次期王妃の謎③
翌日から、サラはなにかとマルジョリーの姿を意識するようになった。
……それも、あまり嬉しくない形で。
たとえば、リシャールと二人で庭園の散歩をした後。
小道でばったり出くわしたマルジョリーは満面の笑みで、コソコソと去っていった。
たとえば、異能法律に関する用事で本城に出向くリシャールに同行したとき。
数日掛けてダニエルと一緒に作った資料を読み上げるリシャールの横顔を、なぜか会議室の隅っこにいたマルジョリーがきらきら輝く目で見ていた。
たとえば、リシャールが「夜の仕事」から戻ってきたとき。
その日サラは夜更かしをして夫の帰りを待っていたのだが、いつもなら手ぶらの彼はなぜか、小さな包みを持っていた。
どうやらマルジョリーの使用人に出迎えられたらしく、「ご夫婦で召し上がってください、と言われた」という。中身はおいしそうな菓子の詰め合わせだった。
(……な、なんだろう。マルジョリー様、殿下の近くにいることが多い……?)
今も、離宮に遊びに来たマルジョリーが「殿下とお話がしたくて」ということで、リシャールと一緒に何か話し込んでいた。
基本的に人嫌いのリシャールだが、さすがに未来の王妃、未来の義妹のおねだりを突っぱねることはできないようで、しぶしぶ相手をしている。
――連れだってリビングに行く二人を見るサラの胸は、きりきりと痛んでいた。
これは、嫉妬の痛みなのだとすぐに分かる。
溜息が漏れそうなほど美しいマルジョリーと、妻の贔屓目なしでも美男子と言えるリシャール。
二人が並ぶ姿は絵になっていて、羨ましくて――でもこんな醜い感情を抱いていると思われたくなくて、良妻の仮面を被ってリシャールを送り出した。
真面目なリシャールが、まだ幼い公爵令嬢に懸想するとは思えない。……だが、「王兄殿下と未来の王妃陛下は仲がいい」なんてことを言われれば、嫉妬と劣等感と敗北感でサラの心はしくしく痛むだろう。
――そんなことを考えている間に、サラが待機していた部屋のドアが開く。
そこに立っていたのはリシャールで、もうマルジョリーは帰ったのかと思ったが、そうではなさそうだ。
「サラ、少しいいか」
「……マルジョリー様がお待ちではないのですか」
「そのマルジョリー嬢についてだ。今、彼女を隣で待たせているが……」
いけないと思いつつもつんとして返事をしてしまったが、リシャールはそれに気を悪くした様子はない。
部屋に入ったときのリシャールはどことなく不機嫌そうだったが、サラを見ると一気に態度を緩め、気遣うように眦を垂れたのが分かり――そんな彼の仕草で嫉妬の炎が消えた自分は、本当に情けないと思う。
リシャールはソファに座っていたサラの隣に腰を下ろすと、大きな溜息を吐き出した。
「……マルジョリー嬢のことだが」
「……はい」
「最近、ずっと気になっていたんだ」
――隣に座ったリシャールの匂いに安心していたサラは、地の底に落とされたかと思った。
だが俯いているためにサラの表情に気づかなかったらしいリシャールは、そのまま言葉を続ける。
「彼女は君のことを慕っているし、これから王妃になる彼女が君と懇意にするというのは両者にとっても益のあることだから、俺も推奨しているつもりだ。だが……近頃の彼女は、あまりにも君との距離が近い。女同士なのだから俺がとやかく言う必要もないのかもしれないが、さすがに物申そうと思っている」
「……」
「彼女には兄弟しかいないし、母君は病弱であまり構ってもらえなかったという経緯も分かる。だが君は俺の妃であり、マルジョリー嬢の姉でも母でもない。だから最低限の線引きはし、良好な距離というものを教えるべきなのではないかと――サラ、聞いているのか?」
「えっ」
申し訳ないが、半分以上聞いていなかった。
サラはぱちくりまばたきすると、リシャールの服の袖をくいくいと引っ張った。
「あの……殿下。確認してもいいですか」
「ああ、もちろん。何が心配だ? 分からないこととかがあるのか? どこからよく分からなかったんだ?」
「その、最初からよく分からなくて……マルジョリー様と私の距離が近いって、どういうことですか?」
「えっ」
「えっ」
今度はリシャールがぽかんとする番だったようだ。
彼は顔を上げてサラを見、眉間に薄い皺を刻む。
「どういう、って……見ての通りだ。彼女はいつも君のいる方を見ているし、君に会いに離宮に来る。菓子や花や小物だって贈ってくるし、俺との会話内容もほとんど、君に関することばかりだ」
「……えっ、マルジョリー様は私じゃなくて、殿下にお会いしたいのではないのですか?」
「俺?」
ここ数日胸の中でくすぶっていたものの片鱗を思いきって吐き出すが、リシャールはますます怪訝そうな顔をするばかりだ。
「そんなわけないだろう」
「で、でも! 私だって、マルジョリー様が殿下のあとをつけているのを見たことがありますし、視線で追ったり、贈り物をしたりしてるから……」
「マルジョリー様は、殿下のことが好きなのではないかと思って」と続けようとしたが、やめた。
自分の素直な気持ちではあるが、下手するとこの発言はマルジョリーやエドゥアールへの侮辱になりかねないと思ったからだ。
だが、リシャールは大体のことを察してくれたようだ。
彼は頷くと、サラの手を取って一緒に立ち上がった。
「……この後、マルジョリー嬢に物申そうと思ったのだが……計画変更だ。よかったら、君も同席してくれ。彼女の思わく、気になるのではないか?」
「ええ、もちろんです」
サラも頷き、リシャールの目をしっかり見つめた。
嫉妬と劣等感でウジウジしていた自分は、もうおしまい。
きちんとマルジョリーに事の次第を尋ねなければならない。