03 ハッピーエンドとは
「は?」
思わず声に出た。
なんでだ。
どうしてそうなった。
あれか?
王子様に挨拶もしないでぶらぶらしていたからか?
「ふーん、面白い女じゃねーの。」ってなったの?
私の年の離れた兄・ノワールと共に第一王子・ロミオ=ラ=トラヴィスが寝室に入室する。
お見舞いの品です、とにこやかに微笑み、使用人がそれを受け取った。
お手本のように綺麗な花束(あいにく何の花かは判断できなかった)だ。
がしゃがしゃと護衛を連れて来ていた王子は一言二言、兄と言葉を交わし、退室を促している。
どうやら二人で話したいらしい。
兄は少し心配そうな顔をして、一度私に近寄って「無理はしないように」と言葉を残して部屋を出て行った。
いや、一対一にしないで欲しいんだが。
「やっと静かになった。」
まだ舌足らずな声で、王子はぼそりとこぼした。
ロミオ=ラ=トラヴィス。
トラヴィス王国の第一王子。
歴代の王族が継ぐ銀色の髪にサファイアのように美しい青の瞳。
何をやらせても優秀、どこから見ても美麗。
あらゆるものを神から授けられた至高の存在。
きっちり整えられた衣服からは彼の神経質な性格がうかがえ、
ツリ目勝ちの目が細められ口元に笑みが浮かべば女性たちは黄色い悲鳴をあげるだろう。
以上公式説明である。
「ごめんね、俺には護衛が多くて騒がしいだろう?」
王子が微笑んで、顔を覗き込む。
いや、YOUは何用でここにいらっしゃったのですかな。
「いいえ、次世代を担う王子ですもの。必要なことですわ。」
彼の護衛の多さは第一王子だから、と表向きにはなっている。
本当は魔女の呪いがあるからだ。
彼はまだそれを知らない。
「今日、この家を訪れたのは、表向きにはお見舞いだけれど……。」
そう前置きしてから、王子は少し照れくさそうに笑った。
「クラリスが心配してたから来てやっただけだ、勘違いするなモブ女。」
びっくりするほど表情と台詞が一致してない!!!!!!
いやブスとか言われないだけましか? ましなのか?
君はもっと遠回しにデストロイヤルに暴言ぶちかますキャラのはず……。
いや幼少期だからまだお言葉のチョイスがうまくないのか……そうか……。
「わきまえております。」
今日は寝ていなさいと言われてはいるが、正直一日眠ったので元気だ。
上半身だけでも起き上がり、微笑む。
「うん、わかればいいんだ。俺はクラリス以外はお断りだからね。」
あーなるほど。
確か幼馴染2人はお互いが初恋でしたね。
それが魔女の呪いの事を知り、距離を置くようになると。
しかし……どうするか。
王子の魔女の呪い……。
過ぎ去りし暴風の魔女の情報を出してしまうべきだろうか?
過ぎ去りし暴風の魔女、とは
かつて世界を荒らし、病や悲しみを振りまいた恐るべき魔女だ。
今はもう倒されているので「過ぎ去りし」がついている。
その魔女を倒したのが現王ユリウス=ラ=トラヴィス。
彼は末席であったが、その功績により王になったのである。
しかし魔女は最期に呪いを吐き出した。
「私はお前の跡継ぎを奪う」
そうして、魔女は消えた。
ここまでがゲーム冒頭の説明。
……その魔女は現在、ひっそりと生きている。
学園に飾られている絵の一枚に、ひっそりと。
彼女は嫉妬や妬み、負の感情を餌に成長する。
そして不安定な王子は魔女に身体を奪われてしまうのである。
ちなみにバッドエンドでない限りは王子は死なないので安心仕様である。
対処方法はシンプル。
心を強く持て、である。
それが出来たら苦労しないけれども。
王子の場合は自分は呪いがあるからクラリスとは居れないと勝手に1人になってしまった事が大きい。
呪いとか知らんけどクラリスと一緒の乗り越えてやるぜ!なメンタルだったら魔女なんてフルボッコなのである。
いやでもなぁ……。
第二王子ルートでは第二王子が呪われるし、ハルトルートをどうするかどうかも決まってないのに行動にうつすにはなぁ……。
ハルト……。
出来れば運命の人と結ばれて欲しいが私は運命ではない……。
推しに幸せになって欲しいだけなのに……。
神になってヒロイン操作したい。
私が幸せに出来るのならいくらでもハルトを選ぶのになぁ。
はっ、これが少女マンガで見かける『俺なら君を毎日笑顔に出来るよ』って言って振られる当て馬の気持ちか……!
