102 カランクス
「ステラ、黄銅鋼ってパルージャ商会で手に入るかな? 銅貨に使われている金属だ」
「一般的な金属なら、入らない事も無いけど、うちを通すと高くなるわよ。ここでならパリルと直接取り引きしている、鍛冶屋で探した方が早くて安いと思うけど」
「パリルって?」
「アミザ海峡の対岸のドアーフの国の名前よ。多くの金属はパリルから輸入してるから、この街にはパリル出身のドアーフの鍛冶屋は多いわ」
「街の南に鍛冶屋街があるから、ドアーフの鍛冶屋の方がそう言う金属は、まとまった量を持ってるわよ」
「ミルト親方の親戚みたいなもんだな」
「ええ、彼もパリル出身のハズよ」
「分かった。行ってみるよ。それはそうと明朝、俺たちは釣りに行くけど、どうする?」
「やらなきゃいけない仕事があるから、今回はやめとくわ」
「分かった」
翌朝、裕介とセフィアは港のバギラスの船にやって来た。
「おはよう御座います」
「おう! 来たな、おはよう!」
「じゃあ、乗れよ、もう準備出来てるぞ」
「ズールって、ヤバイのがいるらしいですね」
「何処で聞いたんだ?」
バギラスの顔から笑顔が消える。
「昨日アレから、造船所のキレトって子と色々あってね」
「そうか、キレトか。実はな、キレトの親父は俺が殺しちまったんだ」
「じゃあ、助けられた漁師ってのは?
「そうだ。俺だ」
「そうだったんですね。実は造船所を続けられるように、なんとかするとキレトと約束してね」
「なんとかなるのか? 頼む! セレナを助けてやってくれ、俺に出来る事は何でも手伝う!」
どうやら母親の名前はセレナと言うらしい。
「分かりました。まぁ、それは追々ゆっくりと。では、今日はピストーリクを釣らせて下さい」
「おう! 任せておけ。俺はあの事件以降、漁師をやめて、ピストーリク専門になったからな」
バギラスの船は、静かに艪を漕いで出港し、帆を張った。ププルの船と同じくらいだろうか、それにサメを引っ張って水揚げするのだろう、滑車が付いたクレーンのようなものが付いている。
海面に鳥が群がっている鳥山を追って、漁場に着いた。飛び魚のような魚がボイルしている。
「先に網を打って撒き餌を取るから、待ってろ」
「じゃあ、俺たちも反対側で魚を釣って良いですか?」
「何をするのか知らんが、反対側ならいいぞ」
「じゃあ、やるか」
「なんだ? そりゃぁ?」
裕介がアイテムボックスから取り出したジギングタックルを見て、バギラスが、半笑いの顔になる。
「一匹づつ釣るつもりか? しかも、その金属の塊で?」
「まぁ、見てて下さい」
セフィアと裕介二人が落とすと、速攻でヒットした。
「これだけボイルしてんだ。コレを餌にしている大物がいるに決まってる!」
二人して、ゴリ巻きで揚げる。
「なんだ?」
上がって来たのは、銀色の大きなアジのような魚だった。五十センチくらいある。
「ギンガメアジだったか、ロウニンアジだったか?ああいう類いの魚だな」
「カランクスだ。デカイな! ピストーリクの好物だぞ、良い生き餌になるから、生簀にいれとけ」
いや、コレこのまま食っても旨そうなんですけど! と裕介は思う。
「私も同じのです!」
「じゃあ、バンバン釣るか!」
あっと言う間に、カランクスが四匹釣れた。
「なんだ?! その道具は? いくらなんでも、そんなにそのサイズのカランクスが獲れるハズがない!」
裕介がニヤリと笑った。
「やってみます?」
「良いのか? じゃあ、ちょっとやらせてくれ」
バギラスは、投網を置いて裕介のタックルを持つ。
「思ったよりも軽いな」
「ここのレバーを押して、この金属のジグを沈めて下さい」
「こうか?」
ラインがスルスルと出て行く。
「はい! ハンドルを巻いて、竿をしゃくって!」
ハンドルを巻き始めると、リールのレバーが勝手に戻る。裕介の見様見真似でバギラスがジグをジャークさせる。
「!!!」
いきなり食った!
「ボイルの下には、こんなのが、たむろしてるんですよ!」
「ぬぉぉ!」
バギラスは、面食らったらしい。竿とリールのハンドルを持つ手がプルプルと震える。
「ど! どうすれば?!」
「そのまま、ゴイゴイ巻いて下さい。無理なら、力尽くで竿を立てて、寝かしながら巻いて」
程なく、同じようなカランクスを抜き上げた。
「コレは面白いな! こんなに強い糸と竿は初めてだ。何処で売ってるんだ?!」
「コレは俺が作ったのですが、買うのなら、ゲルトのミリムセイコウです」
「ミリムセイコウだな。俺の店でも扱えないか聞いてみよう」
「あっ、売るって事ですか? だったら、オーナーに話して契約しないとダメですよ」
「契約が必要なのか? アンタ、やけに詳しいな?」
「そりゃぁ、ミリムセイコウのオーナーは、俺たちの妹で、俺たちは出資者ですから」
「そうなのか? じゃあ、紹介してくれよ! 知っての通り、漁具だけだと暇でな」
「良いですよ。ミリムに手紙を書いておきましょう。それより、そろそろピストーリクを釣らせて下さいよ!」
「そうだ、すまん、すまん。じゃあ、ヤツらの棲家に移動するぞ」
バギラスは船を走らせて、水深十メートル程の浅瀬に来た。帆を畳む。
「深場でも釣れるんだが、撒き餌が浅瀬の方が効果的なんだ」
そう言いながら、網で獲った魚をばら撒き、大きな瓶から、柄杓で何かの血を撒き始めた。
「コレはな、冒険者ギルドで貰ってきた魔物の血なんだ。ピストーリクは、この血の匂いに釣られて集まってくる。ズールが現れても陸に逃げれるしな」
しばらくすると、船の周りにサメが集まって来たようだ。水面から出た背鰭が、五〜六匹船の周りを蠢いている。
「ヨシ! カランクスを背掛けして泳がせるぞ。昨日買った道具を出せ」
裕介は、アイテムボックスから道具を取り出す。
簡単な仕掛けだ。大きな鍼をカランクスの背中に刺し、ワイヤーのリーダーにロープを結束して、浮き替りに樽をつけて、カランクスを泳がせる。ロープの末端は船首に結んである。
流石はでかいカランクスだ。樽を浮き沈みさせながら、元気に泳いでいる。
大きな樽が、沈んだ!
船首で巻き束ねたロープが、スルスルと出始める!