第17話「願ったこと」
桐原 優
誰よりも現実世界へ行きたいと願うこの物語の主人公。二刀流の使い手で、凄まじい戦闘力を持つが、故あって自分の能力を隠している。何故か、10年前の記憶がない。
能力 飛翔(武器)・???
色季 彩乃
優の失われた記憶の欠片を持つとされるこの物語のヒロイン。西洋剣の使い手で、剣の腕ならば優と並ぶとされている。かつて愛した人に再会する為、偽界戦争に参加。
能力 ???
???政綺
謎の多い男だが、桐原家と深い関わりがあり、悲しき過去を持つ。アイパッチで失われた右目を覆っている。
優の秘密を知っている。
能力 能力無効化
真っ暗で、視界がおぼつかない中、少年は傷だらけの少女に声をかけた。
「ねぇ。どうしたの。どうして……泣いてるの?」
「!?」
危険を察知し、足を引きずって身を引く少女。
「えっ……」
少年も伸ばした手を引っ込める。
「あ、貴方……は」
警戒しながらも、そっと呟く少女。
それに少しほっとしたのか、少年は微笑む。
「僕?僕は、優。優、だよ」
「優は……優しい、人?」
「えっ……ぼ、僕は……」
あれ……また……まゆ……み
「……僕……は……」
「はっ!!」
優は、上半身裸の状態でベッドに横たわっていた。何もない空間に伸ばした手を、じわじわと引き戻す。
あれ程深手だった胸の傷は、不思議な事に綺麗になくなっていた。
そのことに多少の疑問を覚えながらも、優は身の周りを見回す。
辺りには見知らぬ壁、見知らぬ家具。素材は木を主張とした、落ち着いている内装だった。
漂う木材の匂いがプーンと、鼻を伝って臭う。
と、そんなどうでもいいことを考える優に急速に近づく足音。自然と意識が集中する。
「あっ!よかった!目が覚めたんですね!」
駆けてきたのは、彩乃だった。手元には水の入った桶と濡れタオル。
どうやら、ここは彩乃の家のようだ。彩乃のベッドの上のようだ…………!?
「ぶはぁぁっ!?」
「ゆ、優さん!?」
女の子の部屋のベッドで眠っていたなど、今までの優には刺激が強すぎる。
悟られないように、平然を装う。
「あ、い、いや。な、なんでもない……色季、さん……どうして」
「勝手に、ごめんなさい。えっと、私も対コネクトアイズに参加してて、それで……あの後、優さん、気失っちゃって」
安堵しながらも、申し訳なさそうに視線を落とす彩乃。助けたことを迷惑がられているのではないか、と彩乃は懸念しているのだ。
「い、いや。ありがとう。俺の方こそ、ごめん」
「え?」
再び彩乃が優を見るのと同時に、優は彩乃から視線を外した。
「君を……置いて行って……」
少し、間が空いた。
彩乃はキョトンとした表情を見せた後、手を口元へ近づけ、ぷっと吹き出す。
「何言ってるんですか!優さんのおかげで、私今生きてるんですよ!」
その微笑みがあまりにも美しくて、綺麗で流石の優も頬を赤らめる。
そのまま彩乃の下半身部へ目を下ろしていくと……
「んがあぁああっ!?」
「ゆ、優さん!?」
口元を抑えて、先程よりも更に気まずそうに目線を逸らす優。噤んでいた口を、不細工に動かす。
「し、色季さん……し、下……パンツ……」
「えっ?」
優の言葉を聞くと、彩乃は自身の下半身に目をやる。
今の自分の状況を段々と理解すると、熟しきったトマトよりもさらに赤く、彩乃の頬は火照っていく。
下は……パンツのみだった。恐らく、物音に気付き急いでここまで来たのが原因だろう。
太ももから足にかけて彩乃の白い裸が露出していた。
「ひゃぁぁぁ!?ちょ、ちょっと待ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」
宙を舞う桶。不運なことに、その桶はそのまま優に向かって弧を描いて飛んだ。
「わ、わわわわぁぁっ!!」
ビシャァッ……!
