02 とりあえず情報整理だ
え……推しが生きてる……。
肺呼吸してる……。
やだ……むり…………。
あまりにも押し寄せる多幸感。
あまりにも流れ込む情報量。
大混乱の末に私は、
ぼろぼろ泣いていた。
キャパオーバーである。
泣きだした私に周囲にいた人たちはぎょっとし、すぐさま保護者が呼び出され連れ帰られた。
沢山人がいてびっくりしちゃったんだね、と父親は励まし、教育が足りなかったのだと母親は溜息をついた。
それが昨日の話だ。
まぁそんな事はどうでもよくて。
問題はこれからどうするか、である。
私は「今日はゆっくり休みなさい。」と放り込まれたベッドの上でうんうんと頭を悩ませた。
そして悩みすぎて熱を出してしまった。
心に身体がついてきていない。
まずは前提条件を整理しよう。
世界観やらなにやらはとりあえずは右に置いておいて。
ハルト=イグナーツについてだ。
彼は侯爵家イグナーツ家の一人息子。
勿論跡取りである。
代々王家に仕える文官というのが表向きの顔、
情報収集を主にする機密情報部隊が本来の所属だ。
10歳の時に不慮の事故で両親を失い、若くして当主となってしまう。
実際は身内とのトラブルもあったそうだが詳しくはゲーム本編では語られず、その時に地力で解決したことが評価されて、未成年ながら当主である事を認められたのだ。
優秀な魔法の成績を納めた者だけが通えるクリスベル学園に入学後は、主に同級生である王子達に関わる情報を集めている。
性格はぱっと見、物腰柔らかな人だ。
情報収集を生業としているからか、彼は誰とでも仲が良いし、誰とも仲が良くないともいえる。
その一方、共に危機を乗り越え、協力して家を守って来た使用人達を大切にしているしされている。
幼くありながら当主であることを強要された彼は、周囲に頼る事に慣れていない。
不用意に隙を見せればイグナーツ家は潰れてしまう。
半ば強迫観念に近しいそれは彼を縛り、彼から感情らしいものを奪い取っていく。
そして本編で主人公・クラリスと出会う。
彼女は第一王子と第二王子が巻き起こしているトラブルを解決するために学園へ転校してくる。
一生懸命問題解決しようと奮闘する姿を見て、過去の自分を思い出した彼は彼女に協力的になるのである。
情報屋の彼はストーリーの進行のしやすさからも重要なので、情報提供をしてくれる理由づけとしてわりと早い段階で主人公に好意を抱く。
そこまでが共通ルートである。
おわかりだろうか?
主人公を好きになるまでが共通ルートなのである。
主人公を好きになるまでが共通ルートなのである。(重要)
そう、彼は他のキャラを選ぶたびに失恋するのである。
失恋したなら次の恋を探せばいいじゃん、と友人は言った。
違う、違うんだ。
無感情な人間が手にした恋という感情を呼び水に、彼はどんどん感情を獲得していくのだ。
嫉妬をしたり、攻撃的な攻略対象に敵意を抱いたり。
情報収集をするものにとって感情をコントロールできないのは致命的だ。
戸惑うハルトに、主人公は微笑んで「でも、そっちの貴方の方が好き」と告げるのだ。
その言葉に、『イグナーツ家当主』ではなく『ハルト』であることを許されたような心地になって、それまで背負っていた重い重い荷物を、少しだけ降ろす事が出来たのである。
物語の展開が完璧。美しい、perfect。
拍手喝采雨あられ必須。(個人の感想です)
こんな雷に打たれたかのような運命的な恋のはじまりを超えられるか?
否、無理だ。
絶対、一生クラリスが好きでしょこれ。
大人になって他の人と結婚してもずっとずっとクラリスを助け続けるよこの人は。
そしてクラリスの優しさや強さは本物だ。
ハルトが不安になるたび、何度でも手を差し伸べて惚れ直させてしまうだろう。
例え他のルートであっても。
というかあった。
主人公が聖女すぎる。
いや分かるよ?
