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妃殿下と黒き獣②

 まずは、空腹だろうリシャールのために新たに軽食を用意することにした。


 ダニエル曰く、「獣の姿になっているときの殿下は、食の好みも動物に近くなる」そうだ。かといって生肉を食べると人の姿に戻ったときに腹を壊すらしく、しっかり火を通した肉を準備させる。


 濡れたタオルでリシャールの体を拭いているといい匂いが漂ってきて、クレアが皿に載った肉を持ってきてくれた。


「はい、殿下。どうぞ召し上がれ」


 軽く塩を掛けただけで素材の味そのまま生かした肉を、ミニテーブルに置いた。

 大人しくお座りして待っていたリシャールは、複雑そうな目で肉の載った皿を見ている。一口で食べられるように切ってはいるのだが、人間のように両手でカトラリーを持って食事をできないのが嫌なのかもしれない。


(私がいない方がいいのかもしれないけれど、記録をするようにと言われているし……)


 うーん、としばし考えた後、思いついたサラはクレアにフォークを持ってきてもらい、大きい肉の塊にぶすっと突き刺してリシャールの口元に持っていった。


「殿下、あーんしてください」


 ……普段も、嫌いなものを食べようとしないリシャールのために、サラがこうして料理を彼の口元まで運んで食べさせている。

 ここまでされるとリシャールも駄々をこねられなくなるそうで、嫌そうな顔をしつつも食べてくれる。だから獣の姿になっても同じように、食べてくれるはずだ。


 リシャールは最初、怪訝そうな目で肉とサラを見ていた。だがしばらくすると諦めたようで、大きな口をかぱっと開けてサラが差し出した肉にかぶりつく。


 そのとき、口内にびっしりと生えた獣の牙を見て少し驚いてしまうが、両手の間に顔を突っ込んで慎ましく咀嚼するリシャールを見ていると、ふわっとした温かい気持ちになった。


「よく食べられましたね。いい子です、殿下」


 大げさなほど褒めて硬質な背中の毛を撫でると、リシャールはグルグルと低く唸ったが、まんざらでもなさそうにサラの手の平に甘えている。


 普段、年上のリシャールの方がサラを「いい子」と褒めてくるのだが、今は立場が逆である。普段の彼なら嫌がるだろうが、リシャールも今は獣の姿だからサラの気遣いに甘えてくれているのかもしれない。


 その後も、リシャールはサラの「あーん」で全ての肉を平らげた。ぺろりと大きな舌で口の周りを舐める仕草は猫そっくりで、腹も満たされたからかその場に伏せて目を閉じた。


「眠くなりましたか? ちょっと待ってくださいね……」


 クレアに食器を預け、サラは立ち上がってベランダに向かった。


 今日はいい天気で、ほのかな風が頬を擽る。

 ベランダの床は、既に使用人たちがきれいに磨いてくれていた。そこにふかふかの毛布を敷き、室内に戻る。


「殿下、こちらにどうぞ。お疲れでしょうし、お昼寝をしましょう」


 サラが呼びかけると、それまではぺたんと伏せられていたリシャールの耳がピンと立った。そしてけだるそうに巨躯を起こしたリシャールはのそのそと歩み寄ってきて、ベランダに敷かれた毛布を見るとクン、と小さく鳴いた。


「ええ、ここで寝ましょう。私もお側に付いていますからね」


 リシャールの言葉の意味は分からないがひとまずそう言うと、彼は緑の目を丸くしてサラを見上げてきた。多分、「側にいるのか?」と聞いているのだろう。


 サラが先んじて毛布に腰を下ろすと、少し躊躇った後リシャールも上がってきた。

 彼はしばらくの間、毛布を前足で踏んでみたり、体を丸めたり伸ばしたりして居心地を確認していたようだ。だが迷った末、彼はサラの膝にぽんっと前足を載せると、クンクン、と甘えるように鳴いた。


(……えーっと。これはもしかして?)


「殿下、膝に乗りたいのですか?」


 さすがにそれは膝の骨が折れるかもしれない。それ以前に、膝からはみ出してしまうだろう。

 そう思いつつ聞いたら、リシャールはじとっとサラを見た後、前足を折って座るとサラの膝に頭を載せてきた。


 ……そういえば、猫などはあごの下に枕を置いて寝ることが多いそうだ。

 リシャールの見た目は犬属に近い猫属だが、こういう細かな仕草は猫に近いようである。


 頭だけでもそれなりに重量があるが、これくらいならなんとかなりそうだ。

 サラがリシャールの頭を撫でると、彼はへたっと耳を折り、すりすりと膝に頬ずりしてきた。


 ……こんなことを思っている場合ではないと、分かっている。だが。


(か、可愛い……!)


 普段のリシャールに聞かれたらものすごく嫌そうな顔をされるだろうが、実際、サラの膝枕でうとうとするリシャールは文句なしに可愛い。その辺の犬や猫よりよっぽど大きかろうと強かろうと、仕草が可愛ければ関係ない。


 夜の間は盗賊と戦い、腹も膨れたリシャールは睡魔には抗えなかったようで、サラが見つめている間にすうっと眠ってしまった。風を受けて耳が時折ぴくぴく動くだけで、少し揺すったくらいでは起きる気配がない。


「……リシャール様」


 小声で呼ぶと、リシャールはぴくっと一瞬だけ身じろぎしたものの、長い尻尾をくるんと丸めただけで目覚める気配はない。


「……いつも、お疲れ様。お心が落ち着いたら……元の姿に戻ってくださいね」


 それまでの短い間なら、サラもこうして彼の毛並みに触れ、その温もりを享受することくらい許されるだろう。

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