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エンドリア物語

「イミテーション・ロッド」<エンドリア物語外伝95>

作者: あまみつ

「偽物です」

「嘘だろぉー!」

 シュデルにロッドを返された若者が、悲痛な声を上げた。

 5分ほど前にロッドを買い取って欲しいと、桃海亭に飛び込んできた。

「もう一度、きちんと見てくれよ。頼むよ」

「何度見ても結果は変わりません。最近出回っているDC880シリーズの偽物です」

 シュデルが落ち着いた声で言った。

「そのロッドを買われたのは、露店ではありませんか?」

「友達が譲ってくれたんだ。水系のロッドは使う予定がないから、安くしてやるって………くそっ、あいつ、知っていたな」

「かなりの数の偽物が出回っているようで、当店にも今月だけで8本も持ち込まれました。似たような偽物にAF560シリーズがありますから気をつけられるといいと思います」

「なあ、安くてもいいから買い取ってくれよ」

「このロッドは魔法を撃てません。売りたいのでしたら、古道具店にどうぞ」

 毅然としたシュデルの態度に、交渉の余地がないとわかると若者はスゴスゴと帰って行った。

 シュデルが眉をひそめた。

「ロッドが使えないのに、高く売れるいう言葉につられて買ったのです。損をしても自業自得です。相手をする古魔法道具店も暇ではないのです」

 シュデルが怒るのも無理がない。

 ニダウの古魔法道具店は、この偽物ロッド騒ぎで困っている。

 評判の悪い桃海亭ですら、ロッドを買い取ってくれという依頼は、今月だけでDC880シリーズで9本、AF560シリーズは23本もあった。ロイドさんの店など、先週だけで50本以上持ち込まれたそうだ。

「誰がやっているんだろうな」

 数が多いので、情報も多い。

 路地を歩いていると、露店があり、ロッドが並べられいる。見ていると、欲しくなって買う。気づくと、露店は消えていて、ロッドを片手に立っている。高額な買い物をしたことに気がつき、古魔法道具店に駆け込む。露店の代わりに、見知らぬ行商人に声をかけられて買ったというのもある。

