110 帰港
裕介たち三人が港に戻ると、港に入る前から並走して走る船、噂を聞きつけて集まった漁師や船員、野次馬でごった返していた。
「アレがズールか?!」
「良くあんな物を仕留めたなぁ〜」
「あの、帆も無く、艪も無しで動く船はなんだ?!」
「金属で船を作って浮かぶのか?」
集まった見物客は、各々好き勝手言っている。
「ありゃ、ベイグルのなんとかギケンって成り上がりらしいぞ」
「それで、銀の船に乗ってやがるのか?」
「イヤ、奥さんは名家の出だって聞いた」
裕介は苦笑しながら、見物客に声をかける。
「ズールを水揚げするから、場所を開けてくれ!」
「おーい! 聞こえねぇのか?! 下敷きになりたくなかったら、場所を開けろって言ってんだ!」
バギラスに強く言われ、押し合いながら港の一角を見物客は開け始める。
「セフィアさん、行っちゃって下さい!」
「はい」
セフィアが杖を振る。
ズズザザザ!
ズールの巨体が、水面に滝のように水を滴らせながら宙に浮かび上がる。
「おぉぉ、魔法だ!」
「すっげぇ!」
「おーら! どけどけ〜!」
唖然とする群衆に向かってバギラスが怒声をあげる。群衆が散って空いた場所に、ズールが静かに降ろされる。落ちた衝撃で船は壊れて、海に沈んでしまったが、鉤はしっかりと上顎に刺さったまま残っていた。
「すっげぇ! もしかして、これで釣ったのか?」
「おうよ! じゃあ、俺が一部始終を話してやるから、みんな聞きやがれ」
バギラスは得意になって、ズールの上に登り、ズール退治の出来事を語り始めた。
「俺は冗談を言ってる場合じゃねぇって言ったね。」
群衆は、驚くほど静かにバギラスの話しに聞き入っている。バギラスは政治家になれるかも知れないと裕介は思った。
「高さニペクトから、ズールが落ちて来て海面に叩きつけられたんだ。その波の凄かったこと。お陰でこの通りびしょ濡れだ。それっきり、コイツは動かなくなってこの有様だ」
バギラスは足元のズールを、ドンと蹴った。
「おぉぉ! すげえぜ、土の勇者。魔法マエストロ!」
話しが終わると、群衆の地鳴りのような響めきが起こる。裕介とセフィアは、船の上にいたため、岸壁から声をかけられてたり、拍手を送られたりで済んだが、ズールの上にいたバギラスは大変ことになっていた。
わっしょい、わっしょいとみんなに胴上げされ、裕介から見え無くなるまで運ばれていった。
「船にいて良かったなぁ〜 セフィア」
「はい」
セフィアは目を丸くしている。
「みなさん! 静粛に! 冒険者ギルドのマスター、ゲイツビルです! ギルドから発表があります」
なんだろ? と裕介はおもう。
「誰もなし得なかった、伝説の怪物ズールが、カワハラ夫妻とバギラス殿によって討ち取られました!」
おー! と拍手が起こる。
「冒険者ギルドは、これを買い取り、今から解体して、みなさんに配ろうと思います!」
おぉぉぉぉ!
より大きな声援が上がった。
「では、四列縦隊で並んで下さい。慣わし通り、ズールに肉親を喰われた人から順番です」
この世界には、魔物を打ち取ったらその魔物の被害にあった家族に肉を配って、食べて弔うと言う風習がある。
ギルドの解体者なのだろう、大きな刀や鋸を持った人達が前に出てきた。
解体にかかる前に、ギルドマスターが裕介のところに来る。
「金貨、三十枚で譲っていただけるでしょうか?」
「すごいな。普通のサメの百倍か? いいぞ。そうだ、歯を六本もらえるか?」
「いいですぞ」
「よーし! 話しはついた! 解体にかかれ!
おぉぉぉぉ!
群衆は、また盛大な拍手で盛り上がっている。
「六本って?」
「俺たち三人とセレナ、そんでステラとミリムに記念品だな」
「それはいいですね。ミリムセイコウにも飾ってもらいましょう」
解体と肉の配布は夕方まで続いた。裕介は、先にお金と歯、肉をもらったので港を後にして造船所に戻り、船を仕舞った。
「お疲れ様でした。無事で良かったです」
「ウルさんの仇を討って来ましたよ」
「ありがとうございます」
セレナは、ぼろぼろ泣いていた。子供達がお母さんに引っ付いている。
「これ、ズールの肉と歯です」
「いただけるのですか?」
「ええ、嫌で無ければ」
「こんな大きな歯に…」
ズールの歯は、一つがリュックサックくらいある。鋸のように細かいギザギザが、縁に付いていて、そのままでも鋸として使えそうだ。
「ありがとう、お兄ちゃん」
キレトとアメリ、ムチリが声を揃えて礼を言う。
「うん」
「やっと解放された!」
バギラスが戻って来た。
「あっ、これ、ギルドからお金を貰ったんだ」
袋ごとバギラスに渡す。
「ひょえぇ! 金貨三十枚もあるじゃ無いですか。これはお二人が受け取って下さい」
「そうはいかないだろ、じゃあ、三等分にしよう」
「俺は何もしてませんよ」
「船も作ったし、銛を打ち込んだのは、バギラスさんじゃないか」
「じゃあ、三等分で」
「うん、ご苦労様」
「セレナ、ズールの肉だ」
「もう、裕介さんにもらいましたよ」
「そうか。でも俺のには特別な意味があるんだ」
「意味って?」
「ゴホン! 裕介さん達にお世話になったとはいえ、こうしてウルの仇を取ってきた。その… なんだ… おまえや、子供達のウルへの気持ちは、そのままでいいから… 俺がそれごと包むから…」
「俺と一緒にならないか?」
「えっ!」
「返事は今直ぐで無くてもいい」
「… こんな頑固者ですけど… 子供が三人もいますけど キレト、アメリ、ムチリ。お母さん、バギラスさんと結婚してもいいかな?」
「いいに決まってるじゃない!」
キレトが間を空けずに返事する。
「よろしく、新しいお父さん!」
アメリとムチリが声を揃えて、バギラスに言う。
「ごめんね」
「絶対、幸せにしてやるからな!」
家族四人は硬く抱き合った。
「良かったですね」
「ああ、なんとなく、こうなりそうな気はしてたんだ」