「ごめん」
「こちらこそ……ごめんなひゃい。あっ」
下をしっかりと履き、ベッドの横にある椅子に腰掛ける彩乃。優も彩乃も、染まった顔をお互い向き合わせない。
「い、いやぁ、優さん。1ヶ月前とは、立場が逆になっちゃいましたね!」
「え、あ、ああうん。そうだね」
少し経って。
静けさの中、彩乃はそっと口を開く。
「優さんは……なんで偽界戦争に参加したんですか……」
真剣味を帯びた彩乃の言葉に、優の表情も固くなる。
彩乃は恐らく、先程、優が襲われ、反撃できる程の力を持っていながら、何もしなかったこと。殺されかけたことに疑念を抱いているのだろう。
僅かな沈黙の末、優は口を開いた。
「1番は……現実世界に行く為。行きたいんだ。現実世界に。俺は……10年前より前に偽界に転移したらしいんだけど、そこの記憶がなくて、現実世界を……知らないんだ。だから、見たい。向こうの世界を見てみたい」
「そう……なんですか」
「それに、父さんと約束したんだ」
優はそう言うと背後に両手をついて重心を倒す。
眉を緩め、薄っすらと笑い天上を見上げる。
「お父さん……?」
「うん、義理だけど。父さんと約束したんだ。父さんの代わりに、向こうの世界を見に行くって。その約束を果たす為にも、俺は絶対叶えなきゃいけない。この願いを」
「代わりに……じゃあ」
彩乃は優の言葉に唇を噛んだ。
それを見て、優は彩乃に軽く頷く。
「うん。死んだ。衰弱死だったよ。まるで命を吸い取られるかのように、ゆっくり。知り合いの話じゃ、能力によるものらしい。父さん、色んな人に恨まれてたっていっつも言ってたし、やっぱり、誰かに殺されたのかな」
「……そんなこと」
「でも、やっぱり許せない。父さんは俺を救ってくれた。行き場のない俺を引き取ってくれた。生きる術を教えてくれた……独りぼっちの俺に、居場所をくれた」
「……」
彩乃が口を噤む。深く俯いているからか、前髪によって隠れた表情は読み取れない。
そんな彩乃に構わず、優は先程と打って変わり、鬼の形相とも言える表情で続ける。
「だから、許さない。父さんを殺した奴を。そいつを見つけ出して……復讐することも、俺の今の、目的なんだ」
そこで、思い出したように彩乃を振り向き、あっ……と口を開いて作り笑いを浮かべる。
「ご、ごめん。関係ない話しちゃって……君は?なんでこんな戦いに?」
突然話を振られ、即座に顔を上げる彩乃。見開く瞳は優を見る。
「えっ、私ですか……?私は……」
「昔……私を助けてくれた、大切な人にもう一度会う為に……その人と約束したんです。一緒に現実世界に行くって」
「その人も、参加してるの?」
「分からない、です。でも、何故か、そんな気がして」
彩乃の力強い表情に圧倒され、息を呑んだ優は、彼女に微笑む。
「そっか。会えるといいな。俺も、君も、願いを叶えられる結末にしたい」
「そう……ですね」
そうは言っても、優にはまだ、人を殺す覚悟なんてものはない。
恐らく、対コネクトアイズでも、これからの戦いでも、それは変わらない。
彩乃は、この戦争についてどう思っているんだろう。今、こうして会話を交わしている彼女は人を殺すことができるのだろうか。
なんてことを考えながらも、優は偽りの決意を露わにする。
「その為に今は、コネクトアイズを一緒に倒そう」
「……はい」
彩乃は、優に笑顔で頷いた。
その笑顔の内に何があるのか、優には理解できなかった。
対コネクトアイズ本作戦会議は、4日後に迫っている。
優も、彩乃も、生き残る保証はない。それでも、こうして絆を紡ぐ。
悲惨な未来を迎えない為に。
その、夜。
「桐原優について、話がある」
強く吹き荒れる風。靡くコート。
密かに計画は完遂に近付いていく。
ーENDー
次回「再会と拒絶」