 この2つのパターンが圧倒的に多いらしい。

 狙われるのは、財布に金がある一般人。

 何かに引き寄せられるように路地に入ることから、魔法を使った詐欺ではないかと噂されている。

「この騒ぎ、いつになったら終わるんだよ」

「犯人を早く捕まえて欲しいものです」

 オレもシュデルも、偽ロッド事件にうんざりしていた。



「ウィル、力を貸せ」

 昼過ぎにニダウ警備隊のアーロン隊長が桃海亭にやってきた。

「オレは忙しいので、手が必要でしたらムーを貸します」

「冗談につきあっている気分じゃない」

 オレは本気で言ったのだが、そうは思ってはくれなかったようだ。

「偽ロッド事件を知っているな?」

「はい」

「被害届が急増しており、調査することになった」

「わかりました。今度偽ロッドを売りに来たら、連絡します」

「いや、手伝って欲しいのは、犯人逮捕だ」

「犯人が見つかったのですか?」

「これから見つけるのだ」

「頑張ってください」

「囮はお前に決まっている」

「オレはしがない古魔法道具屋です。囮は無理です」

 アーロン隊長は、笑顔を浮かべた。

 怒るだろうと予想していたオレは、戸惑った。

「偽ロッド事件はニダウだけではない。隣国のタンセド公国は3ヶ月前から多数出回っている」

 笑顔を崩さず、アーロン隊長は話を続けた。

「エンドリアでも先月から大量にでたことから、タンセド公国と協力して捜査するという方向で話が進んでいた。そこにダイメン王国から捜査に参加したいという打診があった」

「ダイメンでも偽ロッドが見つかったんですか?」

 アーロン隊長がうなずいた。

「先月の終わりに、大量に売られたそうだ。いまは治まっているが、早急に犯人逮捕して、この件の決着をつけたいそうだ」

 アーロン隊長が、オレの肩をポンポンと叩いた。

「ルハレク王国でも見つかっていることから、魔法協会が広域捜査を打診してきた」

 オレの額にじんわりと冷や汗が浮かんだ。

「魔法協会の申し出を受けるべきか、王は迷っていられる。もし、受けると捜査を指揮するのは、魔法協会になるだろうな」

 背中にも汗が浮かんできた。

「ウィルが自主的に囮を申し出てくれるなら、王は3国での合同捜査を行うつもりだ」

 魔法協会が来るとなると、戦闘部隊が来る可能性がある。オレは戦闘部隊と相性が悪い。

「わかりました。囮をやります」

「何か言ったか?」

 アーロン隊長が楽しそうだ。

「囮をやらせてください。お願いします!」

「王に伝えてこよう。その間に囮になるための準備をしておけ」

 上機嫌でアーロン隊長は店を後にした。

「囮になるための準備って、何だ?」

 オレが考え込んだ隣で、シュデルが困った顔をした。

「アーロン隊長が見落とされるとは珍しいですね。よっぽど、店長を囮にしたかったのですね」

「何を見落としたんだ?」

 シュデルが花咲くように微笑んだ。

「店長には囮ができないということをです」



「なんということだ」

 アーロン隊長が頭を抱えた。

「王には既に報告しており、3国で共同捜査をすることが決定している。それなのに、肝心要の囮がこれでは………」

「店長以外に囮になりそうな人物はいないのですか?」

「ウィル以外に死んでもよさそうな…………ゴホッ、囮ができそうな人物か。魔力がなければムー・ペトリだな」

「ムーさんは売るほど魔力がありますので、別の方で」

「誰かいたかな」

 アーロン隊長が腕を組んだ。

 今回の囮、3つの条件が揃ってないといけない。

 1つめ、人畜無害そうで、特徴がなく、影の薄い人物。

 2つめ、魔力がない人物。

 3つめ、大金を持っていそうな人物。

 シュデルに努力はした。

 貸衣装店でアーロン隊長のツケで高そうな服を借りてきた。オレの髪を整え、磨いた靴を履かせた。

「店長だと、これが限界です」

「金をはたいて貸衣装を借りた貧乏な若者にしか見えないな」

「金持ちに見せようというのが、無理があるのです」

「しかし、囮で殺されてもいいとなると…………ゴホッ、囮で怪我をしないだけの運動神経を持っている人物となると、ウィル以外に思い浮かばない」

 椅子に座っていた見ていたムーが、手を挙げた。

「ボクしゃん、提案がありましゅ」

「言ってみろ」

「犯人はニダウの住人だしゅか?」

「いや、違うようだ」

「それなら、ウィルしゃんに、いつもの服を着せるしゅ」

「それだと、極貧の若者になります」

 頑張ったシュデルが、不満げに言った。

「ウィルしゃんに金貨を入れた透明な箱を持たせて、ニダウの町を散歩させるしゅ」

 アーロン隊長がニヤリとした。

「なるほど、面白いアイデアだ」

「金貨の箱は露骨すぎます。銀行で使っている輸送用の金袋はどうでしょうか?」

「手配しよう」

「お願いします」

「ボクしゃん追尾用の地図を作るしゅ」

「ウィル、犯人にマーカーをつけられるか?」

「努力はします」

「明日の朝に行動を開始する。それまでに準備を頼む」

「わかりました」

「はいしゅ」

「本当にやるんですか?」

 考えたら、囮をやるより魔法協会がニダウにきている間、オレがニダウから出ればいいだけだ。その方が、楽で、命の危険がない。

 貸衣装の請求書をアーロン隊長に渡していたシュデルが冷たく言った。

「店長、往生際が悪いです」



 早朝、桃海亭にやってきたアーロン隊長に渡されたのは、金貨30枚入った現金輸送用の麻袋と魔法金属でつくられたマーカー。麻袋はエンドリア銀行からの借り物、金貨は国営カジノからの借り物、マーカーはダイメンの国軍から借りた物だ。金はもちろん、マーカーも『なくすな』言われている。マーカーは大麦と同じくらいの大きさだが、特殊な魔法金属で金貨3枚もするらしい。

「こんなんで、本当に引っかかるのか」

 朝9時からニダウの町をうろついている。10時半頃に人相の悪い一団が、オレが担いでいる金袋に目を付け、因縁をつけてきた。オレが囲まれていることに気づいたニダウの住人達が、オレを救おうと集まった。が、囲まれているのがオレだとわかった途端、興味を失ったように戻っていった。

 通りがかった観光客が奇妙に思ったらしく、住人に『助けないのか』と聞いた。聞かれた住人は笑顔で観光客に『助ける必要のない人物なんです』と言った。『助ける必要がない』というのが、自分で逃げられるという意味なのか、それとも、助けるに値しない人間という意味なのかわからないが、オレは逃げた。軽快な動きで、追ってくる奴らを巻いた。そのあとは、路地から路地へと歩きつづけているが、誰も声をかけてこない。