泣いてる人が居たならどうにかしたいってのは人間の理想的な人格だろうし結果八方美人なるんだよね。
でも惚れ直す時に「君は残酷です、でもそんな君だから僕は救われたんですね。」って悲しげに微笑むのつらい描いた絵師さん天才だよ。
しかもハルトは心強い人なので邪魔とかしないんだよね主人公を応援するんだよね。
え……、冷静に考えてもこれ辛くない……?
なんで主人公はハルトを選ばないんだ……?
だってこんなに主人公の幸せを願ってくれる人いなくない……???
意味分かんない……。
駄目だ正気を失っているオタクになってしまう。
改めて考えるとこの選ばなければ強制失恋コースという現実辛すぎる。
だってハルトルートでさらにこう、感情が色鮮やかになって「君と居ると僕はダメになってしまいます」ってさぁ、知ってるとさらにだめだこれやめよう一回落ち着こう。
いや、でも他のルートもトラブル山積みだもんな……。
第一王子のロミオも暴風の魔女の呪いによって、どんなに優秀だろうといつか迎えが来てしまう事が確定しているし
第二王子のアーサーは王家の銀髪を受け継がなかった事や優秀な兄との比較、そして兄から「不要のスペアくん」呼ばわりされて引きこもったり
選んであげなきゃ幸せになれなさそうな感じあるもんな。わかるよ。
わかるけど私はハルトに幸せになって欲しい。
さて、ここまで思い出したところで対策を考えていきたい。
7歳の私に出来ることなどたかがしれてはいるが、無茶なことでも1つずつ挙げていけば解決につながるかもしれない。
まずはハルトの両親だ。
2人の死を回避出来ればそもそも当主なんて重たいもの10歳で背負わない。
……無理だ!
情報が少なすぎる。
時期も分からないし、不慮の事故とは表向き公表されているが、
職業を考えれば恨みを買ってしまったが故に暗殺された可能性だってある。
一度防いだところで二度目三度目があるかもしれないのだ。
そも、私が尊いと感じ、好きだと思い、選びたいと願ったハルトはこの当主のハルトなのだ。
推しには苦しんで欲しくないけれど、キャラクターの性格を根本から変えるようなことをするのはいかがなものだろうか。
私が選びたいと思った彼は本当に彼なのか?
とまぁSNSでたまに見かける推しの過去を変えるか変えないか問題に頭をぶつけることとなる。
子供の私に出来ることがないのも事実であるし、手を出さないのが得策だ。
次の議題としては、クラリスにハルトルートに行ってもらうか、フラグを折るかについてだろうか。
正直、ハルトルートに行ってくれれば私の心はすごく穏やかだ。
クラリスに恋をするハルトの横顔を見て好きになったと言っても過言ではないのでな……!
しかし、シナリオではクラリスは王子達の幼馴染。
どうあがいても彼女が強く興味を抱いているのはその二人だ。
私が誘導してどれだけ効果があるのかが検討がつかない。
トラヴィス物語を遊んだプレイヤー達の感情の総括とかだったらなおのこと無理だ。
人気投票の1位はロミオ王子。
ちなみにハルトは5位です。
その時のコメントは「君が選んでくれたことが嬉しいんです。」健気かよ……。
クラリスが私同様、転生者である可能性も考慮したい。
これは調査が必要かもしれない。
今日のお茶会でお話しできなかったのは痛手だったかもしれない。
……まずクラリスとお近づきにならなければならない。
どうやって?
……
…………
………………。
私モブじゃん!!!!!!
どうするのモブじゃん!!!!!!
