表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界モノ作りアングラー  作者: 砂野ちや
第3章 山脈の南
114/294

114 スピニングリール

「ここにいる間に、スピニングリールを開発してみようと思うんだ」

 ミリムから届いたソフトルアーと、ジグヘッドを手にした裕介がそう言う。

 ゴミョルと名付けたらしい、ミョミョルそっくりのソフトルアーも入っていた。裕介は笑いながらその感触を確かめていたが、これを見てオフセットフックと言う、糸を結ぶアイのところでS字に曲がった鍼を作って、テキサスリグやキャロライナリグの説明を付けてミリムに送った。


 思っていた以上に、ミリムが送って来たソフトルアーの種類が多かったことと、出来が良かったのだ。裕介は、これを生かすためにはスピニングリールが是非欲しいと思った。


 スピニングリールと言うのは、今裕介が使っているベイトリールが竿の天方向に付くのと反対に、地面方向に取り付けるリールだ。スプールという糸巻きもベイトリールとは、九十度方向が違う。ロッドも変わる。

 このリールの利点は、遠投がしやすい事、軽いルアーが投げやすい事、トラブルが少ない事などだが、逆に欠点は巻き上げパワー不足などがある。


 ソフトルアーを扱う事になると、キャストが有利なスピニングリールが欲しいのだ。

 ただ、機構的にはハンドルと糸巻きの方向が変わるために複雑になる。裕介は久しぶりに亜湖ノートを出して睨めっこしていた。


「スピニングリールですか?」

「うん、竿もこれ用の物が必要になるけど、扱い安いタックルなんだ。本当はトラウトはこっちの方が使いやすいんだよ」

「同じ竿じゃダメなのですか?」

「スパインと言って、ロッドを巻く時の初めと終わりの端の部分が天方向を向いている必要があるんだ。キャストの時に竿がぶれにくくなるんだな。それと根元の方のガイドの径が、スピニングの方が大きいんだ。そっくりだけどちょっとだけ違うんだよ」


 セフィアは、ピルブ村で雪に閉じ込められた新婚の家で裕介がベイトリールを作っていて、自分はその横で日本語を勉強していたあの冬を思い出した。

 あれはセフィアが生まれて初めて魚を釣った、二年前の冬だ。ファルセックは暖かく、あの時のような暖炉は無い。

 あれから、色んな事があったけど、まだたった二年なんだなとも思う。


 亜湖ノートを見ても、スピニングリールの動きは複雑で理解しにくい部分が多かった。ハンドルを回すとペールが付いた部分が回転する、それと同時に糸巻きは偏った巻き方にならないように、前後に往復するのだ。ドラグは締め込みだけなので、理解はしやすかったが、ギアに水が入らないように工夫するなど、部品の数は百五十近くになった。


 コツコツと裕介は引きこもりに近い状態で、試行錯誤を繰り返し、図面を引いては、製作してみて確かめ、年をまたいで実に二か月かかってやっと完成させた。


「じゃあ、テストをするのにしばらく海に行くか」

「それならば、村があるかどうか分からないので、食品を買い出ししておきましょう」

 裕介とセフィアは揃って、市場に出かけた。ファルセックに着いた時に一通りの観光はしたが、食事付きの宿暮らしだったため、乾燥ミョミョルを買って以来の市場だ。

 野菜や果物、お茶などが中心で、所々で魚介や肉などを扱っている店がある。南方なので、香辛料も豊富なようだ、沢山の種類が並んでいた。


 裕介はセフィアと腕を組んで店々をまわっているうちに、何やら懐かしい香りが漂って来るのに気づいた。

「なんだったっけ? 懐かしい香りだ」

 裕介はセフィアの手を引いて、ふらふらとその匂いの方に向かって歩く。

 匂いの正体は、網の上で焼かれていた三角形の焦茶色の餅のようなものだった。


「あぁ…! 焼きおにぎりだ! この世界にも米があったんだ!! それに醤油!」

「すみません! 二つください! イヤ、四つください!」

 裕介は隣のおにぎりを見て驚く。味噌だ! 四つ焼かれていたおにぎりは、醤油のものと味噌のものがあった。

「えっ! 四つもかい?!」

 焼いていたおばさんの方が驚く。

「これは、私たちのまかないの昼食なんだよ」


「えっ! 買えないんですか?」

「いや、いいよ。じゃあ、銅貨八枚貰おうかね」

「じゃ、これでお釣りはいりませんよ」

 裕介は銀貨を一枚渡した。

「こんなにもらって、悪いね」

「この、米と調味料はどこで売ってるんですか?」

「うちで、売ってるよ。うちは、アルバス産の農産物を運んで来て売ってる店さ」


 裕介は、味噌と醤油を一つづつセフィアに渡して、自分はサッサと頬張っている。

「セフィア、これは日本のソウルフード、焼きおにぎりだ」

「そうなのですか?!」

 セフィアも『日本の』と聞いて、早速食べてみる。

「塩辛いです。でも香ばしくていい香り」


「アルバスでは、米と醤油と味噌を作ってるの?」

「良く知ってるね。コメとショウユとミソだよ」

「えっ? それは、昔からそう言うの?」

「そうだよ」

「だとしたら、アルバスには昔、日本から転移して来た人がいたのかも知れない」

「きっとそうですよ。こんな偶然の一致はあり得ません!」

 セフィアも驚いている。


「ねぇ、ひょっとして味醂とか海苔もある?」

「あるよ」

「鰹節は?」

「それは、知らないね」

「残念! 鰹節は作れなかったのか」

「今言った商品、この店にどのくらい置いてる?」

「倉庫を見てみるかい?」

「見せてくれ! 全部買う!」

「ほんとかい?! 運んで来たものの、売れないから自分たちで食べてたんだ」


 馬車に乗せて、隣の国アルバスから運んで来たらしい。

 アルバスでは、百年ほど前に突然現れた男が稲作や大豆を作り始めて、味噌や醤油を作り地味に広がっているらしい。ところが、他の作物ほど安定して収穫出来ず、馬鹿みたいに豊作の年があったかと思うと不作の年もあり、結構難しいそうだ。


 昨年は豊作だったそうで、すると値段が下がり、外国に持って行けば少しは高く売れるだろうと、一攫千金を狙って運んで来たが、食文化の壁は厚く、売れなくて困っていたらしい。

 倉庫には、馬車一台分の商品が、ほとんど売れずに残っていた。

 裕介は、ごっそり買って、海野さん達に送ってやろうと思う。

「池宮さんなんて、きっと泣いて喜ぶぞ!」


「この間のセレナ造船所のお礼に、ステラにビジネスチャンスを教えてやろう」

 ベイグルでは、ミステイクの好むものが流行る傾向があるから、日本食が流行るかもしれないと裕介は思う。いや、ベイグルに帰った時の楽しみが増えるので流行って欲しい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