 正午を告げる鐘がニダウの町に鳴り響いた。

「昼飯を食いに帰るか」

 帰るために回れ右をしたオレの前に、男が立ちふさがった。

 40歳半ば。馬顔で、栗毛色の短い髪。長身で、背中には大きな箱を背負っている。

「ロッド、いらんかね?」

「いらない」

 オレは男の横をすり抜けようとした。男はオレの前に素早く移動した。

「綺麗なロッドだよ」

「魔力がない」

「安く売ってあげよう。気に入らなかったら、古魔法道具屋に売るといい。高く買い取ってくれるはずだ」

「金がない」

「その担いでいる金袋に入っているだろ」

 男が腕を上げて、オレの背中の金袋を指した。

「あるが………」

 男の手が、オレの目の高さになった。

 指輪がはまっている。

 赤い、光る、宝石が。

 ロッドが欲しくなった。

「いくらだ?」

 欲しいが、欲しくない。

 金袋の金は、アーロン隊長が国営カジノから借りてきた金だ。使ったら、オレがニダウから追い出される。

「金貨20枚」

 金貨20枚なら、入っている。

「見せてくれ」

 男が背負っていた箱をおろした。中から取りだしたのは水系ロッド、DC880シリーズ。

「綺麗だな」

 新品だ。傷一つない。本物なら、古魔法道具の通常買い取り価格金貨5枚だ。

「金貨20枚は高くないか?」

 本物でも、金貨15枚の損になる。

 男が声を潜めた。

「お客さん、これは他のと、ちょっと違いましてね」

 ロッドの先端を指した。

「ここから特殊魔法がでるようなっているんですよ」

「へぇー」

 オレが先端に触れようとすると、ロッドを素早く引っ込めた。

「先にお代をお願いします」

 男が「へへっ」と笑い、手を出した。

「いらない」

「えっ!」

 男が驚愕した。

 オレに魔法にかかっているのは間違いない。

 ものすごく欲しい。

 欲しくて、欲しく、たまらないが、脳内で誰かが喚いている。

『金がない』

 男がオレの前に手をかざした。

 指輪の宝石が、何度もチカチカと点滅する。

 欲しい。

 めちゃめちゃ、欲しい。

 脳内の声が喚いた。

『金がない!金はない!金なんてない!』

 男がオレを凝視している。

「やっぱ、いりません」

 男の口がカッパリと開いた。

「じゃあ、さようなら」

 オレは右手をあげて、挨拶して、路地を後にした。

 振り返らなかった。

 振り返って、まだ男がいたら、殴り倒してロッドを強奪しそうだ。

 店に戻ると、アーロン隊長とムーがテーブルに広げた地図をのぞきこんでいた。

「動いているぞ」

 アーロン隊長が指した先には、赤い点が点滅していた。

 マーカーの位置を示す点だ。

 オレが挨拶に右手をあげた。その時、男の注意が右手にいった。オレは左手で、素早くマーカーを弾いて、男の服に当てた。

 赤い点が西に向かって移動しているところをみると、成功したようだ。

「なんだ、これ?」

 赤い点とは別に、かなりの数のピンクの点が表示されていた。

「魔法の地図、失敗したしゅ」

 ムーが恥ずかしそうに、デヘヘと笑った。

「大丈夫なのか?」

「大丈夫しゅ。それより、ウィルしゃんにかけられた魔法を解いとくしゅ」

 ムーが片手を上げて、おろした。

「かかってないしゅ」

「へっ?」

「どういうことだ?」

 アーロン隊長が

「かけられた痕跡はあるしゅ。でも、かかってないしゅ」

「”時間”で解除したのか?」

 ムーが首を横に振った。

「”ロッドを買う”と解除する魔法しゅ」

 シュデルが、誰のいない方向に向かってうなずいている。見えない何かが、シュデルに話しているのだろう。

 シュデルの動きが止まると、アーロン隊長が聞いた。

「わかったか?」

「はい。店長は魔法にかかりそうになったけれど、かからなかったようです」

「魔法を避けたのか?」

「いいえ、魔法をかけたのは三流の魔術師ですが、発動には問題はなかったあようです。魔法にかからなかったのは、店長が強靱な意志ではね除けたようです」

 アーロン隊長が驚いた顔をした。

「ウィルがか?」

「はい」

「間違いではないのか?」

「間違っていません」

 シュデルが断言したが、アーロン隊長は納得がいかないようだ。

 しかたなさそうに、シュデルが補足説明を加えた。

「店長はお金を出せなかったのです。偽物とわかっているロッドに金を払えなかったのです」

「魔法はかかっていたのだろう?」

「桃海亭の今週の生活費は、あと銅銭8枚です」

 アーロン隊長の驚愕した。

 目が見開いて、身体がのけぞっている。

「………それで、食えるのか?」

 隊長の言葉遣いがぞんざいになっている。

「食べられません」

 シュデルが薄笑いを浮かべた。

「店長は骨の髄まで貧乏が染み込んでいるのです。三流魔術師の魔法ぐらいでは、金貨を渡すことはできないのです」

 シュデルは浮かべていた薄笑いを、穏やかな笑みに変えた。

「これがハニマンさんの魔法なら、店長も簡単にかかったと思います」

