115 エギ
裕介は倉庫にあった、醤油、味噌、味醂、海苔を一ダース入り各四箱と米二百キロを購入した。
商業ギルドで転送箱に入る分づつ小分けして、海野、池宮、柿沼に送る。
ステラは興味深く裕介の話しを聞き、裕介が送った三人の反応を見てから判断すると言いながらも、ゲルトの日本料理店を思いついたらしく、裕介に日本料理について詳しく聞いていた。
「ステラ、百聞は一見にしかずだ。セフィアと海に行って魚釣って来たら、日本料理を食わせてやるよ」
「それは、楽しみね」
「但し、俺は料理は得意じゃ無いぞ。本格的なものは、池宮さんに食べさせてもらえ」
「何よ! 苦手なの? 役に立たないわね!」
この憎まれ口に、裕介はおっぱいをサンドバッグにしてやろうかと思った。
「この季節なら、メバルとかハタとか釣れるかな? 煮付けにすると美味いんだ。でも、気温が沖縄に近いから、アオリイカの親イカとかも釣れそうだな」
「そうだ! スピニングだからエギングが出来るぞ。エギを作ろう!」
裕介は思いつくと直ぐに、石の粘土を捏ねて型を作った。傘鉤を作ってサファイア樹脂を型に流し込み、表面に買ってきた布の端切れを貼り付ける。
錘を付けて、毛鉤を巻くマテリアルの中から、鳥の羽根を使って鰭状の羽根と呼ぶ部分を付け、樹脂で作った目を付けて完成だ。
「これはエギと言って、イカを釣る為の日本古来のルアーなんだ。漁師が松明を海に誤って落とした時に、イカが抱き付いたのを見て思いついたんだって」
「エギと言うよりエビのようですね。イカはエビが好きなのですか?」
「そう見えるけど、これは魚らしい。エビでイカを釣るって聞いた事が無いからな」
そんな海釣りの準備をしていた裕介達の宿に、客が来たと店主がわざわざ知らせに来た。
「誰だろう?」
「アミザでズールを退治された、勇者ユースケ・カワハラ様とセフィア様ですか?」
「そうですが…」
「やっと見つけた!」
身なりの良い女三名が、胸を撫で下ろしている。
「なんでしょう?」
「一緒にお越し願えませんか?」
「嫌です」
「へっ?!」
「何かご都合がお有りでしょうか?」
「ええ、今から海に釣りに行くんです」
それを聞いた三人がゴニョゴニョと相談する。
「その後なら宜しいでしょうか?」
「何の用かにもよります」
「お二人にお目にかかりたいと言う人がいるのです」
「うーん、そう言われてもな。どうしようかな?」
「お願いですから会ってあげて下さい。じゃないと私たち帰れないんです」
違う女が半べそでお願いする。
「私たち、二か月ずーっと、お二人を探してました」
もう一人の女も懇願する。裕介も二か月スピニングリールを作るのに引きこもっていたから、それはちょっと申し訳ない事をしたなと思う。
「分かった、誰かは分からないけど、兎に角会うだけは会おう」
良かったと三人の女が胸を撫で下ろし、笑顔になった。
「では、私たちも海にお供します」
「えっ?! 付いて来るの? 三日もすれば戻ってきますから、ここで待っててください」
「そうはいきません! 付いて行きます」
こんな変な会話で、三人の女が一緒について来る事になった。女と言っているが、どう見ても三人とも高校生くらいだ。その年にしては身なりも良く、化粧も気合いが入っている、何処かの金持ちのメイドか従者かなんかそんなところだろう。
と思っていたら、つないであった馬にはかなりの業物と思える雅な、弓や刀が備えてあって、兵士が守っていた。
女達は、名前だけは自己紹介した。
赤い髪の娘が、イルボンヌ。
オレンジの髪の娘が、サリル。
緑の髪の娘が、キシュリッジ。
と言うらしい。
ステラは仕事があるからと街に残り、裕介とセフィアはサイドカーで、彼女達は馬で付いて来る。初めはサイドカーを珍しそうに見ていたが、突然、裕介達を追い越して前に出た。
あっと言う間に、道横のジャングルに潜んでいたサーベルタイガーの様な魔物を、弓で追い立て斬り伏せてしまった。物凄く腕の立つ三人組だ。
「気をつけて下さい。ジャングルには結構魔物が潜んでいますから」
「助かったよ」
「お気遣いなく」
どうやら自分達に会いたがっている人は、普通の人では無い様だなと裕介もセフィアも思った。
海までは百キロほどだったが、ジャングルを切り拓いた道がずーっとあったので、守られながらもすんなりと到着した。
良い湾になっている。ごろた石の浜が弓形に広がり、椰子の木が何本もあり、所々にテラスの様にフラットな磯になっている。湾の正面には、フタコブの島が湾を塞ぐ様にあり、それが外海の波と風を遮っている。漁村で無いのが不思議な天然の港だった。
「じゃあ、先ずロッジを作るか。君たちも世話になったから、一緒に泊まりなよ」
「いえ、お構いなく」
イルボンヌはそう言うが、他の二人はパアッと嬉しそうな顔になった。
「まぁ、そう言うなって、女子を野宿させるのは忍び無いし危険だし、どうせ建てるんだから」
「では、お言葉に甘えて宜しいでしょうか」
裕介とセフィアのロッジ建設は、もうお手のものだ。先ず、床を土魔法で液状化して水平に作る。
そこに実寸で炭で線を引いて、部屋割りを決める。畳一畳ほどの型枠を作ったら、セフィアが魔法で材料を型枠の上に置き裕介が液状化と固化で大きなブロックを作る。そのブロックでベッドや壁を次々に作り、セフィアの魔法で据え付けて行く。
最後に屋根を乗せたら、裕介がすべてのパネルの接続部を接着し補強して大体完成だ。あっと言う間に四室とリビングキッチンのあるロッジが完成した。
隣に馬屋も併設して建てる。
三人娘は、目を丸くして段取り良く飛び交う、材料の石やブロックを見ていた。
セフィアが各部屋の天井に魔方陣を焼き付け、魔力を流せば、窓の無いロッジの天井が光って照明になり明るくなる。
「こっ! この様な力でズールを退治されたのですね!」
イルボンヌが、驚きのあまりキリッとした顔を忘れてだらしなくなった顔でそう言う。
「まっ、そんなところだ。じゃあ、釣りに行こうか。君たちも釣ってみるか?」
「いえ、見ています」