08 馬車での話
12歳になると学校へ通う。
一般人でも通える学校は各地に存在しているが、王都ではもっぱら貴族と平民で別れている。
各地の学校で良い成績を納めた者が、15歳から通えるクリスベル学園へ入学できるわけだ。
ちなみにヒロインのクラリス様は女学院に通っている。
15歳からもずっとその女学院なのだが、第二王子が一か月も経たないうちに引きこもりになってクラリスが転校してくるのである。
私も女学院へ通う予定だったらしいが、父親がお前は戦闘も習ってるからな……、とトラヴィスセントラル学校になった。
基本、バリバリ働きたい女性はセントラル学校らしい。
ゲームの攻略対象である王子2人とフランシス、そしてまだ紹介してない平民の子もこのセントラル学校だ。
ハルトが入学しないか調べたついでに知った事だ。
王都にある学校は全部調べたが、ハルトの情報は出てこなかった。
かつてのお屋敷も、取り壊しになっていた。
推し……今やどこに……。
健やかでありますように……。
ああ、あのミルクティー色の、まんまるの頭が恋しい……立ち絵で一房だけくるんとしている髪があるの愛しいんだよな。
本当は癖毛なのか? 毎日直してるのか?
好きな食べ物が目玉焼きなのも可愛い。
コメントが「ハンバーグに乗ってるとテンションあがりません?」はい可愛い。
……いやいや、ゲームの彼と今を生きる彼を同一視し過ぎない方がいいのは分かってるんだけれども。
通学路をとぼとぼ歩く。
よほどの距離がない限りは徒歩だ。
馬車を使う生徒もいるが、基本下級生だ。
上級生になるとほうきの方が早いのでほうき登校になるのだ。
最近流行中のボード(浮いてるキックボードやサーフィンの板みたいなの)の生徒もちらほらいる。
あれから、ハルトの情報ははいってきていない。
学業の片手間であれこれ調べているが、出てこない。
……ちょっと危険だけど王様の周囲探れないかな。
もし今も生きてて仕事しているならユリウス王とは関わっているはずだし。
「ブランカ=メークイン。」
振り返るとあらまぁ、王子の馬車だ。
豪華なのですぐ分かる。
王子達は護衛があるので馬車で登校しないといけないのだ。
というかなんで馬車なんだろうね?
浮く板あるんだから浮く車みたいな、魔導車あってもおかしくないのにね?
なんでも魔力に頼ってるとエネルギー不足になるのかな。
入口から王子が無言で手招きをしている。
乗れ、ということらしい。
……王子ならフランの情報も持っているんじゃない?
命令に逆らうわけにはいかないので、私は周囲に一目がないのを確認して乗り込んだ。
馬車はゆっくり動き出した。
それを確認したロミオ=トラヴィス王子は、カツカツと靴を二回ならした。
キン、と魔法が発動したのが分かった。
……ああ、これ音を遮断する魔法か!
この世界では、行動をトリガーに魔法を使用する事が出来る。
パソコンのキーボードのショートカットキーみたいなものだ。
そうすることで周囲に悟られる事なく魔法を使えるのだ。
ハルトのお父様は撫でる動作をする、だったけれども。
まぁメジャーな魔法ではないらしい。
王族や一部の家でひっそりと伝えられている技術らしく、私には使えない。
「まずは、これを。」
一枚のカードのようなものが渡される。
許可証、と書かれている。
なんの?
「それで王都内にある秘密通路や倉庫なんかには自由に出入り出来るし、ランク1までの禁止魔術の使用が許可される。」
「……?」
「まずはおめでとう、かな。君は晴れて機密情報部隊の一員だ。」
王子はにっこりと笑ってそう告げた。
な、なん、なんと?
「そのカードにサインしてくれ。当然だが、家族にも秘密にするようにね。」
王子が注意事項をつらつらと述べる。
ランク1の禁止魔術というのはさっきの無詠唱の魔法発動のことらしい。
詳しくは学校の禁止書庫に入って調べなさいとのこと。
ちょっと嬉しい。
「な、何故、……私に?」
心臓がばくばくとうるさい。
だって、私がイグナーツ家に弟子入りしていた話は、両親すら知らないのだ。
ただの文通相手だと思われている。
知っているのは……、
「ハルト=イグナーツの推薦だよ。充分な資質があると判断されて、王の承認を得た。」
お、推し……!
良かった、学校に通ってないけど仕事してるって事なんだね!?
「と言っても、君にはまだ特別な任務を与えるつもりはない。学校を中心に情報収集をして、俺が必要とした時に情報を提供してもらいたい。」
ぴり、と緊迫した空気が流れる。
12歳、王子はすでに暴風の魔女の存在を知っている。
クラリスや弟とも距離を置いている。
……この人の手下になって大丈夫なのだろうか、と少しの警戒の後、考え直した。
この場所なら、クラリスが王子狙いの時に情報が入りやすい。
ハルトの情報も僅かながら得られるだろう。
それに、 ランク1までの禁止魔術の使用が許可、と言う事は功績次第ではどんどんランクが上がるのだろう。
ゲームみたいで楽しくなってきた。
私はハルトのライバルらしい。
なら、もうすでに何歩も先へ行ってしまったハルトを追わなければならない。
答えはYES。
私がカードにサインをすると、契約が完了したようでパチンと音がして消え去った。
そこでまた、意識がぶつりと途切れた。
『ハルトより辛い境遇なんて沢山いるじゃん。それこそ王子の方が背負うものが大きいし、暴風の魔女の事もあるし。』
『設定の重さが良いんじゃないの、私は彼が…………、』
「ブランカ様?」
意識が浮上する。
御令嬢達が不思議そうに私を見ている。
「ごめんなさい、少しぼんやりしてしまったみたい。」
二回目だ、なにが起こったのかは分かる。
またスキップか。
じわじわとバックログを読むみたいに情報が染み込む。
私はクリスベル学園の一年生。
入学してから1月。
ハルトには、まだ会えていない。
そろそろ書いてある分に追い付きそうです。