109 ズール2
「ヤバい! とりあえず逃げよう。みんな座って!」
裕介は船外機を始動させると、岸に平行に船を走らせる。ズールは、船の波を感じて方向を変え船を追うように海に入った。
「まさか、魔法を弾くとは思わなかったなぁ~」
「昔話しになるほど生きてきた魔物だけのことは、ありますね」
「いやいやいや! そんな悠長なこと言ってる場合じゃないだろう?」
バギラスが、血相を変えている。
「流石に、この船には追い付いて… マジか? 来てるじゃん!」
船が大きく旋回している間に、ズールは一直線に泳いできたようだ。この魔物は、船が進む方向を予測出来る能力があるらしい。最短距離を一直線に来るのだ。今のところ、船の速度はズールの速度には負けていないが、相手が本気を出しているかどうかも分からない。蛇行で凌げないとなると、こいつは厄介だ。
裕介は、海に向かって手をかざし魔法を使う。
ボコボコボコ!
海に湧きたつように気泡を発生し、ズールの周りが泡に包まれる。
裕介はそのすきに、海にポッコリと出た周囲五十メートル高さ二十メートルほどの岩礁のような島に船をつけた。
「急いで飛び降りろ! 頂に登るんだ!」
三人は島に飛び降りる。裕介はアイテムボックスに船をしまうと、岩を登り始めた。セフィアとバギラスも後に続く。
「たぶん、今の泡でズールは俺たちを見失ったハズだ」
「何をやったんだ?」
「海底を気化させた。サメは本来そんなに目が良くない魚なんだ、振動とか匂いで獲物を追うらしい。ズールは多分、そういう情報を元に六感的に進路を予測して追ってきてるんだろう。気泡を発生させて音とボートの波動を遮断したことで、奴は俺たちを見失ったと思うんだがな」
「海底を気化って、海底の岩か砂を気体に変えたってことか?」
「あぁ、俺は土の勇者だって言ったろ」
「あんな広い範囲を! そんなことが出来るんだ!」
バギラスは唖然としている。
「あぁ、ここからなら良く見える。ズールが俺たちを探しているぞ。ほんとでかいな」
「魔法攻撃が効かないのなら物理攻撃しかないが、銛もそんなに用意していないしな」
「そうですね。私の魔法でズールを高いところまで持ち上げて、落としてみましょうか?」
「魔法が効かないから、ズール自体は持ち上がらないだろうな」
「そうですね」
「ルアーで釣るか?!」
「何、言ってんだよ~ 冗談言ってる場合じゃないぞ」
「いや、マジだぞ。余った銛を使って三本鉤と二リンクほどの鎖を作るんだ。この磯の岩を利用して石の船を作ってセフィアの魔法で鉄に変える」
「その船に、鎖で鉤をつけて、セフィアの魔法で誘う。あらかじめ船に、エレベーターの魔法陣を仕込んでおいて、ズールが掛かったら俺の魔力で船の魔法陣を起動させて、ニ百メートル、ニペクトほど持ち上げて落とす」
「魔法が効かなくても、ニ百メートルから落とされたら、流石に成仏するだろ?」
「お前、本当に釣りバカだな…」
「わはは、そんなに褒めるなよ!」
「褒めて無いって!」
「じゃ、やってみよう、船を作るのを手伝ってくれ」
裕介は、頂の一部を液状化し、五メートル四角程度の平らな部分を作成して作業場を作った。バギラスはあきれた顔で見ている。別の頂を砂に変えると、水魔法で湿らせながら、底がフラットな船をひっくり返したような形に長さ三メートルほどの砂山を裕介の指示で三人で作った。
砂山を石に変える。型を作って、三十センチ角ほどのタイル状の煉瓦を作り、それで先ほどの砂山を覆っていく、目地の代わりに粘土を使って、即席の石船が出来た。セフィアが鉄に変える。
