「イミテーション・ロッド」<エンドリア物語外伝95>
「偽物です」
「嘘だろぉー!」
シュデルにロッドを返された若者が、悲痛な声を上げた。
5分ほど前にロッドを買い取って欲しいと、桃海亭に飛び込んできた。
「もう一度、きちんと見てくれよ。頼むよ」
「何度見ても結果は変わりません。最近出回っているDC880シリーズの偽物です」
シュデルが落ち着いた声で言った。
「そのロッドを買われたのは、露店ではありませんか?」
「友達が譲ってくれたんだ。水系のロッドは使う予定がないから、安くしてやるって………くそっ、あいつ、知っていたな」
「かなりの数の偽物が出回っているようで、当店にも今月だけで8本も持ち込まれました。似たような偽物にAF560シリーズがありますから気をつけられるといいと思います」
「なあ、安くてもいいから買い取ってくれよ」
「このロッドは魔法を撃てません。売りたいのでしたら、古道具店にどうぞ」
毅然としたシュデルの態度に、交渉の余地がないとわかると若者はスゴスゴと帰って行った。
シュデルが眉をひそめた。
「ロッドが使えないのに、高く売れるいう言葉につられて買ったのです。損をしても自業自得です。相手をする古魔法道具店も暇ではないのです」
シュデルが怒るのも無理がない。
ニダウの古魔法道具店は、この偽物ロッド騒ぎで困っている。
評判の悪い桃海亭ですら、ロッドを買い取ってくれという依頼は、今月だけでDC880シリーズで9本、AF560シリーズは23本もあった。ロイドさんの店など、先週だけで50本以上持ち込まれたそうだ。
「誰がやっているんだろうな」
数が多いので、情報も多い。
路地を歩いていると、露店があり、ロッドが並べられいる。見ていると、欲しくなって買う。気づくと、露店は消えていて、ロッドを片手に立っている。高額な買い物をしたことに気がつき、古魔法道具店に駆け込む。露店の代わりに、見知らぬ行商人に声をかけられて買ったというのもある。
この2つのパターンが圧倒的に多いらしい。
狙われるのは、財布に金がある一般人。
何かに引き寄せられるように路地に入ることから、魔法を使った詐欺ではないかと噂されている。
「この騒ぎ、いつになったら終わるんだよ」
「犯人を早く捕まえて欲しいものです」
オレもシュデルも、偽ロッド事件にうんざりしていた。
「ウィル、力を貸せ」
昼過ぎにニダウ警備隊のアーロン隊長が桃海亭にやってきた。
「オレは忙しいので、手が必要でしたらムーを貸します」
「冗談につきあっている気分じゃない」
オレは本気で言ったのだが、そうは思ってはくれなかったようだ。
「偽ロッド事件を知っているな?」
「はい」
「被害届が急増しており、調査することになった」
「わかりました。今度偽ロッドを売りに来たら、連絡します」
「いや、手伝って欲しいのは、犯人逮捕だ」
「犯人が見つかったのですか?」
「これから見つけるのだ」
「頑張ってください」
「囮はお前に決まっている」
「オレはしがない古魔法道具屋です。囮は無理です」
アーロン隊長は、笑顔を浮かべた。
怒るだろうと予想していたオレは、戸惑った。
「偽ロッド事件はニダウだけではない。隣国のタンセド公国は3ヶ月前から多数出回っている」
笑顔を崩さず、アーロン隊長は話を続けた。
「エンドリアでも先月から大量にでたことから、タンセド公国と協力して捜査するという方向で話が進んでいた。そこにダイメン王国から捜査に参加したいという打診があった」
「ダイメンでも偽ロッドが見つかったんですか?」
アーロン隊長がうなずいた。
「先月の終わりに、大量に売られたそうだ。いまは治まっているが、早急に犯人逮捕して、この件の決着をつけたいそうだ」
アーロン隊長が、オレの肩をポンポンと叩いた。
「ルハレク王国でも見つかっていることから、魔法協会が広域捜査を打診してきた」
オレの額にじんわりと冷や汗が浮かんだ。
