妹が悪役なわけないじゃないの!
初っぱなからゆるゆるな流血表現ありますので数十行飛ばして読むことをおすすめします。
O型の血が固まりにくいと最近知りましたA型です。
その日はいつも通りの日常だと信じていた。
けれど
これはどう言うことなのだろうか。
目の前に広がっているこの光景は
非日常でしか考えられない、いや、人生において体験する筈がないとたかを括っていた光景。
赤い、紅い、あかい
飛び散った赤
溜まっている緋
滴る朱
染みた紅
これは、信じがたいことで、信じたくなくて。
目を逸らして、凝らして、反らして。
それでも明かりが一つもない、暗い部屋から漂ってくる鼻につくこの臭いは紛れもない鉄の臭いで。
「……………っ」
1歩、足を踏み入れる。
ぬちゃりと水音が滑る。
2歩、背後で物音がした。
何かが動く気配。
「君が悪いんだよ」
3歩、背後から影が腕を振りかぶる。
それは聞き慣れた友人の声だった。
「なんで」
振り返らずに言葉を落とした。
聞こえているかは知らない。
聞こえていない方がいいのかもしれない。
聞こえていたらきっと
「─────」
目の前が瞬いた。
殴られたのだろうと予測する。
チカチカと光るのはきっと、覚えていない記憶なのだろう。
「ーーーーっ!!!」
鈍く痛みを訴える頭を擦り、起き上がる。
あぁ、またあの時の夢だ。
ひたすら赤くて暗い夢。友人に殺された時の記憶。
正確に死んだとはわからないが、それ以降のモノがないのでそういうことにしている。
「やーねぇ、もう忘れさせてくれたって良いじゃないの」
何度も繰り返し見る夢に、夢とは違うテノールで言葉を紡ぎ溜め息を吐く。
気がつけば転生を果たし、剣とか魔法とかある世界のとある家の次男坊として生まれていた。それでも元は女だったせいか、口調は女寄り。
家を継ぐ気がないのでこのままでいいかと13の時に思った。
学校では最初こそは異端な目で見られていたけれど、今では友人に恵まれているし良かったと思っている。
たまに熱烈な視線を感じるけれど、ご愛嬌ってやつよね。
「やだ、そろそろメイドちゃんが来ちゃうわ……仕度しなきゃ」
ベッドから足を降ろして背筋を伸ばす。
ピキリと軽く鳴るのはご愛嬌だと思いたい。
今日はどんな服にしようかしらとクローゼットを開き手早く決めて着る。
どうせ昼のあとに着替えるのだし適当でいい。
着替え終わった所で、軽くノックの音がする。
「おはようございます、アラン様」
「おはようアニス。」
頭を下げている小さい頃からお世話になっているアニスをにっこりと笑顔で迎え入れる。
あ、髪の毛纏めるのを忘れてたわ。
顔を上げたアニスと目が合う。
そして──
「アラン様、さては先程起きたばかりですね?ダメですよ1時間前には起きていなくては!服もまた適当に着ましたでしょう?曲がっております!髪は私に任せてくださって構いませんが身嗜みは紳士淑女平等です、きちんとなさりましょうね?」
「ごめんなさいねアニス……昨日の夜なかなか寝付けなかったの……」
サイドテーブルに置いてある本に気が付いてアニスが溜め息を吐く。
最近、話題沸騰の恋愛小説を寝る前に読んでいてなかなか切りの良いところに至らず夜更かしをした。
いや、切りの良いところあったのだけれど続きが気になって気になってしょうがなかった。
レオンとマリアのすれ違いがとても焦れったいけれど、途中に出てくるパン屋のロシェのアシストで漸く丸く収まりかけたところで、でもロシェには秘密があってとか気になって……
「読み終わったらアニスに貸してあげるからこの事はお父様やお母様には内緒にして?ね?ね?」
お願いと両手を合わせて頼めば「しょうがないですね」と言葉が降ってくる。
「ありがとう!大好きよアニス!」
思わず抱き締めようとしたらもの凄く拒絶された。まぁ、しょうがないか。体格差的に。
そんなこんなでちゃんと身嗜みを整えてリビングへと向かう。
長い薄紫の髪はいつも通り肩口で纏めて前に流している。俗に言われる病人結びだけどピンピンしてるわよ。
親は諦めたのかなんなのかわからないけど女っぽい喋りでも受け入れてくれてるので助かるわ。
逆に口調だけ女で他は男らしいものね。
剣術武術馬術魔術色々楽しくて良いもの。
「おはようございます、お父様!お母様!」
扉を開けてふんわりと笑う。
さぁ、今日はどんな1日になるかしら!
