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忘れえぬ夢①

リクエストと感想コメントより、本編終了後の家族の話。

 お弁当を持って、ピクニックに行きたい。

 そう言いだしたのは、おてんばで好奇心旺盛なアンジェルだった。


 どうやらアンジェルは絵本で、家族が草原にピクニックに行っている挿絵を見て、いたく興味を惹かれたようだ。

 そんなアンジェルが絵本の該当するページを開き、きらきら輝く目でリシャールにねだってきたのだ。


 リシャールは、返答に困ってしまった。

 どうやらアンジェルの言うピクニックとは、護衛をたくさん引き連れて外食することではなく、家族だけで出かけ、草原にシートを敷き、そこに座って弁当を食べるものらしいのだ。


 リシャールとて、愛娘のお願いを聞きたい気持ちもあった。しかも、その話を聞いていたフェリクスやリディまでその気になってしまったらしく、リシャールは三人の天使に詰め寄られることになった。


「おねがい、とうさま」

「僕もピクニックしたいです」

「きれいなお花を見ながらのごはん、おいしそうです」


 緑が二対、茶色が一対の三人の目が、じいっとリシャールを見る。

 アンジェル一人でもリシャールは参ってしまうのに、あまり物欲がないフェリクスや大人しいリディにまで加勢されると、「だめだ」とは言えなくなる。


「も、もちろん父様も、君たちの願いを叶えてやりたい。だが……だからといって護衛なしというわけにはいかないし、そもそもフェリエにそんな場所はないし……」

「とうさまぁ~……」

「あら……どうしたの。みんなで寄ってたかって」


 可愛らしい騒ぎを聞きつけたらしいサラがリビングに顔を覗かせたので、リシャールは本気で妻が聖女に見えた。


「サラ、いいところに! 実は、フェリクスたちがピクニックに行きたいと言い出して……」

「ピクニック?」

「これ、こんなかんじにしたいの!」


 アンジェルが絵本を見せると、サラは「ああ」と声を上げる。


「それ、クレアが買ってきてくれた絵本ね。……そうね、家族でピクニック……」

「……どう思う?」

「……私は、いいと思います。多少なりと護衛は付けることになるでしょうが、皆の予定を合わせればなんとかなるでしょう」


 どうやら母が味方に付いてくれたらしいと察し、子どもたちはぱあっと笑顔になる。

 それだけでリシャールの胸は幸福感でいっぱいになるが、いや待てよ、と首を横に振る。


「……それはそうだが、フェリエにはこういう場所はないぞ。草原はあっても急斜面ばかりだし、そもそもこんなだだっ広い場所を探す方が難しい。あったとしても、警備上不安があるだろうし……」

「そのことなのですが」


 気が付けば、ドアの前にいたはずのサラがリシャールの目の前まで迫ってきていた。

 少し腰を折り、ソファに座るリシャールと視線を合わせるように屈んだサラ。結い上げた髪から零れた金色の房がさらりと流れ、そのえも言えぬ色香に思わずリシャールの喉が鳴る。


「ピクニックをするのであれば、私の方からもお願いがございまして……いいですか?」


 小首を傾げ、少し困ったように微笑む妻に言われたものだから。

 公爵は、あっけなく陥落したのであった。













 草の瑞々しい香りが、鼻孔を擽る。

 草原を吹き渡る風は優しく、女性陣のスカートをそっとはためかせ、男性陣の帽子の飾りを擽っていく。


「……まさか、こんな形でここを再び訪れることになるとは」


 広々とした草原に大興奮の子どもたちが駆け回り、慌てて護衛たちが追いかける中、人数分の弁当の入った荷袋を背負ったリシャールは、目を細めて辺りを見回した。


 ここは、サレイユ王国の王都近郊。なだらかな丘の向こうには、先ほど出発したサレイユ王都の町並み、そしてサレイユ王城の影がはっきり見えた。


 リシャールたちは今回、サレイユへの外交を兼ねて海を渡り、サラの生まれ故郷にやってきたのだった。

 事情を聞いたフェリエ王エドゥアールは、「それはちょうどいい」ということで、サレイユ王アルフォンスへの親書を預けてきた。


 そういうことでリシャールたちは海を渡ってまず、サレイユ王族への挨拶や書類の受け渡しなどの公務を行い、その後「公務後の息抜き」という名目で晴れて、王都近辺でのピクニックをすることができたのだった。


 あの日、サラは「サレイユ王都近郊に行きたいです」とお願いしてきた。

 リシャールにとっては十年近く前に進軍した場所なのであまりいい思い出はないのだが、サラがどうしてもと食い下がったのだ。


 フェリエにはこういう場所がないこともあり、子どもたちは三者三様で遊び始めている。フェリクスは蝶々を捕まえてじっくり観察しているし、リディはきれいな花を摘んでいる。アンジェルは使用人たちと追いかけっこをしており、早くも皆を疲労させていた。


「……十年、か」


 草原を見回したリシャールが呟くと、目を細めて子どもたちを見守っていたサラも「ええ」と考え深げに応える。


「あっという間ですね。ここに、こうして……殿下と一緒に門を見ていたのでしたっけ」

「そうそう、ぼろかったから異能で壊して……ああ、門もちゃんと造り直したのだったか」

「そのようですね」

「……お母様!」


 呼ばれてそちらを見ると、摘んだ花を手にこちらにやって来るリディが。

 ふわふわした金髪が風を浴び、柔らかそうに流れている。


「お母様も、お花をつみましょう。あっちに、とてもきれいなお花があったのです」

「……」

「……サラ?」


 リシャールは、黙ってしまったサラを見る。


 サラは、目を丸くしていた。今の娘の発言に特段、驚くべき台詞はなかったはずなのに、サラは信じられないものを見る目でリディを見――やがて、少しだけ悲しそうに微笑んだ。


「ええ、そうね。どこにあったの? 教えてくれる?」

「はい!」

「ではリシャール様、ちょっと見てきますね」

「ああ。俺はこっちで弁当の準備をしているから、ゆっくりしてきてくれ」


 リディに手を引かれ、花かごを手にしたサラが駆けていった。未だに引きこもりがちなリシャールと違ってサラは活動的なので、スカートの裾を靡かせて走る姿は非常に瑞々しく、足取りも軽いようだ。


 そんな妻子の様子を見守っていたリシャールは使用人の手を借りてシートを広げつつ、ふと思った。


 なぜ先ほど、サラは少しだけ寂しそうに笑っていたのだろうか、と。

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― 新着の感想 ―
[一言] もう10年ですか… サラはお母さんでも思い出してるのかなー。
[気になる点] 今回のお話はリシャールが公爵になる前なのか、なった後なのか……。 気になります。
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