「魔法協会の申し出を受けるべきか、王は迷っていられる。もし、受けると捜査を指揮するのは、魔法協会になるだろうな」
背中にも汗が浮かんできた。
「ウィルが自主的に囮を申し出てくれるなら、王は3国での合同捜査を行うつもりだ」
魔法協会が来るとなると、戦闘部隊が来る可能性がある。オレは戦闘部隊と相性が悪い。
「わかりました。囮をやります」
「何か言ったか?」
アーロン隊長が楽しそうだ。
「囮をやらせてください。お願いします!」
「王に伝えてこよう。その間に囮になるための準備をしておけ」
上機嫌でアーロン隊長は店を後にした。
「囮になるための準備って、何だ?」
オレが考え込んだ隣で、シュデルが困った顔をした。
「アーロン隊長が見落とされるとは珍しいですね。よっぽど、店長を囮にしたかったのですね」
「何を見落としたんだ?」
シュデルが花咲くように微笑んだ。
「店長には囮ができないということをです」
「なんということだ」
アーロン隊長が頭を抱えた。
「王には既に報告しており、3国で共同捜査をすることが決定している。それなのに、肝心要の囮がこれでは………」
「店長以外に囮になりそうな人物はいないのですか?」
「ウィル以外に死んでもよさそうな…………ゴホッ、囮ができそうな人物か。魔力がなければムー・ペトリだな」
「ムーさんは売るほど魔力がありますので、別の方で」
「誰かいたかな」
アーロン隊長が腕を組んだ。
今回の囮、3つの条件が揃ってないといけない。
1つめ、人畜無害そうで、特徴がなく、影の薄い人物。
2つめ、魔力がない人物。
3つめ、大金を持っていそうな人物。
シュデルに努力はした。
貸衣装店でアーロン隊長のツケで高そうな服を借りてきた。オレの髪を整え、磨いた靴を履かせた。
「店長だと、これが限界です」
「金をはたいて貸衣装を借りた貧乏な若者にしか見えないな」
「金持ちに見せようというのが、無理があるのです」
「しかし、囮で殺されてもいいとなると…………ゴホッ、囮で怪我をしないだけの運動神経を持っている人物となると、ウィル以外に思い浮かばない」
椅子に座っていた見ていたムーが、手を挙げた。
「ボクしゃん、提案がありましゅ」
「言ってみろ」
「犯人はニダウの住人だしゅか?」
「いや、違うようだ」
「それなら、ウィルしゃんに、いつもの服を着せるしゅ」
「それだと、極貧の若者になります」
頑張ったシュデルが、不満げに言った。
「ウィルしゃんに金貨を入れた透明な箱を持たせて、ニダウの町を散歩させるしゅ」
アーロン隊長がニヤリとした。
「なるほど、面白いアイデアだ」
「金貨の箱は露骨すぎます。銀行で使っている輸送用の金袋はどうでしょうか?」
「手配しよう」
「お願いします」
「ボクしゃん追尾用の地図を作るしゅ」
「ウィル、犯人にマーカーをつけられるか?」
「努力はします」
「明日の朝に行動を開始する。それまでに準備を頼む」
「わかりました」
「はいしゅ」
「本当にやるんですか?」
考えたら、囮をやるより魔法協会がニダウにきている間、オレがニダウから出ればいいだけだ。その方が、楽で、命の危険がない。
貸衣装の請求書をアーロン隊長に渡していたシュデルが冷たく言った。
「店長、往生際が悪いです」
早朝、桃海亭にやってきたアーロン隊長に渡されたのは、金貨30枚入った現金輸送用の麻袋と魔法金属でつくられたマーカー。麻袋はエンドリア銀行からの借り物、金貨は国営カジノからの借り物、マーカーはダイメンの国軍から借りた物だ。金はもちろん、マーカーも『なくすな』言われている。マーカーは大麦と同じくらいの大きさだが、特殊な魔法金属で金貨3枚もするらしい。
「こんなんで、本当に引っかかるのか」
朝9時からニダウの町をうろついている。10時半頃に人相の悪い一団が、オレが担いでいる金袋に目を付け、因縁をつけてきた。オレが囲まれていることに気づいたニダウの住人達が、オレを救おうと集まった。が、囲まれているのがオレだとわかった途端、興味を失ったように戻っていった。
