104 メルト
港で水揚げした裕介が釣ったピストーリクは銀貨三十枚の値が付いたらしい。バギラスは、船代として十枚を引いてニ十枚とピストーリクの身を分けてもらって、釣果としてカランクスと一緒に裕介に渡した。
バギラスは、正直な人間の様だ。
裕介は魚を持っていても仕方ないので、宿に渡すと宿の料理人は大喜びで調理し、夕食にはエスカベシュや、さつま揚げの様な料理になって出てきた。
「サメって結構、美味いなぁ〜」
翌日、裕介達は鍛冶屋街に向かう。
「本当だ。沢山鍛冶屋が並んでるな」
裕介達は、材料を取り扱っていると言う問屋を聞いて、そこを訪れた。
「こんにちは」
「見慣れない顔だな」
髭もじゃの背の低い店主らしき男が、ぶっきらぼうに言う。ミルト、そっくりだ。
「ミルト親方?」
思わず、裕介はそう呟いた。
「なんだ? 兄貴の知り合いか? 俺は弟のメルトだ」
「失礼、あまり似ていたので」
「兄貴は、ベイグルの戦争が終わっちまったんで、剣の需要が無くなったとか言って、今はパリルに帰っているぜ。」
「親方は国に帰ったんですか?」
「ああ、戦後のベイグルで新しい金属や技術が生み出されているんで、自分も国で新しいものを作るんだと年甲斐もなく張り切ってな」
そうだったんだ。カワハラギケンや、アコセイサクショ、ミリムセイコウが生み出した新商品はミルト親方の職人気質の部分を刺激していたのかと、裕介は改めてミルト親方の技術者としての生き方に感銘を受ける。
「で、今日は何の用だい? 兄貴の知り合いなら、融通してやるよ」
「あっ、黄銅鋼が欲しいんです」
「黄銅って、銅貨に使うあれか? あれなら、沢山あるぜ」
「そうです。それと錫」
「錫? また珍しいものを欲しがるな」
「あるんですか?」
「あることはある。売れないんで、倉庫の奥に仕舞ったっきりだがな」
「良かった」
「で、どのくらいいるんだ?」
「黄銅鋼が銅貨20万枚分、錫がその一割」
「驚いた。金はあるんだろうな?」
「カワハラギケンで、即金手形を切ります。ギルドで換金してください」
裕介は、ギルドカードを見せる。
「お前! ユースケさんか? 兄貴から、聞いてるぜ、ベイグルで次々新しいものを作り出す転移者だって?」
「ははは。昔、バイトさせてもらった事があるんですよ」
「分かった、何処に運ぶんだ?」
「セレナさんの造船所に」
「セレナって、あのウルの造船所か?」
「そうです」
「ここだけの話しだ。誰にも言わねぇ。この黄銅で何を作るんだ?」
「それは、まだ、新案登録をしていないんで秘密ですね。船の部品とだけ言っときます。作って登録したら教えますよ」
「分かった、野暮な質問だった。カワハラギケンがらみなら、今後ともひいきに頼むな。午後から運んでおく」
「こちらこそ」
「あっさり買えて良かったですね」
メルトの問屋を後にした裕介にセフィアがそう言う。
「さすがは、ステラだな。蛇の道は蛇って言うけど、午後から荷物が来ると驚くだろうから、先にキレトのところに寄って行こう」
途中で甘そうなお菓子を見繕って購入し、造船所に立ち寄る。
「あっ!」
表で遊んでいた、キレトとアメリ、ムチリの兄弟が、裕介とセフィアに気づいた。
「おう! お土産だ」
差し出したお菓子の袋を見て、アメリとムチリの双子が揃ってニヤリと笑う。
「どうもありがとう。キレトの被害者のお兄ちゃん」
裕介は、どうもこの双子は苦手だと思いながら
「ユースケとセフィアだ」
と、しゃがんで双子の頭を撫でる。
「ユースケとセフィア」
双子が復唱する。
「そうよ。よろしくね」
「今日は、母ちゃんは家にいるよ。呼んで来る」
キレトはそう言うと家の中に入り、母親を連れて出てきた。
「先日は、申し訳ありませんでした」
「いやいや、もうそれは良いですよ。それよりも造船所の再開の目処が立って、午後には材料を運んできます。商品を作るのに使わせてもらって良いですかね?」
「もう、早速ですか? ずっと使っていないので、ホコリだらけですけど」
「じゃあ、掃除して、工場として使いやすくしても良いですか?」
「どうしてもらっても構いませんが、私に出来る作業でしょうか?」
「大丈夫だと思います。船を作るわけじゃありません、船を魔力で走らせる、船外機ってモノを作るんです」
「船を魔力で動かすって? どうすれば、そんな事が?」
「そうですね。では簡単なモノを作って、お見せしましょう。キレト、石を拾ってこい」
キレト兄弟が石を拾いに行ってる間に、裕介は
エルベで作った船外機の金型をアイテムボックスから取り出す。
裕介は、キレトが拾って来た石を液状化して金型に入れ、あっと言う間に各部品を作った。
「この金型には、あらかじめセフィアが描いた魔方陣も型抜きしてあるんですよ」
裕介は船外機を組み立てた。
「コレが、カワハラギケン製の船外機です。ここに魔力を注いで下さい」
セレナが魔力を流すと、仰向けになった船外機が静かに回り始める。
「コレは一体!」
「この部分を船の後ろに固定して、このプロペラ部分を水中につけて回すと、帆も艪も無くても船は、結構なスピードで走るんですよ」
「試してみてもいいですか?」
「お見せするために、石で作った試作機ですから、長持ちはしませんよ」
「本当に動くのが見てみたいんです。死んだあの人がこう言うモノがあればと、ずっと言ってたんです!」
「ウルさんも考えてたんですね。良いですよ。運んで取り付けてみましょう」
運べない重さでは無いが、結構重かったので、造船所の台車で運び、造船所から進水する場所に置いてあったボートに取り付ける。
裕介とセレナはボートに乗り込むと、セフィアと子供達が見守る中、セレナの魔力で出航した。
石の急作りだから、耐久性にも摺動性にも不安があるが、なんとか一回りして造船所に戻った。
「どうですか?」
「すごい! あの人がずっと言ってた魔道具そのモノです! コレを作らせてもらえるのですか?!」
「はい、でもセレナさん一人では、いろいろ大変でしょう? 人を雇いませんか?」
「でも、そんなお金は、うちには…」
「大丈夫です。俺が当面の回転資金は援助します。この船外機の新案登録は俺の店でやるので、セレナさんはギルドを通して売ってもらえれば、その分、俺に返って来ます。セレナさんは、作って売れば売るほど儲かります」
「でも…」
「バギラスさんに、贖罪のチャンスをあげてくれませんか?」
「えっ! あの人、まだ気にしてるんですか? あの人のせいじゃ無いのに…」
「何でも手伝うから、あなたを助けてくれと頼まれましたよ。良いじゃないですか、手伝ってもらったら」
「分かりました。話してみます」
「ええ、良い返事を期待していますよ」