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異世界モノ作りアングラー  作者: 砂野ちや
第3章 山脈の南
113/294

113 ビターリング

「日本には、現在十八種類のタナゴがいてね。僕の夢は全部を釣る事なんだけど、そのうちの四種類は釣れなくなっちゃったんだ」

「そうなの?」

「うん、セボシタビラとスイゲンゼニタナゴは保全法で、ミヤコタナゴとイタセンパラは天然記念物だからね」


 転移される前、同級生の浜内がそう言っていたのを思い出した。

 当時の裕介はタナゴ釣りには全く興味がなく、マニアックな話しを聞かされて、ヘェ〜と思っただけだったが、彼のタナゴの話しをしている時の子供のようなキラキラした目を忘れられない。


 裕介は久しぶりに浜内の話しを思い出した。タナゴ釣りの江戸和竿は、三年は乾燥が必要だと言っていた。そして、数ヶ月かけて、炙って曲げを整え漆を十回ほど重ね塗りするそうだ。

 ロッドビルダーとして、一度は作ってみたいが流石にそれほどの時間はかけられない。今回はグラスロッドで作ってみる事にする。


 三日後、セフィアの分と裕介の分、二本の竿から鉤まで一式のタックルが出来上がった。ラインはテグスの0.3号、今までで一番細いラインだ。

 乾燥ミョミョルと言うのが乾物屋で売っているのには驚いた。しかも既に粉になっている。

 滋養強壮薬の薬として売られているそうだ。


 この世界では回復魔法で病気は治せるので、そう言う薬は必要が無いが、老化や栄養失調までは治せない。そう言った類の漢方薬の様な薬は需要があるそうで、普通の魔女の仕事は、こう言った薬の調合と販売だとセフィアが裕介に教えた。


「じゃあ、グルテンを作ってみよう」

「グルテンって?」

「小麦なんかに含まれるタンパク質と水が結び付いたものだよ。魚釣りの餌に使われるんだ」


 裕介は、小麦粉に水を入れて、まるでパンを作るかのようにひたすら捏ねる。十分程捏ねたら、今度は水に漬けて解しはじめた。水がどんどん白く濁っていく。

「この水に溶け出したものは、澱粉とか釣り餌には要らないものなんだよ。これで、グルテンの塊が出来た」


 裕介がグルテンの塊と言う揉んで残ったカスに、ミョミョルの粉と玉子の黄身を混ぜる。

「多分、これで日本のタナゴ釣りの餌と同じだ」

 ちなみに日本では、水に混ぜて軽く混ぜるだけで作れるグルテンの釣り餌が販売されている。

 じゃあ、釣ってみよう。


 常連の老人達に混ざりセフィアと小川の岸で折り畳みの椅子に腰掛け、竿を振う。

 水の流れもほとんど無い小川。冬だけどポカポカと暖かい、毎日小春日和のファルセック。浮きが沈む!

「アレ? 餌が取られてる」

「私もですよ」

「意外に難しいものだな」


 餌を付け直して再度振り込む。

「アレ? また餌を取られた!」

 そうしている間も老人達は、ひょいひょいとあげている。

「何が違うんだ?」

 裕介は釣るのをやめて、釣れている老人を観察してみる。

「あっ! そうか、シモリ浮きか!」


 老人は、浮きが沈む前に合わせているのだ。浮きを見て合わせるのでは無く、浮きの下に数珠のように付けた絹糸の目印の動きを見て、水中の微かなラインの動きを察知して合わせているのだ。

「デカイ魚ばかり釣って、バカになってたかな? 要するにバスフィッシングのノーシンカーの感覚でいいんだろうな」


 ブラックバスフィッシングでは、ノーシンカーと言ってゴム製のワームと呼ばれるルアーに、錘を付けずにワームの重さだけで沈めて釣る方法がある。

 その時釣り人は、水面に浮かんだラインの動きで魚が食った事を認識する。裕介は、シモリ浮きの動きで魚の当たりを感じる事に気がついた。

 かなり繊細な釣りであることは間違いない。釣る魚が四〜五センチ程度の小ささであるから、シモリの動きも微々たるものだ。


 でも、これはこれで釣れ始めると楽しい。浜内がハマるのも分かる気がすると、裕介は思った。

「あなた、どうやっているんですか? 教えてください」

 突然釣れ始めた裕介にセフィアは教えを乞う。

「浮きを見るんじゃない。浮きの下のシモリ玉の動きを見て、合わせるんだ。俺たちには、ミリムレンズがあるから手に取るように分かるぞ」

「シモリ玉ですか? あっ、ほんと! 魚が食べて引っ張ってるのが分かります!」

「釣れた〜!」


「どれ?」

 この間、教えてもらったお爺さんが見に来た。

「ふぉふぉふぉ。まだまだ大きい。このくらいのを釣らなきゃ」

 お爺さんのは、三センチくらいだった。

「小っせぇ〜! ようし、次は即合わせだ!」

「怪魚ハンターとして、記録を作りましょう!」

 セフィアも、この安心な釣りに妙にムキになる。


 裕介とセフィアのタナゴ釣り通いは、ファルセックに着いてからしばらく続いた。

 二人はそのゲーム性にどっぷりハマっていた。来る日も来る日も、グルテンを作って出かけていく二人を見て、ステラは食べもせずに、どうせ水に返してしまうそんな小さな魚を釣って、何が楽しいんだと聞く。


 裕介は、こればっかりは釣ってみないと分からないだろうし、釣ってみてもわからないかも知れない。と説明した。

 ステラは言われる通り一度は挑戦してみたが、異世界人でしかも商売人のステラには、この侘び寂び感のある釣りは理解出来なかったらしい。

 セフィアは、長く魔力の無い暮らしに苦しんだからなのか、理解出来たようでこう言う部分が裕介と相性が良いのかも知れない。

挿絵(By みてみん)

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