ある侍従の話
本編終了後、ある人が語り手。
あ、どうもこんにちは。僕、ダニエルと申します。
といってもこのフェリエでダニエルという名前の男なんて腐るほどいるでしょうから、もう少し自己紹介しますと、現在フェリエ城の離宮で王兄殿下専属侍従の役目を賜っております。
ああ、はい、そうです。噂の引きこもり殿下です。いえいえ、否定しませんよ。
でもですね、うちの殿下はただの引きこもりじゃなくて、普通にいい人なんですよ、いや本当に。
せっかくですから、僕のことやうちの殿下についてお話しさせてください。まあまあ、そう言わずに。
僕が城仕えを始めたのは、十二歳になった年の秋でした。
僕はわりと裕福な商家出身で、城下町の初等学校ではかなりいい成績を修めていました。だからか、同級生のほとんどが近くの上級学校に進学したり実家を手伝ったりする中、僕は推薦を受けて見習侍従として登城できることになったのです。
それって僕たちからしたら、すごい昇格なんですよ!
フェリエは、隣国サレイユほど身分の縛りが厳しくないです。優秀な者だったら平民でも登用されて、官吏になることだってできるでしょう?
僕の場合、両親から授かった学はもちろん、「近くにあるものを移動させる」という異能も評価の対象になり、貴人の世話をする侍従にぴったりなんじゃないかって言われたんです。
家督は兄が継ぐことになっていたし、家族も皆大賛成でした。そういうことで僕は生まれて初めて城に上がり――間もなく、離宮に転勤となりました。
えーっとですね……あなたもご存じだとは思いますが、今は離宮勤めの希望者が殺到している状況でしょう? でも当時は僕たちにとって、離宮仕えはハズレ扱いでした。
離宮にいるのは、変わり者の王兄殿下のみ。使用人に暴力を振るったり理不尽な命令を下したりは絶対になさらないけれど、とにかく会話が弾まない、空気が重い、仮面が不気味だ、ってことで不人気の部署でした。
いや、なんだかんだ言って当時の僕も、うわーって思いましたよ。僕と同期で就職した見習侍従は他にもたくさんいるのに、僕一人が選ばれたんですから。採用担当者を恨みましたねぇ。
そんでもって噂の殿下のもとにご挨拶に伺ったんですが――僕が自己紹介したら、殿下、なんておっしゃったと思います?
『は、初めまして。本日より離宮勤めになりました、見習侍従のダニエルと申します!』
『……そうか』
以上、終わり。
例の真っ白の仮面をつけているし、不機嫌そうな声だし、あ、僕長く続かないや、って思いました。
その日は自室に戻ったら真っ先に、辞職願いを書いたくらいでしたからね。
……え? それなのにどうして、侍従をやっていけたのかって?
うーん、僕自身も驚きなんですが……多分当時の僕、ちょーっとヤケになってたんですよね。
王兄殿下は変わり者だけど、彼の方から使用人を解雇させたりはしない。
そういう噂は聞いていたんで、どうせ近いうちに僕も辞めるんだから、思いっきり絡んじゃえばいいかな、って思ったんです。いやー、当時の僕は若かったですね!
殿下には鬱陶しがられたけれどせっせとお茶を汲んで、返事はないけれどひたすら喋って、迷惑そうにされつつ書類仕事を手伝っていたら……あ、この人結構いい方かも、って思えてきたんです。
愛想がないのは、お辛い幼少期を送られたから。
言葉少ななのは、僕とどのように接すればいいか分からなかったから。
仮面を被るのは――皆に忌み嫌われる異能を持っているから。
ある日、偶然目にしてしまったんですよね。殿下が黒い獣になる場面。
他の使用人たちが慌てて殿下を抑え込もうとする中、当時の僕、言っちゃったんです。
『えっ、殿下ですか!? うわぁ、格好いい!』
ほんと、今考えればよくそのときに首をかっ切られなかったな、って感じですよね。
僕の反応は殿下にとっても意外だったようで、するすると人の姿に戻った殿下はむっつり黙ってらっしゃいました。
それからも僕はのらりくらりと毎日を過ごしていたら、殿下直々に専属侍従の役目を打診されたのです。
ええ、もちろん断りませんでした!
だって殿下はちょーっと暗くて、ちょーっと気難しくて、ちょーっと厄介な異能を持ってますけど、普通にいい人ですし、僕たち使用人のことも気遣ってくれる優しい人なんです。
当時まだ幼かったエドゥアール殿下の面倒も見てらっしゃいましたし、まだ王妃だった太后様からの手紙をじっと読んでいる姿とか、窓の外を切なそうに見つめる横顔とか、そういうのを見ていたら断れるはずがないでしょう!
僕は殿下のことは普通に好きでしたけど、殿下はいつも空虚な目をされていました。
ああ、この人はきっと、自分の未来を描けていないんだな、希望がないんだな、と思いつつ、どうすれば殿下に希望を抱かせられるのかは分からない――そんな自分が腹立たしいと思うこともありました。
でもですね、そこにやってきたのがサラ様ですよ。そうそう、あの王兄妃殿下です。
当時はサレイユの策略によってエルミーヌ王女として嫁がれたのですが……サラ様がいらっしゃってから、殿下は変わりましたよ。
サラ様は、異能のことも詳しくご存じではないし、もちろん殿下の能力がフェリエでは忌避されるものであるとも知らなかった。
だからこそサラ様は、僕たちでは越えられなかった壁を乗り越え――むしろぶっ壊し、殿下のお心に触れてくださったのです。
もちろん、お二人の心が繋がるまでかなりの紆余曲折がありました。でも殿下はすっかりサラ様に執着していましたし、サラ様ほど上手に殿下を手懐けられる人はいませんものね。
現在殿下はサラ様と一緒に幸せに暮らしてらっしゃいますが……仮面をつけることなくサラ様と語らう殿下のお姿を拝見していると――ああ、侍従になってよかったなぁ、って思えます。本当に。
いつかお二人の間にお子様が生まれたら、このダニエル、真っ先に世話係に名乗り上げますとも! 多分同僚のクレアも同様に名乗り上げると思いますが、負けませんよ。
……ふー、こんなに話したのも久しぶりです。
お聞きくださり、ありがとうございました。ま、うちの殿下について知っていただけるのは僕も嬉しいことなんですよね。
……あ、そろそろ戻らないと。殿下とサラ様が本城に行くので、そのお供を命じられているのですよ。
いえいえ、これも僕の仕事ですから!
あ、もしもっと殿下について聞きたければ、いつでも僕を呼んでくださいね。機密でないなら、いくらでもお話ししますよ。
なんといっても僕は、リシャール王兄殿下の一番の侍従ですからね!