞ〜。三人でこのタックルを使え」
裕介は、自分がセットしていた、タックルを渡し、自分はアイテムボックスから、また別のタックルを取り出す。
「では、お借りします」
三人はゴニョゴニョと相談して順番を決めた様だ。サリルが最初だ。
剣を扱い慣れている人間は、キャストが上手い。振り抜く時に余計な力が入らず、スムーズなのだ。
サリルは初めて竿を振ると言うのに、セフィアの五割り増しは飛ばした。裕介がセフィアに教えていたのを聞いていたのだろう、リフトアンドフォールをこなし、三十五センチくらいのハタを釣り上げた。
「おぉぉ! 釣れました。フィッシュ オンですか?!」
「いや、遅いよ。魚が鉤掛りした時にそう言うんだ」
「でも、良いハタじゃないか! カサゴよりも高級魚だろ!」
「コレは初めて見ました。美味しいのですか?」
「それは、美味いぞ〜!」
サリルは早速ナイフを取り出して、捌いている。
「血抜きとエラと腹ワタと鱗取りだけでいいぞ」
「分かりました!」
獣を捌き慣れているのだろう、理解が早い。
次はキシュリッジだ。裕介も見てばかりでは、リールのテストにもならないので、エギをつけてキャストする。エギは重いから、彼女達の三倍は飛んだ。
エギを沈めている間に、キシュリッジとセフィアが同時にヒットした。
「フィッシュ オン!」
合唱するように、二人が叫ぶ。
裕介のエギはようやく着底した。
ビシッ!
裕介が音を立てて竿をしゃくる。
四人の女子が一斉に裕介に注目する。
ビシッ!ビシッ!
エギングはラインに適度なフケを出したまま激しくしゃくる事で、エギにイレギュラーなアクションをさせる。このために、しゃくる度にロッドのしなりで音が出る。
剣士であろう三人娘は、隣で剣の素振りの音を聞いている様に気持ちが引き締まったようだ。
セフィアはハタを、キシュリッジはカサゴを釣り上げた。
裕介のラインに変化あった。弓なりになったラインが一瞬プン! と跳ねる。裕介は、そーっと竿を立てて感触を確かめる。
クン、クン、クン。
イカだ! イカがエギに抱きついている。
裕介は、少し竿先を送ってから、思いっきり水平に竿を振って合わせた。
ズン! チーーーー!!!
中程から先端にかけて、しなる竿。出て行くドラグ。裕介は、竿のバットを腕に当てて耐えている。
「フィッシュ オン!」
セフィアも、初めてドラグが出るのを見た三人娘にも大物であることは理解出来た。
もっとも、エギングであるからドラグはかなり緩い設定にはなっている。
「走ったなぁ〜! コレがあるから、釣りはやめられないよな!」
ジェット噴射で抵抗するイカ。またドラグが少し出る。それでも浮いてきた。
「墨! 墨を吐いてます!」
「魔物ですか?!」
剣に手をかけるサリル。
「この世界だから、魔物っちゃー魔物なんだろうけど、イカだ。多分、アオリイカだ。美味いんだぞ〜!」