────
それは突然の事。
「婚約破棄させてもらう!」
周りと談笑して居たところに、突然パリンッ!!とグラスが割れる音が響く。
今日は妹の卒業パーティーで、私はエスコートを頼まれて出ていた。朝の予定を聞き流してたせいで忘れてたけどね。
まぁ、仕立てたスーツを前に1週間くらい前に会ったときエスコートの話してて頼まれて、お父様は?と聞いたら真顔で「嫌よ。お兄様がいいの!」と言ってお父様が膝から崩れ落ちたのを思い出したのでセーフだと思いたいわ。いや完全にアウトね。
「ど、どうして!?」
遠い目をしてしまっていたら届いた切羽詰まった声。
相手は王族の婚約者。
王族だかなんだかしらないけれど、リエッタにそんな声を出させるなんて許せないし婚約破棄ですって?
「ふざけないでいただきたい、アーノルド王子」
取り囲む人垣の間をすり抜けてリエッタの背後に立って口を開いて出した声は、何時もより低かった。
自分でも驚いたけれど周りはもっと驚いてる。
かわいいリエッタから他所の令嬢に後から心移りしたのはいいとしますけど?流石にこれはやり過ぎたと思うのよね。
手をあげる必要なんて無いでしょうし、どうしてこの場で言うのかしら?アホなのかしら?
「女性に手をあげるなど、王家の─いや、紳士として恥ずべき行為ではありませんか?」
先程のグラスの割れる音と、濡れた髪が動かぬ証拠。
ハンカチを渡して庇うように前に出る。
あぁ、もう!朝に良いことがありそうね!って浮き浮きしてたのに夜にこんな出来事、最悪ったらありゃしないわよ!
…………今更なんだけど、もしかしてこれってよくある悪役令嬢断罪イベントじゃないの?
やだ、出て大丈夫かしら?まぁ、ゲームじゃなくて現実だし、なによりリエッタは良い子だし、私は悪役令嬢物の乙女ゲーやったことがないからこの後の展開知らないのよね。
なるようになりなさいよ。いや、するのよ。
「おい、あれって」とか聞こえたくるけどこの際無視。
どうせいつもの女口調はどこいったとかそんなんでしょ。
焦れば男口調にもなるわよ。でも内心元の口調だし焦ってないのかもしれないわ。深呼吸させて。
「あなたは……」
「はじめましてお嬢さん、私はリエッタ・ツィカエルの兄、アラン・ツィカエルと申します。」
にっこりと人受けのいい笑顔で王子の横にいる少女に話しかける。
もの凄く驚いた顔をして可愛らしいけれどダメね、リエッタの方が何倍もかわいい。かわいいは正義、つまりリエッタが正義。
「嘘でしょ、悪役令嬢の兄は他国に留学中で二作目の攻略キャラのバンディルなはずでしょ!?誰よあなた!!」
驚きが収まったと同時に叫ばれる。
へぇ、兄さん二作目の攻略キャラなの。もしかして手紙に書かれてた意中の相手って二作目のヒロイン?
………敵が多いわね。付き合えなかったら慰めてあげましょ。
「誰だと申されましても困りますし、私からすればお嬢さんが誰?なのですが。
……ところでアーノルド王子、私になにか?じっと見られては少々恥ずかしいのですが。」
首をコテッと傾げて問えばあーだのうーだの、何か言おうとして言葉が出てこない様子。
放っておいた方が良いわね。
と言うか周りの視線がもうイヤね、
「そうだリエッタ、ドレスを着替えましょう!替えは持ってきてるわ!」
「お兄様……」
そういえば濡れてたのを思い出して手を1回叩いたあと、リエッタの手をとって軽く引く。
簡単に動いたのを見て、これなら引っ張っていけるわ!と思って目の前を見れば既に左右に避けていた。
空気が読める人達でありがたいわ。
「ありがとう」
心からの笑顔をして、空き部屋へと向かう。
お手伝いさんも居たしあとはリエッタを部屋に入れて身嗜みを整えてからこれからの事を考えようと思う。
破棄理由とかそこんところ、場を設けて本人たちから聞かなきゃね。
ちなみにドレスはリエッタなら似合うものを3着くらい持ってこさせてたのよ。
読んで下さりありがとうございました。