1 ブルーバック
長くなると思います。
未だ全部のプロットは出来ていませんが、始めてみます。
釣り小説ですが、釣りが始まるまでが長いです。
気長にお付き合い下さい。
険しい岩山から流れ落ちる水は幾重にも曲げられ打ち砕かれながらも、少しづつ地形を変えながら一本の沢へと収束していく。やがて人が踏み入ることを許さなかった岩肌は次第になだらかに変化し、毎年、葉の色を変え落葉し積もったその場所の土にオアシスを見つけたように若木が生えて、低木の斜面は次第に落葉樹の森へと変化し、何百年もかけて育った大木の足元を流れる川へと急流は落ち着く。
倒木や土砂崩れによって遮られた川は曲がったり、小さなダム湖になったりしながらも水は流れることを忘れず、同じように流れてきた小さな川が集まり新鮮な酸素と山の養分をたっぷり含んだ水は、多くの水生昆虫を育みながらゴツゴツした岩を削り角を落として砂に変えながらも、更に下流へと流れる。
なだらかな丘を回り込み、人が暮らす場所の畑を潤し街を抜け何度も曲がりながらも、いつしか川は一本の大河となり河口間際で分裂し三角州を作って海へと流れ込む。
遥か彼方の海からこの川を遡ってきた生命はこの川で生きる場所を見つけ、もう海に戻ることもなく定着する。人がほとんど立ち入ることの無かったこの川は、いつしか魚たちの楽園になっていた。
国状が落ち着いたとはいえ、最上流部のどんな魔物が出るかも分からないこの森の中で、一人の男が岩陰に身を隠しながら竿の先から伸びた糸の先を見つめていた。
木漏れ日でキラキラと輝く川面の流れが一瞬弾け、途端に男は竿に微かなあわせを入れる。糸の先についたお手製の毛鉤には優に三十センチは超えるであろうマスが食い付き、馬の毛で編まれた糸と荒削りな一本の木で作られた不細工な竿の限界に挑むように、流れの中を右へ左へと水中を走る。
「おっとっとと! いいファイトだ、落ち着け!」
男は腕を目いっぱいに伸ばして魚に空気を吸わせる、途端に釣り鉤にかかった魚は従順になり寄ってくるようになった。ゆっくりと魚を手元に寄せ腰から引き抜いた、これもお手製であろう、木の根を曲げて輪にしたフレームに付けた網で魚を掬い取った。
「良いマスだなぁ~」
背中がコバルト色に真っ青に光り体側から背中に向けて黒色の斑点が散りばめられている。ブルーバックとでも言うのだろうか、かつて暮らした日本にも一部の湖にそういう呼び名のニジマスがいたことを知っているが、この異世界にも同じような魚がいたんだと男は感動していた。
腰のアイテムボックスに魚を入れると彼は家路についた。
男は、川原裕介、24歳。この異世界に召喚されて7年が過ぎていた。
彼は地元工業高校機械科の二年生であったが野池でブラックバスを釣っている時に間違ってこの世界に召喚されてしまった。召喚されたのは、その野池にいた別の釣り人である亜湖誠司、その野池の土木工事調査に来ていた県職員の海野彰、建設会社社員の池宮誠人と柿沼大樹の五人だった。
彼ら五人は、召喚されたときに持っていた道具はおろか、衣服や眼鏡すら身に着けず、生まれたままの姿で五人まとまって、ベイグル王宮の召喚の間の魔法陣の上に現れた。
「なんだ、この者たちは? 黒龍を召喚せよと命じたはずだが?」
厳粛な部屋の中央の高い段の上に置かれた豪華な椅子に腰かけた、体つきの良い傲慢そうな細目の男が腹に響くような低い声で聞く。
召喚の間にいた者たちは、出てきた彼らを見て絶句するもの、頭を抱えるもの、打ちひしがれるもの、卒倒するものまでいて、誰も彼の疑問に答えるものはいなかった。
召喚された彼らに至っては、何が起こってどこに来たのかもわからず、大勢の人間の前で周りの言葉もわからずに隠す物もないまましゃがみ込むしかなかった。
「ええい、見苦しい。この汚らわしき者たちを下げよ」
傲慢そうな男に命じられ、衛兵らしき男たちに引っ立てられて裕介達は召喚の間を後にした。
裕介達召喚者にとっては、一方的な拉致である。何の選択も与えられないまま、一方的に拉致され汚物扱いをされ、兵士に槍を突き付けられて裸のまま地下牢に入れられた。
昨日まで学校に行って友人達とバカ話をしていた高校生が、休日出勤に文句を言いながら家族に「行ってくる」と出かけた会社員や公務員が突然ベイグルというこの異世界の戦闘国家に拉致され汚物扱いで牢屋に入れられたのだ。いっそのこと、何かの事故であっけなく死んだほうが幸せだったかも知れない。