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忘れえぬ夢②

 シートを敷き、弁当の箱を並べた頃には子どもたちの遊びも一段落付いたようで、皆戻ってきた。


「ただいま、父上」

「あっ、だめよ、にいさま。ここでコンコンってやって、ただいまーってするの!」

「うふふ、アンジーはおままごとも好きよね」


 アンジェルに言われたからか、妹思いのフェリクスは「わかった」と一歩退いた。そしてシートの手前でドアをノックする仕草をして「ただいま、父上」と言い直して、靴を脱いだ。

 リシャールは、心の中でフェリクスに百点満点をあげた。


 続いてアンジェル、リディも「帰宅」し、最後には中身がいっぱいになった花かごを持ったサラも帰ってくる。

 アンジェルに「かあさまも、ただいまなの!」と言われたのでサラも「ただ今戻りました」とはにかんだように言ったので、自分の家族は皆百点満点を取る優秀な人材ばかりだと、リシャールはしみじみ思った。


 サラ含む四人は使用人が差し出した濡れタオルで手を拭き、早速弁当の蓋を開いた。この弁当は、今朝リシャールたちがサレイユ王族と歓談している間に使用人たちが作ってくれたものだ。


 メニューには子どもたちも非常にこだわり、中でもアンジェルが「このとおりにして!」と絵本のページを開いて見せたものだから、皆はお嬢様の願いを叶えようと一生懸命工夫してくれた。


 外で食べるので、手で摘めるものが多い。チキンには骨の部分に紙が巻かれており、「とうさま」「かあさま」と五人それぞれの名前が書かれている。もちろんこれも、アンジェルの注文である。


 他にも肉と野菜を小さめのパンに挟んだもの、ぽろぽろに炒った鶏肉入りのオムレツ、櫛形に切ったマルロや瑞々しいルーンの実などが見た目もきれいに詰められていた。

 串に食材を刺しているシュリシュという料理には、子どもたちがそれぞれ好きな具材が刺さっており、どれが誰用なのか一目で分かるようになっている。


「おいしー!」

「ほら、アンジー。口に付いているわよ」

「お父様、おいしいですか?」

「ああ、おいしいよ。……フェリクス、カップが空になっている。注ごうか?」

「いただきます。……あ、父上の分は、僕が注ぎますね」


 使用人の手は借りず、家族五人で弁当を摘み、茶を飲む。

 たわいもない話をして、草原の風景を眺めるこの時間はとても穏やかで、リシャールは息子が注いでくれた茶を飲み、目を細めた。


 ――十年前。

 それはつい最近のようで、遥か昔のことのようにも思える。


 あのときはろくでもない王に支配されていたサレイユは今、新国王の下で緩やかな発展を遂げており、こうして隣国の元王族一家が遊びに来ても全く問題ないくらいまで、国交も回復した。


 きっとこの世界は、時が経つにつれてもっともっと変わっていくだろう。


 そしてその「変化」がよいものであり、国民や子どもたちが長く幸福に暮らせる世を作るのが己の役目なのだろうと、リシャールは一人思うのだった。














 弁当を食べた後はまた遊んだのだが、今度はリシャールも参加した。

 サラとリディが見守る中、三人で追いかけっこをし、花の冠を編む。五人で作った冠は、器用なフェリクスが作ったものが一番見栄えがよく、ややがさつなアンジェルが作ったものは途中でばらけてしまったが、それもいい思い出になった。


 そうして遊ぶと、子どもたちは眠くなってしまったようだ。特に一番活動量が多くて幼いアンジェルは片づけをしているときからうとうとしていて、では帰ろうとなったときには既に、サラの膝を枕にしてすやすや眠っていた。


「……寝てしまったか」

「どうしましょうか、旦那様」

「……悪いが皆は、荷物だけ持ってくれるか。アンジェルは、俺が背負って帰る」


 気を遣ってくれた使用人たちに荷物を預けて礼を言い、リシャールはサラの手を借りてアンジェルを背負った。

 リシャールはあまり頑強な体をしているわけではないが、これまでも何度も子どもたちを背負っているので、やり方は分かっている。すっかり寝入ったアンジェルの体はふにゃふにゃしているが、足を抱えて少し前傾姿勢になるとうまく背負うことができた。


 サラは花かごを持ち、「僕はまだ大丈夫です」ときりっとして言うフェリクスにはリディの手を握ってもらうよう頼んだ。リディもお姉さんぶりたいからか頑張って起きているので、今日の宿に戻ったらすぐに寝かせてやろうと思う。


「……夕焼けか」


 いつの間にか太陽は草原の彼方に見える山脈の向こうに沈もうとしていたようで、長さと形の違う四つの影が草原に映っていた。


 草原で何かを見つけたらしく、フェリクスとリディがそちらの方に逸れていった。ちゃんと後を使用人が追っていったのを確認したリシャールは、ふと隣を見――サラがハンカチを目元に当てていることに気付き、ぎょっとしてしまう。