通りがかった観光客が奇妙に思ったらしく、住人に『助けないのか』と聞いた。聞かれた住人は笑顔で観光客に『助ける必要のない人物なんです』と言った。『助ける必要がない』というのが、自分で逃げられるという意味なのか、それとも、助けるに値しない人間という意味なのかわからないが、オレは逃げた。軽快な動きで、追ってくる奴らを巻いた。そのあとは、路地から路地へと歩きつづけているが、誰も声をかけてこない。
正午を告げる鐘がニダウの町に鳴り響いた。
「昼飯を食いに帰るか」
帰るために回れ右をしたオレの前に、男が立ちふさがった。
40歳半ば。馬顔で、栗毛色の短い髪。長身で、背中には大きな箱を背負っている。
「ロッド、いらんかね?」
「いらない」
オレは男の横をすり抜けようとした。男はオレの前に素早く移動した。
「綺麗なロッドだよ」
「魔力がない」
「安く売ってあげよう。気に入らなかったら、古魔法道具屋に売るといい。高く買い取ってくれるはずだ」
「金がない」
「その担いでいる金袋に入っているだろ」
男が腕を上げて、オレの背中の金袋を指した。
「あるが………」
男の手が、オレの目の高さになった。
指輪がはまっている。
赤い、光る、宝石が。
ロッドが欲しくなった。
「いくらだ?」
欲しいが、欲しくない。
金袋の金は、アーロン隊長が国営カジノから借りてきた金だ。使ったら、オレがニダウから追い出される。
「金貨20枚」
金貨20枚なら、入っている。
「見せてくれ」
男が背負っていた箱をおろした。中から取りだしたのは水系ロッド、DC880シリーズ。
「綺麗だな」
新品だ。傷一つない。本物なら、古魔法道具の通常買い取り価格金貨5枚だ。
「金貨20枚は高くないか?」
本物でも、金貨15枚の損になる。
男が声を潜めた。
「お客さん、これは他のと、ちょっと違いましてね」
ロッドの先端を指した。
「ここから特殊魔法がでるようなっているんですよ」
「へぇー」
オレが先端に触れようとすると、ロッドを素早く引っ込めた。
「先にお代をお願いします」
男が「へへっ」と笑い、手を出した。
「いらない」
「えっ!」
男が驚愕した。
オレに魔法にかかっているのは間違いない。
ものすごく欲しい。
欲しくて、欲しく、たまらないが、脳内で誰かが喚いている。
『金がない』
男がオレの前に手をかざした。
指輪の宝石が、何度もチカチカと点滅する。
欲しい。
めちゃめちゃ、欲しい。
脳内の声が喚いた。
『金がない!金はない!金なんてない!』
男がオレを凝視している。
「やっぱ、いりません」
男の口がカッパリと開いた。
「じゃあ、さようなら」
オレは右手をあげて、挨拶して、路地を後にした。
振り返らなかった。
振り返って、まだ男がいたら、殴り倒してロッドを強奪しそうだ。
店に戻ると、アーロン隊長とムーがテーブルに広げた地図をのぞきこんでいた。
「動いているぞ」
アーロン隊長が指した先には、赤い点が点滅していた。
マーカーの位置を示す点だ。
オレが挨拶に右手をあげた。その時、男の注意が右手にいった。オレは左手で、素早くマーカーを弾いて、男の服に当てた。
赤い点が西に向かって移動しているところをみると、成功したようだ。
「なんだ、これ?」
赤い点とは別に、かなりの数のピンクの点が表示されていた。
「魔法の地図、失敗したしゅ」
ムーが恥ずかしそうに、デヘヘと笑った。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫しゅ。それより、ウィルしゃんにかけられた魔法を解いとくしゅ」
ムーが片手を上げて、おろした。
「かかってないしゅ」
「へっ?」
「どういうことだ?」
アーロン隊長が
「かけられた痕跡はあるしゅ。でも、かかってないしゅ」
「”時間”で解除したのか?」