「魔術師の力量で、魔法にかかる確率に差が出るのか?」

「ドラゴンに例えるとハニマンさんはゴールデンドラゴンで、偽ロッド売りはドラゴンフライです」

 アーロン隊長が複雑な顔をした。

 ドラゴンフライはドラゴンじゃない。トンボだ。

 石牢に閉じこめられていたシュデルは、一般常識がなく、知識が偏っている。魔法道具や記憶の破片に助けられているが、時々変なことを言う。

 アーロン隊長がテーブルに広げられた地図を手早く丸めた。

「ウィル、世話になった。これから、私は偽ロッド売りの逮捕に行く」

 ドアノブに手をかけたアーロン隊長が、振り向いてシュデルを見た。

「飢え死にしそうになったら、警備隊の詰め所に顔を出せ。お前にはパンくらい食わせてやる」

 シュデルが深々と頭を下げた。

「ありがとうございます」



「ウィル、起きろ!」

 翌朝4時、アーロン隊長にたたき起こされた。

 オレは布団に潜った。

「警備隊なのに、民家に不法侵入するのはやめてください」

「起きろ!」

 布団をはがされかけて、オレは渋々起きあがった。

「なんですか?」

「偽ロッド詐欺グループの首領がお前に会いたいそうだ」

「オレは会いたくないです」

 横になろうとしたとき、ベッドに剣が突きたった。

「今日の昼間、首領をダイメンに引き渡す。その前に知りたいことがある。話す条件にお前に会ってみたいそうだ」

「頑張って、尋問してください」

「寝たくないのか?」

 アーロン隊長が剣をグリグリとねじ込んだ。

 剣はベッドの真ん中に刺さっており、抜いてもらわないと眠れない。

「なんで、オレなんです?」

「牢屋に入る前に、有名のウィル・バーカーに会ってみたいそうだ」

「どんな奴なんです?」

「金髪のロングヘアのカツラを被った雄の雪だるまだ」

「へぇーーー……すみません。オレ、雪だるまには興味ないです」

 アーロン隊長がポケットから小袋を出した。

 振ると硬貨のぶつかる音がする。

「銀貨10枚でアルバイトをしないか?」

 オレは両手を差し出した。

「よろこんでやらせていただきます」



「こんなもので、騙されるかよ」

 オレを見た金髪の雪だるまの第一声だ。

 場所はニダウ警備隊詰め所の地下の取調室。

「残念だが、本物だ」

 オレの後ろにいたアーロン隊長が言った。

 取調室にいるのは、扉に近い方から、アーロン隊長、オレ、机を挟んで色白の丸顔の男が座っている。

 雪だるまは言い過ぎだが、丸っこい顔と体をうまく表現している。

 オレは笑顔で会釈した。

「こんなものと思われるかもしれませんが、オレが本物のウィル・バーカーです」

「だっせぇー」

 唇をゆがませると、机に頬杖をついた。

「こんなもん、見る価値、ねぇだろ」

 両手を机につくと、立ち上がった。

 身体が揺れて、金髪のカツラがずれた。

「オレは帰るぜ」

「残念だが、帰らせるわけにはいかない。それと約束通りウィル・バーカーに会わせたのだ。金の隠し場所を教えてもらおう」

 そう言ったアーロン隊長の前に、雪だるまは両手をつきだした。手錠がはまっている。魔法文字が刻まれているところからすると、金髪雪だるまは魔術師なのだろう。

「はずしてくれよ」

「金の隠し場所はどこだ?」

「ちっ、面倒くせぇねえなぁ」

 つまらなそうに言った金髪雪だるまは、すぐにニヤリとした。

「勝手に帰るわ」

 指の間に隠し持っていたらしい、黒い小さな破片が床に落ちた。破片が液状の広がって、黒い円が床に描かれた。

「あばよ」

 金髪雪だるまが、手を軽く持ち上げた。

「お気をつけて」

 オレが言った。

「どこにいくのだ?」

 アーロン隊長が聞いた。

「そいつは秘密だな」

 金髪雪だるまが、黒い円に足を入れた。そして、そのまま停止した。

「どこに行くつもりだ?」

 アーロン隊長が再び聞いた。そのアーロン隊長に金髪雪だるまが飛びかかった。

「てめぇーー、何をしやがった」

 アーロン隊長は後ろに飛び下がると、抜く手も見せない早業で、剣の腹で雪だるまを殴った。雪だるまは壁に背中から激突して、床に崩れ落ちた。

 オレは雪だるまの側にひざまずいた。

「大丈夫ですか?」

「な、なんでだよ………」

 雪だるまは戦意喪失している。

 容疑者への説明はアーロン隊長の仕事だが、アーロン隊長は肩にロングソードを担いで雪だるまを睨んでいる。説明する気ゼロだ。

 オレが仕方なく説明した。

「ボロい取調室に見えますが、壁に特殊なシステムが仕込まれていて、魔法は正常に発動しないんです」

 雪だるまの表情は納得したように見えない。

 オレは説明を続けた。

「ここはニダウです。ムー・ペトリを殺しに来る人間は山のようにいます。それらを捕まえて、ここで尋問するのです。雑魚もいますが、超一流の戦士や魔術師もいるのです。はっきりいいますが、あなたではこの取調室から逃げられません。お持ちの魔法道具も当店では扱わないレベルのゴミです」

