101 造船所
「ごめんなさい」
キレトは、泣きながら素直に謝った。
「逃げないって約束するんなら出してやる」
「逃げませんから、出して下さい」
裕介は、固化を解いて砂に変えた。動けるようになって砂塗れになったキレトが出てくる。
「アメリ、ムチリ。いじめられているんじゃ無い。お兄ちゃんがこの人達の物を盗ったんだ」
「泥棒は悪いこと、それなら殴られても仕方ない」
多分、四〜五歳だろう、双子の妹アメリとムチリは、声を揃えて子供らしく無いことを淡々と言った。
裕介は一瞬、AIが喋ったのか錯覚した。ちょっと不気味だ。
「なんで、泥棒したの?」
「造船所が潰れて、母ちゃんが働きに出て、アメリとムチリに食べさせてやりたくて、ごめんなさい」
「初めてじゃ無いんだろ? 逃げ足が速かったからな」
「外国人っぽい人を選んで、何度かやってます」
「狡賢いヤツだな、外国人なら警察も無いから泣き寝入りするからな」
「母ちゃんは何処にいるんだ?」
「船に乗って漁に出てます」
「父ちゃんは?」
「死にました」
「母ちゃんは、いつ帰ってくる?」
「そろそろです」
「じゃぁ、待つか?」
「そうですね」
「お願いです。母ちゃんには言わないでください」
「そんな訳に行くか!」
「母ちゃん、大変だから、心配かけたく無いんです!」
「だからと言って、人の物を盗って良い訳が無いだろ?」
「キレト? どうしたんだい? その人達は?」
歳の頃三十歳くらいだろうか。日焼けして、美人なのに世帯やつれした感じが惜しいお母さんが戻って来た。
セフィアが事情を説明する。
「バカっ! どんなにお腹が減っても人様のものに手を付けるなんて、母ちゃんは情け無いよ。アンタ、今すぐ死になさい! 母ちゃんも妹達も一緒に死んでやるから!」
母親は、泣きながらキレトを何度も殴り付ける。
裕介は、母親は何処の世界でも一緒だなと、日本の母親を思い出した。
「まぁまぁ、お母さん。そのくらいにして、余計な事だろうけど、何か力になれる事があるかも知れないから、少し話しを聞かせてもらえませんか?」
「いえそんな、ご迷惑をお掛けした方々に…!」
「いや、家内が子供がそんな事をするには事情がある筈だから、解決するって聞かないんですよ」
しばらく説得して、やっと母親は説得に応じた。
キレトの父親がいた頃は小さいながらも、なんとかやって行けた造船所だったらしい。アメリとムチリが生まれて直ぐの頃、この造船所で作った知り合いの漁師の船が戻って来ないので、他の漁師達と父親は探しに出かけたらしい。
この海には、八メートルを超えるズールと呼ばれる人食い鮫がいて、その漁師が襲われていたらしく、父はそれを助けようとしてズールに食われてしまったそうだ。
残された奥さんと家族は、造船所を続けようとしたが、父がいなくてはどうにもならず、奥さんは生活の為に午前中は、知り合いの漁師の船に乗るようになったらしい。
時々仕事で昼食が遅くなる事があるらしい。
お腹を空かせた妹達に食べさせようと、キレトは外国人を案内してお代に、フィッシュアンドチップスを貰って帰っていたらしいが、ある時、案内した外国人が約束を守らず、文句を言ったら殴り付けられたらしい。
その時、奪い取って逃げたのがきっかけで、引ったくるようになったと言う事だった。
「これからは、ちゃんと食事を用意して置いて仕事に行くようにします。今回はこれで許してやって下さい」
母親が銀貨一枚を差し出す。
「いや、お金は受け取れないよ。それよりも、造船所が続けられるように何とか考えてみるから、少し時間をもらえるかな? それが、家族にとって一番いい事のような気がする」
「造船所をですか? でも、私一人ではとても無理です」
「うん、だろうね。だから考える。ちょっと時間を下さい。因みにお母さんは土か金魔法は使えますか?」
「船の鋲を作ったりする程度なら。あの、もしこの造船所でやれる事があるのなら、私からもよろしくお願いしますします」
「分かりました。じゃぁ、今日は帰ります。キレト! もう人の物を盗っちゃダメだぞ!」
「はい! もう絶対盗りません。だから、母ちゃんを助けてください!」
「よし! 約束だ!」
裕介はキレトと約束して、造船所をあとにした。
「とは言ったものの、どうするかな?」
「何か考えがあったのでは無いのですか?」
「うん、エルベで作った魔動モーターの船外機を、造船所で作ればと思っちゃいるんだけど、材質がな」
「鉄ではダメなのですか?」
「鉄だと直ぐに酸化して、ボロボロになってしまうんだ」
「グレッグ孤児院での授業で、ものが燃えるのと鉄が錆びるのは同じで、物質が酸素と結合する酸化だと言われてましたよね」
「そう、良く覚えているな。海水は酸化を促進するんだ。だから金属は錆やすくなる」
「エルベのは、金属でなく陶器のようなものでしたよね」
「うん、アレはファインセラミックって言う、丈夫な陶器なんだけど、あの奥さんでは、セラミックを作る高温領域での土魔法は無理だからな」
「そうですね」
「日本では、船のスクリューは酸化皮膜を作る、アルミやステンレスを使っていたんだ」
「酸化皮膜って?」
「怪我をした後に出来る瘡蓋みたいなものかな? それで、それ以上の酸化が進まずに内部を守るんだよ」
「その二つは、錬金魔法でしか作れませんものね」
「そうなんだ、酸化皮膜を作る手に入れ易い金属があればなぁ」
「亜湖ノートに海軍黄銅ってありましたよ。錫を添加するんだって」
「そうか! 真鍮か! 銅と亜鉛の合金、つまりは銅貨が真鍮だ。あれに錫を入れるのか! 良く見つけたな、セフィア!」
裕介は、往来の真ん中でセフィアに抱きついた。セフィアは嬉しいけど恥ずかしい思いをしながらも、裕介の喜びと、あの家族の問題が良い方向を向きそうな事を素直に喜んだ。
「そういえば、船のスクリューには金色のものもあったような気がする。アレは、黄銅だったんだな」
「黄銅ですか?」
「セフィアの魚拓を作った、アレだよ。黄銅も酸化皮膜を作るから、黒ずんでも錆びないだろ?」
「あぁ、確かコインを溶かして作りましたよね? 金色の金属ですね」
「うん、だからこの世界には、既に黄銅を作る技術があるんだ。うっかりしていたな、リールの素材にもなるんだよ」
「錫も探してみよう」
土曜日だけの二本立てに変更します