ムーが首を横に振った。
「”ロッドを買う”と解除する魔法しゅ」
シュデルが、誰のいない方向に向かってうなずいている。見えない何かが、シュデルに話しているのだろう。
シュデルの動きが止まると、アーロン隊長が聞いた。
「わかったか?」
「はい。店長は魔法にかかりそうになったけれど、かからなかったようです」
「魔法を避けたのか?」
「いいえ、魔法をかけたのは三流の魔術師ですが、発動には問題はなかったあようです。魔法にかからなかったのは、店長が強靱な意志ではね除けたようです」
アーロン隊長が驚いた顔をした。
「ウィルがか?」
「はい」
「間違いではないのか?」
「間違っていません」
シュデルが断言したが、アーロン隊長は納得がいかないようだ。
しかたなさそうに、シュデルが補足説明を加えた。
「店長はお金を出せなかったのです。偽物とわかっているロッドに金を払えなかったのです」
「魔法はかかっていたのだろう?」
「桃海亭の今週の生活費は、あと銅銭8枚です」
アーロン隊長の驚愕した。
目が見開いて、身体がのけぞっている。
「………それで、食えるのか?」
隊長の言葉遣いがぞんざいになっている。
「食べられません」
シュデルが薄笑いを浮かべた。
「店長は骨の髄まで貧乏が染み込んでいるのです。三流魔術師の魔法ぐらいでは、金貨を渡すことはできないのです」
シュデルは浮かべていた薄笑いを、穏やかな笑みに変えた。
「これがハニマンさんの魔法なら、店長も簡単にかかったと思います」
「魔術師の力量で、魔法にかかる確率に差が出るのか?」
「ドラゴンに例えるとハニマンさんはゴールデンドラゴンで、偽ロッド売りはドラゴンフライです」
アーロン隊長が複雑な顔をした。
ドラゴンフライはドラゴンじゃない。トンボだ。
石牢に閉じこめられていたシュデルは、一般常識がなく、知識が偏っている。魔法道具や記憶の破片に助けられているが、時々変なことを言う。
アーロン隊長がテーブルに広げられた地図を手早く丸めた。
「ウィル、世話になった。これから、私は偽ロッド売りの逮捕に行く」
ドアノブに手をかけたアーロン隊長が、振り向いてシュデルを見た。
「飢え死にしそうになったら、警備隊の詰め所に顔を出せ。お前にはパンくらい食わせてやる」
シュデルが深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
「ウィル、起きろ!」
翌朝4時、アーロン隊長にたたき起こされた。
オレは布団に潜った。
「警備隊なのに、民家に不法侵入するのはやめてください」
「起きろ!」
布団をはがされかけて、オレは渋々起きあがった。
「なんですか?」
「偽ロッド詐欺グループの首領がお前に会いたいそうだ」
「オレは会いたくないです」
横になろうとしたとき、ベッドに剣が突きたった。
「今日の昼間、首領をダイメンに引き渡す。その前に知りたいことがある。話す条件にお前に会ってみたいそうだ」
「頑張って、尋問してください」
「寝たくないのか?」
アーロン隊長が剣をグリグリとねじ込んだ。
剣はベッドの真ん中に刺さっており、抜いてもらわないと眠れない。
「なんで、オレなんです?」
「牢屋に入る前に、有名のウィル・バーカーに会ってみたいそうだ」
「どんな奴なんです?」
「金髪のロングヘアのカツラを被った雄の雪だるまだ」
「へぇーーー……すみません。オレ、雪だるまには興味ないです」
アーロン隊長がポケットから小袋を出した。
振ると硬貨のぶつかる音がする。
「銀貨10枚でアルバイトをしないか?」
オレは両手を差し出した。
「よろこんでやらせていただきます」
「こんなもので、騙されるかよ」
オレを見た金髪の雪だるまの第一声だ。
場所はニダウ警備隊詰め所の地下の取調室。
「残念だが、本物だ」
オレの後ろにいたアーロン隊長が言った。
取調室にいるのは、扉に近い方から、アーロン隊長、オレ、机を挟んで色白の丸顔の男が座っている。