私が当て馬になればハルトルート行くならいくらでも当て馬になりたいんだが!?
「君は何かに悩んでいるのかい?」
きょとりとした表情で王子が尋ねた。
エスパーか?
「もしかして、昨日倒れたのもそれかな。」
「……。」
誰かに相談したいという気持ちが天に届いたのだろうか。
第一王子は弟にこそ厳しいキャラだが、基本的に周囲からの信頼に厚い、頼れる人だ。
ちょっと遠回しに質問をすれば、良い助言を貰えるかもしれない。
地獄で仏と言うやつだな!
そう思った私は思い切って相談してみることにした。
藁にもすがる気持ちとはこのことかもしれない。
「幸せになって欲しい大切な人が叶う見込みのない恋をしようとしています。
止めなければずっとその人に心が囚われたままになってしまいます。
けれど、その恋こそが本人に成長を促します。」
王子だったらどうしますか?
こてり、と首を傾げて尋ねる。
恋をしなければ、ハルトの人生は穏やかかもしれない。
でも、好きな人に出会う体験は、何物にも代えられぬ価値があるだろう。
……邪魔をするのであれば、強引に婚約者の座に座り込むとかだろうか。
王子は少し考えた後、落ち着いた声で返事をした。
「その問の論点は、相手をいかにして幸せにするか、なのかな?」
「ええと、そうですね。」
「なら止める必要ないんじゃなかな。」
王子ははっきりと、落ち着いた態度で答えた。
「恋をして、好きな人と両想いになる。確かにそれは素敵な事だ。けれど、恋愛だけが人生の幸せでもない。
その人を一生忘れられなかったとしても、大切な友人や部下、家族がいれば、十分幸せと言える……、と俺は思うよ。」
なるほど、これが目から鱗の使い時ですか。
鱗ぽろぽろだよ。
そうか、乙女ゲーだとどうしてもハッピーエンドが相手と両想いになることだけれど、人生という一本道で考えれば恋愛だけが幸せの定義ではないのだ。
彼が選ばれなくても、彼を支える友人がいればよい。
そう、なにもモブが出しゃばって彼女に座に収まろうとする必要などない!
良かった、ハードルが下がった。
推しを幸せにするのに別にヒロインにならなくてよいのか。
ハルトが主人公を好きになっても、信頼出来る人間が出来れば良い。
彼が1人で家を背負い苦しみ、手の届かない星を見上げるだけの日々は解消される。
失恋くらい屁でもないぜ! ってくらい楽しい毎日を過ごせればいいのだから。
「ありがとうございます、王子。私一人では考えつきませんでした。」
「いや、礼には及ばないよ。……なんの小説かは知らないけれど、現実に影響を及ぼすほどのめり込まない事だね。」
うっ、心が痛い。
推しの未来を真剣に考えて泣く人種です後悔はしてません。
「……君は変わってるね。」
「ふぁい?」
え、いつ興味を持たれるような展開がありましたか?
「君は王子である俺より、物語の方が関心が強いわけだ。君は俺と年齢も近いんだから、親から気に入られるように言われているだろうに。」
「いいえ、私は両親からそのような指示は受けていません。王子の婚約者はほぼ決まっているようなものですし、失礼のないようにとだけはきつく注意されましたけれど。」
「なるほどね。」
宝石の瞳は値踏みするように私を下から上までじっくりと視線を寄越す。
「うん、そうだな……。俺に興味がないのならちょうどいい。君とは親しくしておきたい、かな。」
あれ?
これは……モブを返上するべき事案?
いや取り巻き(女子)はモブか?
「よろしく、ブランカ=メークイン。」
延ばされた手を、私は握り返した。
うん、まぁ。
クラリスの情報があるかもしれないし。
一応5話までは書けているんですが、加筆したり修正したりするので、寝かせつつ更新していくつもりです。