落ち着け、逆に考えるのです。
それを有効活用するのです……。
そもそもプレイヤーなら逆ハーレムルート狙ってる可能性もある。
……推しの幸せを願う側としては殺意を覚えるな。
逆ハーレムルートだと魔女に心を囚われた推し達をどんどん助けていく展開になるんだけれども、ハルトは共通ルート時点ですでに主人公が好き。
なので魔女囚われモードのハルトはがんがん主人公を口説くキャラになる。
「このハルトが好き!」ってプレイヤーも少なくない。
助けた後も、自分の本心に気付いたからかその要素が残り、所有欲をちらつかせる。
メタいことを言うと、幸せを願う性格のハルトを逆ハーレムにいれるとそういうぐいぐい行く要素を付与しないと逆ハーレム感なかったんだろうと思う。
まぁでもこれ、病むってことなので逆ハーレムルートだけはやめて欲しい。
「好きでもないくせにどうして優しくするんですか?」
「優しくされると期待する、隣にいるのが自分じゃない事に許せなくなる!!!」
「君に好きな人がいたのなら諦められたのに、どうして思わせ振りな態度ばかりとるんですか……!」
敵対時のこのブラックハルトさんの慟哭がですね……。
声優さんの演技もあってすごく痛々しいんですよ。
抱き締めたいやつですね。
でもこの「誰も選ばない君を許さない」的な感情をずっと引きずるだろうので本当にやめて欲しい。
ゲームとしてはハルトの違った一面を見れて最高だけど現実で見たくなさすぎる。
逆ハーレムルートのハッピーエンド出したあと「メリーバッドエンドじゃねぇか!!!」って携帯機ぶん投げちゃったからね。
号泣だよ。
となると、クラリスの調査は早い方が良いかな?
……待て、今調査したところで、入学と同時にプレイヤーに入れ替わる、もしくは記憶を思い出す可能性もあるのではないだろうか。
ならこの予想は無意味。
他の方法を考えるべし。
ハルトルート以外のイベントを徹底的につぶす、とか?
王子以外の攻略キャラクターなら可能だろうが、王子達となると立入禁止区域もあるので難しい。
方法は後で考えるとしてさっさと婚約させるように動くか。
……いや、第一王子が暴風の魔女に攫われる可能性から王子達の婚約者を確定できない状態なのだ。
だから候補のクラリスも婚約者がいないわけで……。
どうあがいても王子達が邪魔だな……?
ではハルトルートをつぶすか?
例えば、私が先にフラグを作ってしまうとか。
いやアカン!
大人しくぼんやり生きてたら口を出すことすらままならない!
必死に努力して、完璧優秀令嬢になったとしよう。
それで何が出来る?
例えば、公爵家の御令嬢クラリスに近寄るとする。
うまくいけば取り巻きにはなれるかもしれないが所詮モブ。
親友キャラは別に存在しているし、影響力のある地位まで登り詰められるビジョンが全く浮かばない。
失敗したときの保証がない。
ハルトにしてもそう。
いくら優秀でも興味すら持たれないだろう。
努力家な人が好きとは言っても、クラリスは調査対象の王子に関連する人物だ。
最初からモブとはステージが違う。
そう、つまりは
「へぇ、面白ろい女だな。」
と言われるような女性にならなければならない。
興味を持ってくれなければなにも始まらないのである。
しかしクラリスへの恋心は、ハルトの成長に必要なものにも思えてしまう。
もっと言うとハルトがクラリス以外に恋するのは解釈違いですハルトはそんな安い男じゃありせんやめてください。
なら恋愛以外で潰す?
でもそれならハルトの幸せは?
……私は主人公の代わりになれるか?
いいの?
本当に潰しちゃって。
『主人公のクラリスではハルトを幸せに出来ない! 潰しちゃえ潰しちゃえ! お前がハルトの運命になるんだよ!!! 本編知ってるんだから攻略方法は知ってるだろ?』
『いいえ、ハルクラは最高の組み合わせです。マリアージュです。それをつぶすなんてとんでもない! そもそも貴方程度がハルトの心を掴めるなどと正気でお考えなのですか?』
天使と悪魔がくるくる回る。
ええい、誰か!
誰かこのモブに良い知恵を貸しておくれ!!
ばふりと、おふとんをかぶる。
その時、コンコンと控えめにノックがされる。
「お嬢様、第一王子がお見舞いにいらしています。」