雪だるまは言い過ぎだが、丸っこい顔と体をうまく表現している。
オレは笑顔で会釈した。
「こんなものと思われるかもしれませんが、オレが本物のウィル・バーカーです」
「だっせぇー」
唇をゆがませると、机に頬杖をついた。
「こんなもん、見る価値、ねぇだろ」
両手を机につくと、立ち上がった。
身体が揺れて、金髪のカツラがずれた。
「オレは帰るぜ」
「残念だが、帰らせるわけにはいかない。それと約束通りウィル・バーカーに会わせたのだ。金の隠し場所を教えてもらおう」
そう言ったアーロン隊長の前に、雪だるまは両手をつきだした。手錠がはまっている。魔法文字が刻まれているところからすると、金髪雪だるまは魔術師なのだろう。
「はずしてくれよ」
「金の隠し場所はどこだ?」
「ちっ、面倒くせぇねえなぁ」
つまらなそうに言った金髪雪だるまは、すぐにニヤリとした。
「勝手に帰るわ」
指の間に隠し持っていたらしい、黒い小さな破片が床に落ちた。破片が液状の広がって、黒い円が床に描かれた。
「あばよ」
金髪雪だるまが、手を軽く持ち上げた。
「お気をつけて」
オレが言った。
「どこにいくのだ?」
アーロン隊長が聞いた。
「そいつは秘密だな」
金髪雪だるまが、黒い円に足を入れた。そして、そのまま停止した。
「どこに行くつもりだ?」
アーロン隊長が再び聞いた。そのアーロン隊長に金髪雪だるまが飛びかかった。
「てめぇーー、何をしやがった」
アーロン隊長は後ろに飛び下がると、抜く手も見せない早業で、剣の腹で雪だるまを殴った。雪だるまは壁に背中から激突して、床に崩れ落ちた。
オレは雪だるまの側にひざまずいた。
「大丈夫ですか?」
「な、なんでだよ………」
雪だるまは戦意喪失している。
容疑者への説明はアーロン隊長の仕事だが、アーロン隊長は肩にロングソードを担いで雪だるまを睨んでいる。説明する気ゼロだ。
オレが仕方なく説明した。
「ボロい取調室に見えますが、壁に特殊なシステムが仕込まれていて、魔法は正常に発動しないんです」
雪だるまの表情は納得したように見えない。
オレは説明を続けた。
「ここはニダウです。ムー・ペトリを殺しに来る人間は山のようにいます。それらを捕まえて、ここで尋問するのです。雑魚もいますが、超一流の戦士や魔術師もいるのです。はっきりいいますが、あなたではこの取調室から逃げられません。お持ちの魔法道具も当店では扱わないレベルのゴミです」
ゴミだと信じて捨ててくれれば、拾って売れる。
アーロン隊長が雪だるまの顔の前に、ロングソードをつきつけた。
「金の隠し場所を話せ」
「…………ばぁか、話すかよ」
隊長は怒りもせず、ロングソードを鞘に納めた。
「ウィル」
「なんでしょうか?」
「銀貨10枚払ったな」
「いただきました」
アーロン隊長がニヤリとした。
「10枚分働け」
会ったのだから、オレは銀貨10枚分働いたはずだ。だが、アーロン隊長には『金の在処』が銀貨10枚らしい。
オレはズボンのポケットから紙を一枚取りだした。
机に広げた。
アーロン隊長が飛び下がった。扉のノブを握り、すぐに廊下に飛び出せる体勢だ。
「あー、見ればわかると思いますが、魔法陣です」
「ムーのか!」
「はい」
オレは雪だるまに言った。
「その縛られている手を、この魔法陣に乗せていただけませんか?」
「バカだろ」
「勘違いされると困るのですが、金の在処がわかる魔法陣でありません」
雪だるまが怪訝な顔をした。
「取調室に入ることがあれば使って欲しいと、ムー・ペトリに頼まれまして」
「おい、まさかと思うが、そいつは」
アーロン隊長が焦った声を出した。
雪だるまがオレに顔を近づけた。反動で金髪のカツラが後ろにずれた。
「こいつは、あれか?」
「あれです」
「本当だろうな?」
「ムーという人間は、高い壁があるとぶちこわしたくなる人間でして」