「サ、サラ! どうしたんだ!?」

「……いえ、大丈夫です。あ、あの、本当に大丈夫ですので、アンジーを落とさないでくださいね!」

「わ、分かっている。……だが、今泣いていなかったか?」


 娘を背負い直しつつリシャールが問うと、サラはしばし黙った。


 いつもは、沈黙の多いリシャールに対してサラが根気強く言葉を待ってくれる。だから今回はリシャールの方がサラの様子を見ていたら、しばらくして彼女はハンカチを胸元に下ろし、口を開いた。


「……まだ、言っていなかったですね。どうして、この草原に行きたかったのか」

「……十年前のことは関係ないのか?」

「ちょっと違います。ここは、もっと昔……私の両親が生きていた頃の、思い出の場所なのです」











 そうして、サラはぽつぽつと語った。

 今から二十年近く前……サラの両親であるアトリー男爵夫妻が存命の頃、親子三人でこの草原に遊びに来たことがあると。

 弁当を持っていって三人で食べ、日が沈むまで遊んだと。

 帰るときには幼いサラは寝てしまい、父親に背負ってもらったと。


 サラの口から語られるリシャールの知らないサラの姿に、リシャールは目を丸くした。


「……それって」

「はい。……偶然って、おもしろいですね。蝶を追いかけたり、母親と一緒に花を摘んだり、父親に背負ってもらったり……昔の私がしたのと同じことを、この子たちがするんですもの」


 サラは、はにかんだ。

 その笑みを見て、リシャールは気づいた。


 弁当を食べる前、サラは少し悲しそうに笑っていた。

 あれはきっと――一緒に花を摘もうとリディに誘われたときに、娘の姿が過去の自分と重なって見えたからだろう。


 何も知らず、数年後にどうなるかも分からず、幸せの中生きていたサラ。

 彼女がずっと胸に抱いていた優しい過去、忘れられない夢が、こうして子どもたちの手によって再現されたのだ。


 ハンカチをぎゅっと握りしめたサラは、「すごく、嬉しかったんです」と震える声で言った。


「リシャール様も皆も、私の我が儘を聞いてくれて……子どもたちは、私が抱いていた儚い過去を肯定してくれたようで。子どもの頃、両親が作ってくれた優しい思い出は、まだちゃんと私の中に生きていて、それをリシャール様や子どもたちにも伝えられたんだ、って……」

「サラ……」

「……あ、はは。すみません、何を言っているのか、自分でもよく分からなくなっちゃいました」


 そう言って笑うサラは儚くて、それ以上に愛おしくて、今すぐ抱きしめたい衝動に駆られた。

 だがリシャールの背中にはそのサラが腹を痛めて生んでくれた愛娘がいるのでぐっと堪え、「サラ」と呼びかける。


「俺は……君のご両親が君を愛したという証しを、これからも繋いでいきたい」

「リシャール様……」

「今日の思い出はきっと、フェリクスたちの胸に残った。あの子たちは、君の忘れられない夢を受け継いでくれるだろう」


 もしかすると、フェリクスたちは自分が親になったとき、同じように子どもたちを草原に連れて行くかもしれない。

 それが代々続けば――アトリー男爵夫妻が始めてくれた夢が、どこまでも続いていく。

 少々形が変わり、由来は忘れられたとしても、ずっと誰かの胸に残り、その心を温かく豊かにしてくれるはずだ。


 サラは、目を丸くした。そして彼女は微笑むとハンカチを花かごに入れ、空いた手でちょんっとリシャールの腕に触れてきた。


「リシャール様」

「……」

「愛しています。あなたと一緒になれて……私は本当に幸せ者です」


 リシャールは、サラを見た。

 そして微笑み、「俺も」と応える。


「君と結婚できて、よかった。フェリクスが、リディが、アンジェルが生まれて……よかった」


 そのとき、少し離れた場所でフェリクスとリディが呼ぶ声が聞こえた。

 どうやらいいものを拾ったようで、先ほどまでの眠そうな様子はどこへやら、目を輝かせて駆け戻ってくるのを、リシャールは目を細めて見つめていた。












 これからも、この先も、リシャールは生きていく。

 愛する人たちと一緒に、誰かの大切な記憶を受け継いでいく。

忘れえぬ夢

おしまい。


次の登場人物一覧で、番外編も終わらせていただきます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 番外編も終了ですかー。 寂しくなりますね… また最初から読もうかなぁ。
[良い点] 受け継がれていく思い出、いいよね… 語彙力の敗北! [気になる点] まだまだ読み続けていたいけど、何事にも終わりはあるからね 次回作も楽しみにしてます!(気が早い
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