 ゴミだと信じて捨ててくれれば、拾って売れる。

 アーロン隊長が雪だるまの顔の前に、ロングソードをつきつけた。

「金の隠し場所を話せ」

「…………ばぁか、話すかよ」

 隊長は怒りもせず、ロングソードを鞘に納めた。

「ウィル」

「なんでしょうか?」

「銀貨10枚払ったな」

「いただきました」

 アーロン隊長がニヤリとした。

「10枚分働け」

 会ったのだから、オレは銀貨10枚分働いたはずだ。だが、アーロン隊長には『金の在処』が銀貨10枚らしい。

 オレはズボンのポケットから紙を一枚取りだした。

 机に広げた。

 アーロン隊長が飛び下がった。扉のノブを握り、すぐに廊下に飛び出せる体勢だ。

「あー、見ればわかると思いますが、魔法陣です」

「ムーのか!」

「はい」

 オレは雪だるまに言った。

「その縛られている手を、この魔法陣に乗せていただけませんか?」

「バカだろ」

「勘違いされると困るのですが、金の在処がわかる魔法陣でありません」

 雪だるまが怪訝な顔をした。

「取調室に入ることがあれば使って欲しいと、ムー・ペトリに頼まれまして」

「おい、まさかと思うが、そいつは」

 アーロン隊長が焦った声を出した。

 雪だるまがオレに顔を近づけた。反動で金髪のカツラが後ろにずれた。

「こいつは、あれか?」

「あれです」

「本当だろうな?」

「ムーという人間は、高い壁があるとぶちこわしたくなる人間でして」

 アーロン隊長が「やめろ!」と怒鳴ったが、ドアの前から移動する気はないようだ。

 苦い経験が脳の記憶領域を埋め尽くしているのだろう。

 雪だるまが楽しそうに言った。

「悪名高いウィル・バーカーがボランティアでもしたくなったのか?」

「もちろん、報酬はいただきます。失敗したらお代はなしということで、試してみませんか?」

「面白そうだな」

 雪だるまはニヤリと笑うと、魔法陣に両手を乗せた。



「返すぞ」

 カウンターで店番をしていたムーに、魔法陣を投げた。

「どうだったしゅ?」

「オレは、自白の魔法陣だと思っていた」

「私は爆破の魔法陣だと思った。取調室が壊れるのではないかと、ヒヤヒヤした」

 アーロン隊長が言った。

 オレにくっついて桃海亭にやってきたのだ。

「ムー・ペトリ。あれはいつ戻る?」

「取調室内で、魔法陣は発動したしゅ?」

「発動した」

「成功したしゅ?」

「成功が〈猿化〉だったら、成功だ」

 ムーがVサインを出した。

 雪だるまの手が魔法陣に触れると、瞬時に猿になった。オレとアーロン隊長は驚かなかったが、猿になった雪だるまはパニックになって、暴れて大変だった。

「3日後しゅ。勝手にもどるしゅ」

 アーロン隊長がうなずいた。

「猿になったことが堪えたらしい。金の隠し場所を紙に書いた。隠し場所がダイメンなので、明日猿の引き渡すときに一緒に調べてくる」

 アーロン隊長が出ようとした扉から、シュデルが入ってきた。オレに気づくと目をつり上げた。

「店長、どこへ………」

 アーロン隊長に気づいた。

「何かあったのですか?」

 オレが答えた。

「犯人の自白を取るのを手伝っていた」

「店長が、自白の手伝いですか?」

「おかしいか?」

「いえ、自白でしたら、そこに置いてある〈フォルセティの指輪〉をはめればわかるのではないでしょうか?」

「あぁーーーー、その手があったか」

〈フォルセティの指輪〉をはめたものは、問われれば、必ず答える。そして、真実しか話すことが出来ない。

