103 ピストーリク
「来たぞ! 一度ロープが出てしまうまで出しきるんだ!」
スルスルと輪になったロープが出て行き、船首に縛り付けられた最後の部分まで、ピンっと一直線に張った。船が引っ張られ緩やかに動き出す。
「この船を引っ張ってんのか?!」
「凄い力ですね?」
「しばらく、引っ張らせて疲れさせるんだ」
「そろそろいいぞ! ロープを手繰り寄せてくれ。ただし、巻き込まれない様に注意しろよ!」
裕介は、手袋をしてロープを手繰る。サメが寄っているのか、自分が乗った船が寄せられているのか良く分からない状況だが、裕介とサメは一本のロープで繋がり、綱引きの様に遊び無くロープが一直線に水中に入り込んでいる。樽を繋いでいた細い紐は、水圧で切れ樽はプカプカ浮いている。
手応えで、サメが首を振って鉤を外そうと踠いているのが分かる。サメが反転する、こちらに向かって突っ込んでくる。
「巻け!」
裕介は、大急ぎでロープを手繰って、足元に落とす。弛んだロープをバギラスが船首の突起に巻く。
「しっかり、引っ張ってろよ!」
「キャー!」
セフィアが、軽く悲鳴を上げる。船が大きく揺れ、サメの方向に船首が回転する。
「よーし、巻け!」
「こなくそ!」
裕介は、背一杯の力で、船首を一回転させたロープを巻き取る。徐々にサメが船に寄って来た。バギラスが銛を持って構える。
ガスっと銛がサメのエラの部分に打ち込まれ、サメが暴れる。3メートルは超えている。
バギラスは金属のパイプの様なもので、ガツン、ガツンとサメの頭を数度殴り付けた。やがて、サメは静かになった。バギラスは、サメの尾に太いロープを結び付ける。
複雑に組み合わせた滑車を使い、船にサメを揚げる。
なるほど、小学校だったかで習ったな。裕介は、すっかり忘れていた。例えばサメが200キロあったとしても、定滑車二つと動滑車一つを使うことで、50キロの力で引っ張る事が出来る。
「せいのぉ〜!」
裕介とバギラスは、力を合わせて釣ったサメを甲板に引き揚げた。セフィアの魔法で揚げて貰えば簡単なのだが、こういう気分を味わいたかったのだ。
「まぁ、中サイズってところだな」
「コレで中サイズかぁ〜」
甲板に、どでっと横たわったサメは、裕介の倍近くある。
「大きすぎて、怖いですね。コレがピストーリクですか。歯が凄いです」
「ああ、流石にビビるな。ズールってのは、この倍以上あるって言うんだから、船ごと食われるかも知れないな」
「ズールは、ピストーリクとは違う魔物だと思った方が良い」
バギラスがポツリと話し始めた。
「セレナの亭主、つまりキレトの父親はウルって言ってな、腕の良い船大工だった。俺は新しく作ってもらったこの船が気に入って、調子に乗っていつもより遠出したんだ。三角岩の辺りにはズールって魔物が潜んでいるって話しは聞いていたが、あの頃の俺はそんな事、信じちゃいなかった」
裕介とセフィアは、黙ってバギラスの話しを聞く。
「いきなりだ。船で引いていた網を網ごと食いちぎられた。一口だぜ、信じられるかよ。その船とあまり変わらない大きさの魚の影に、俺は銛を持って構えた。銛を三本だぜ、奴は棘が刺さった程度にしか、感じちゃいねーんだ。俺は三角岩の入り江の中に逃げ込んだ。岩に登って見ると、ズールは岩礁の周りを回遊しながら、俺が出て来るのを待っているんだ」
「なんで固執したんでしょうね?」
「プライドなんだそうだ。後で聞いた話しだが、ズールは自分を傷つけた者を決して許さないらしい」
「魚にプライドがあるなんて…」
セフィアも驚く。
「漁師仲間とウルが探しに来てくれた。俺は岩の上から手を振って、やばいから戻れと叫んだよ。でもウルは自分の船の速さに自信があったんだろう、ズールに銛を打ち込んで、囮になって突っ走って行った。俺は漁師仲間に言われて、その隙に逃げ出して帰港したんだが、結局、待ってもウルは戻って来なかった」
「俺は残されたセレナと家族に、償いをしようと、俺は漁師を辞めて造船所を手伝うと申し出たんだが、セレナは俺のせいじゃ無いと、頑なに聞いてくれなくてな。そのまま、俺も言い出した手前引っ込みがつかず、漁具屋を営みながら、ピストーリクを釣ってズールを退治する方法を探しているんだ」
「確かに、話しを聞いた限りでは、ウルさんの死はセレナさんの言うように、バギラスさんのせいではないと思いますよ」
「俺は小さい時からセレナを知っている。良い男と結婚したと喜んでいたんだ、その暮らしを壊す発端になったのが、俺だなんて、俺自信が許せないんだ。ズールを退治しない事には、俺もセレナも前に進めない」
「ズールかぁ〜 水面に顔を出させればなんとかなるかも知れないけどな」
「えっ! 今の話しを聞いて、なんとかなると思うのか?」
「ええ、実は、俺は土の勇者、妻は魔法マエストロなんです。頭さえ水面から出れば、爆裂魔法で吹き飛ばすくらいは出来るんですがね」
「俄には信じられないが」
セフィアは、先程水揚げした、ピストーリクを魔法でスッと浮かせて、船の中央に置き直した。少し傾いていた船が正常なバランスに戻る。
「マジか? 魔法で、このピストーリクが持ち上がるのか?!」
バギラスは、驚きを隠せない。
「そうだな、ズールの頭を出させるには、こう言う浅瀬に誘き寄せるのが一番だろうな」
「付いて来るでしょうか?」
「奴の主食は、アザラシらしいんだ。アザラシは、こう言う浅瀬で固まっている事が多くて、そこを襲うって言うんだ」
「なるほど」
「銛を打ち込んで、浅瀬まで逃げれば付いて来るとは思う。ただし、恐ろしく脚の速い船が必要だけどな」
「脚の速い船ですか? じゃあ、作りましょう」