100 アミザ
今日から、第三章です。
裕介とセフィア、ステラはエノスデルトから西に向かい、ベイグルの国境門で出国の手続きを済ませる。そこから西のオスタールの国境門までは、少しの間、無国籍地帯だ。
間もなくオスタールの国境門について、入国手続きを行う。とは言っても、それほど厳格なものでは無くギルドカードを見せるだけで、簡単な手荷物検査で入国だ。パスポートとか、ビザとかそんなものはない。もっとも、大使館も無い。
この世界の鉄則、自分の身は自分で守れだ。
しばらく行くと、アミザが見えて来た。大きな港町だ。中央山脈が海に狭った狭い場所にあるので、山も利用していて、階段や坂道が多い。三人は取りあえず宿を確保した。
「さて、街を散策してみるか」
ベイグルとは、やはり国が違うからか、街の彩りも異なる。カラフルな屋根や壁、狭い階段状の路地、魚屋や八百屋が軒を連ね、潮の香りが絶えない。カモメのような鳥が飛んでいる。
その港を見下ろす通路からも、大陸を行き来するのであろう大きな船が、港に停泊していて、ヨットハーバーの様な色とりどりの小さな船も、沢山係留してあるのが見える。
「うん、なんだか異国に来たって感じがするな」
「はい!」
「私は、パルージャ商会に顔を出して来るわ。また夜に宿でね」
そう言って、ステラは裕介達とは別方向に歩いて行った。
「おっ!アレは釣り具屋じゃ無いのか?!」
裕介が看板に釣鍼の絵の描かれた店を発見した。
「行ってみよう!」
店に入ると、色黒でタンクトップの痩せたおじさんが店番をしていた。見渡すが、竿やリールは無い。船で引っ張る網や投網、籠網、銛やロープ、延縄の仕掛けや浮き、完全に漁具ばかりだ。
辛うじて見つけたのは、手釣りのH型の木製糸巻きとそれに巻かれた太い凧糸の様な釣り糸。それと、これで何を釣るんだ? と思わせる、セフィアの顔ほどもある鋼の釣鉤だった。
「こんにちは! この釣鉤、すごいっすね。何を釣る鉤なんですかね?」
暇そうにしていた親父は折角来た客を見て、なんだ冷やかしかといささか残念そうだった。
「ピストーリクだ」と面倒臭そうに答える。
「ピストーリク?」
「多分、日本語で言うサメですね」
セフィアが翻訳してくれる。
親父は、後ろの棚から、サメの歯付きの顎骨を出して、カチカチさせてニカっと笑った。
よっぽど暇だったんだろう。
「おぉぉ! サメなら釣るんだ! 釣ってみたいな!」
「本当か? うちの店で道具を揃えて、金を出すんなら俺の船に乗せてやってもいいぞ!」
途端に親父は乗り気になる。
「乗せてくれるのか? じゃぁ、道具を一式買うぞ」
「じゃぁ、決まりだな。コレとコレとコレ、後、コレも買っておけ!」
親父が出したのは、親指くらいあるロープと先程の鉤、ワイヤーのように撚った針金、鋭い銛とそれに付けるロープだった。
「おう! 全部買うぞ! 三セットくれ」
三セットと聞いて、親父は大喜びだ。コイツは上客だとばかりに裕介に握手を求めた。
「俺は、バギラスだ。ピストーリクなら任せておけ釣らせてやる!」
「ユースケだ。こっちは妻のセフィア。よろしく」
「いつ行く?」
「明日でもいいぞ!」
「じゃあ、明日で決まりだ。朝六時に港に来い。この店の看板と同じ旗の船だ」
「分かった、じゃぁ、明日」
裕介は買った道具をアイテムボックスに仕舞って、店を出た。
「あんな凄い口の魚、大丈夫でしょうか?」
「昔、みんな食われてしまう映画があったな」
「えぇぇ! 食べるんじゃなくて、食べられるんですか?!」
「大丈夫だろ、いざとなったらセフィアの魔法でミレザ革命の時みたいに、吹き飛ばしてやればいいんだ」
「アレはあなたの魔力で描いた魔方陣に、あなたの魔力を流したから、あんなに威力があったのです。私だけではあれほどには無理ですよ」
「アレは迫力あったもんな。じゃあ、いざとなったらまたセフィアに魔力を通すか」
「あん! あなた」
裕介から魔力を受け取らなくなって久しい。それも良いな、とセフィアは思い思わず裕介の腕にしがみついて甘える。
「おっ! 美味しそうなものを売ってるじゃんか」
裕介が見つけたのは、フィッシュアンドチップスの店だった。
「前の世界でもイギリスって国で人気だったんだ」
一つづつ買って、歩きながら食べようとしたところで、引ったくられた。
逃げ足が速い。見る見る消えてしまった。
「子供じゃんかよ!」
「大丈夫です。顔は見ました」
「まぁ、しょうがないから、また買うか」
「いえ、よく無いです! 探しましょう」
「マジか?」
「きっと、人のものを盗るだけの事情があるハズです。それを解決してあげないと、あの子はずっと引ったくりをします。あなたは、アミル君が引ったくりをしていても、しょうがないで済ませますか?」
「そりゃぁ、更生させるけど、これからああいう世界中の子供を片っ端から更生させるのか?」
「全部は無理です。でも見てしまったものは、助けてあげたいのです。袖触れ合うも多少の縁って言うじゃ無いですか」
「分かった、探そう。でも、どうやって探す?」
「見てて下さい」
セフィアは、白いハンカチを取り出すと、魔方陣を焼き付けるように、先程の子供の顔を焼き付けた。モンタージュ写真だ。
「そうか、セフィアの瞬間記憶能力をすっかり忘れていたよ。まるで写真だな」
二人は、モンタージュ写真を持って聞き込みをして回る。程なく、街の外れにある小さな造船所の子供だと分かった。キレトと言うらしい。
二人は、造船所を訪ねる。入り口の前にキレトがいた。二人に気付き、慌ててキレトが逃げ出そうとする。今度は裕介が逃がさない、地面を液状化してキレトを落として、固化して拘束した。
「こら! 悪ガキ! 人の物を盗っちゃダメだろ!」
裕介が、ゴツンと拳骨をかます。
「お兄ちゃんをいじめないで!」
中から小さな妹が二人出てきた。
「ん? 双子か?」