銛を柔らかくして曲げ、子供ほどもある返しのついた鉤を三つ作り、くっ付けて三又のトレブルフックを作る。まるで錨だ。これを銛を曲げて作った鎖で船に繋ぎ、繋ぎ部分を頑丈に補強した。
「いいぞセフィア、ひっくり返して、底にニ百メートルのエレベーター魔法陣を描いてくれ」
セフィアは、言われた通り、鋼鉄の船をひっくり返して、正常な船の配置にして底に魔法陣を焼き付ける。なんだかんだで、二時間ほどかかったが、トレブルフック付きの、鋼鉄の船が出来上がった。
ズールは、まだ磯の周りを離れずに、裕介達を探している。
「ほんと、しつこいな。でも、その執念深さが命取りだ」
「じゃ、セフィア、釣りを始めるか!」
「はい、じゃ、いきますよ。釣れますように!」
セフィアは船を浮かせて水に浮かべる。
「アンタ達、ほんとにすごいな」
バギラスは、汗を拭きながら、感心を通りこしてヘラヘラと笑い顔になっている。
「トップウオータールアーだな。蛇行させながら、時々止めたりして誘うんだ」
船が進み始める、ズールの近くまで進むと蛇行を始めた、右に左に、ドッグウオークしてリズミカルに動く。
「上手いぞ! セフィア!」
ズールが関心を示したのか、近くに寄ってきては牽制するように通り過ぎては戻り、離れては戻りボートルアーに反応している。
「これ、面白いです!」
「見える魚を釣るのを、サイトフィッシングって言うんだ。そういやトップで狙うのは、初めてだったな」
「いや、アンタたちバカか? 相手はズールだぞ?」
ズールが大きく回り、船の背後から忍び寄った。大きく口を開け、水ごと船を飲み込もうと襲い掛かる。
ズザザザザ!
五十メートルは離れているのだが、音が聞こえる。全員が息を呑む。
ボートが後方から沈みかかる。裕介が魔法陣に魔力を流す。セフィアも船を持ち上げる魔力を流す。二人同時の魔力操作は、まるでフッキングのようにシャープな動きを船に与えた。
銛を曲げて作った鉤が、ズールの上あごにかかる。
「フィッシュ オン!!」
持ち上げられまいと暴れるズール。その反動で別の鉤もガッチリと上あごに食い込む。ズールは身体をくねらせながら、頭半分を水面に釣り上げられ、尚も抵抗を示し尾が水面を叩く。やがてその前身が水面から出切り、それでも身体をくねらせながら巨大な魚体は高く高く昇って行く。
「よし! もういいか。大波が来るから、反対側に逃げてしっかりつかまって」
裕介が呟く。三人は、波を避けるため、ズールを釣り上げた側の頂きの反対側に移る。
ひゅっ!!!
ズバーン、ズシャシャシャァァァ!!!
ズールが落ちてきて、水面に激突した。海面は一度凹み、大きな波紋となって周囲に広がる。
その津波のような波紋が、岩礁に到達する。波は頂までは上がらないが、波しぶきが頂を超えて降ってきた。三人とも頭から土砂降りのような飛沫を被りびしょ濡れだ。
「ズールは?」
ズールは、白い腹と短い前足を見せて、仰向けになって浮かんでいた。
「死んだかな?」
「流石に、死んだでしょう?」
「セフィア、浮かぶか、魔法をかけてみてよ」
「そうですね。鎧を着ているわけでもないので死んだら、魔法も効きますよね」
ズールが、水面から浮かんだ。どうやら死んだようだ。やっと三人に笑いがこぼれる。
「ぶははは!やったな!」
「やった!」
「うふふふ、びしょ濡れですけどね」
「じゃぁ、セフィアの魔法で引いて帰るか」
「はい」
裕介は、アイテムボックスから船を出し、三人は乗り込んでズールの傍まで行った。
大きな目、背中に背負うリュックほどもある歯、何人分取れるだろうと思う、大きな鰭。
「じゃぁ、帰ろうか」
私事ですが、今日は瀬戸内海で真鯛釣ってます。
やっぱり釣りは、楽しいです。