 両手で頭を抱えたオレを、アーロン隊長が冷たい目で見た。

「自分が古魔法道具店を経営しているということを忘れているのか?」

「いや、寝ているところを起こされたから」

「ムー・ペトリの魔法陣は覚えていたようだが」

「あれは前に取調室に入ったら使って欲しいと渡されたもので…………〈フォルセティの指輪〉を使えば、一秒で済んだのに」

 悔しがっているオレを一瞥すると、アーロン隊長は店を出ていった。

 シュデルが両手を腰に当てた。かなり、怒っている。

「店長!早朝から勝手にひとりで出かけないでください!」

「店内にメモを置いたぞ」

「メモなどありませんでした。店長がいなくなって、ムーさんが残っているで心配しました。いま、魔法協会に行って、店長がトラブルに巻き込まれていないか聞いてきたところです」

「メモは書いて、そこのテーブルの………おい」

 オレとシュデルは、扉の側にいる。

 ムーはカウンターに座っている。

「なんで、ムーがカウンターにいるんだ?」

 店番が嫌いなムーが、店番をしている。

「ムーさんがしてくれるというので、留守番をお願いしまし…………あっ」

 青ざめたシュデルが商品を飾ってあるテーブルの引き出しを開けた。

「ない、ないです。店長!」

「ムー、どこに隠した!」

 オレとシュデルが探しているのは、古道具屋から地味に集めた偽ロッドだ。

 昨日、マーカーを表示させた地図に、予定外のピンクの点が現れた。そのとき、ムーは『失敗しゅ』と笑った。異次元召喚の失敗は多いが、この手の仕事で失敗することはほとんどない。

 オレはピンクの点が表示されていた場所を覚えおいた。固まって表示されていたのは、古道具屋だ。離れて、ひとつだけポツンと表示された点のところに行ってみると、偽のロッドが持った男が青い顔で座り込んでいた。店に戻ってシュデルに相談。シュデルもおかしいと思っていたらしく、男が持っていた偽のロッドを買うことに同意してくれた。店に戻って専門の魔法道具に分析してもらうと、特殊な魔法金属が混じっていることが判明。買い取り用の資金をつぎ込んで、手にはいるだけ購入した。

 買い取りに使った金額、金貨10枚。販売予定価格 金貨200枚。

 桃海亭は財政難から解放されたはずだった。

「ムーさん、返してください。あれは店の運営資金をつぎ込んだものです。あれがないと桃海亭が回りません」

「ほよしゅ?」

「シュデル、ムーで間違いないんだな?」

「道具達もムーさんが店から持ち出したと言っています。僕に頼まれたから、届けるのだと言ったそうです」

「ムー、店が潰れると困るはお前だろう!」

 カウンターに身を乗り出して、怒鳴った。

 ムーがズボンのポケットに手を入れた。

「あげるしゅ」

 カウンターに置かれたのは金貨10枚。

 触ってみた。

 なま暖かいが、本物だ。

「これでお店は大丈夫しゅ」

 ニコニコと笑っている。

 オレは急いで金貨をシュデルに渡した。シュデルが奥の金庫に保管に行った。

 オレは息を整え、さりげなく聞いた。

「ムー、あの魔法金属で何を作るんだ」

「ボクしゃん、作れないしゅ」

 その後、続けて言った。

「だから、設計図と一緒に送ったしゅ」

「やっぱ、お前が犯人かぁ!」

 オレの渾身の一撃が、ムーの頬に炸裂した。



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