アーロン隊長が「やめろ!」と怒鳴ったが、ドアの前から移動する気はないようだ。
苦い経験が脳の記憶領域を埋め尽くしているのだろう。
雪だるまが楽しそうに言った。
「悪名高いウィル・バーカーがボランティアでもしたくなったのか?」
「もちろん、報酬はいただきます。失敗したらお代はなしということで、試してみませんか?」
「面白そうだな」
雪だるまはニヤリと笑うと、魔法陣に両手を乗せた。
「返すぞ」
カウンターで店番をしていたムーに、魔法陣を投げた。
「どうだったしゅ?」
「オレは、自白の魔法陣だと思っていた」
「私は爆破の魔法陣だと思った。取調室が壊れるのではないかと、ヒヤヒヤした」
アーロン隊長が言った。
オレにくっついて桃海亭にやってきたのだ。
「ムー・ペトリ。あれはいつ戻る?」
「取調室内で、魔法陣は発動したしゅ?」
「発動した」
「成功したしゅ?」
「成功が〈猿化〉だったら、成功だ」
ムーがVサインを出した。
雪だるまの手が魔法陣に触れると、瞬時に猿になった。オレとアーロン隊長は驚かなかったが、猿になった雪だるまはパニックになって、暴れて大変だった。
「3日後しゅ。勝手にもどるしゅ」
アーロン隊長がうなずいた。
「猿になったことが堪えたらしい。金の隠し場所を紙に書いた。隠し場所がダイメンなので、明日猿の引き渡すときに一緒に調べてくる」
アーロン隊長が出ようとした扉から、シュデルが入ってきた。オレに気づくと目をつり上げた。
「店長、どこへ………」
アーロン隊長に気づいた。
「何かあったのですか?」
オレが答えた。
「犯人の自白を取るのを手伝っていた」
「店長が、自白の手伝いですか?」
「おかしいか?」
「いえ、自白でしたら、そこに置いてある〈フォルセティの指輪〉をはめればわかるのではないでしょうか?」
「あぁーーーー、その手があったか」
〈フォルセティの指輪〉をはめたものは、問われれば、必ず答える。そして、真実しか話すことが出来ない。
両手で頭を抱えたオレを、アーロン隊長が冷たい目で見た。
「自分が古魔法道具店を経営しているということを忘れているのか?」
「いや、寝ているところを起こされたから」
「ムー・ペトリの魔法陣は覚えていたようだが」
「あれは前に取調室に入ったら使って欲しいと渡されたもので…………〈フォルセティの指輪〉を使えば、一秒で済んだのに」
悔しがっているオレを一瞥すると、アーロン隊長は店を出ていった。
シュデルが両手を腰に当てた。かなり、怒っている。
「店長!早朝から勝手にひとりで出かけないでください!」
「店内にメモを置いたぞ」
「メモなどありませんでした。店長がいなくなって、ムーさんが残っているで心配しました。いま、魔法協会に行って、店長がトラブルに巻き込まれていないか聞いてきたところです」
「メモは書いて、そこのテーブルの………おい」
オレとシュデルは、扉の側にいる。
ムーはカウンターに座っている。
「なんで、ムーがカウンターにいるんだ?」
店番が嫌いなムーが、店番をしている。
「ムーさんがしてくれるというので、留守番をお願いしまし…………あっ」
青ざめたシュデルが商品を飾ってあるテーブルの引き出しを開けた。
「ない、ないです。店長!」
「ムー、どこに隠した!」
オレとシュデルが探しているのは、古道具屋から地味に集めた偽ロッドだ。
昨日、マーカーを表示させた地図に、予定外のピンクの点が現れた。そのとき、ムーは『失敗しゅ』と笑った。異次元召喚の失敗は多いが、この手の仕事で失敗することはほとんどない。
オレはピンクの点が表示されていた場所を覚えおいた。固まって表示されていたのは、古道具屋だ。離れて、ひとつだけポツンと表示された点のところに行ってみると、偽のロッドが持った男が青い顔で座り込んでいた。店に戻ってシュデルに相談。シュデルもおかしいと思っていたらしく、男が持っていた偽のロッドを買うことに同意してくれた。店に戻って専門の魔法道具に分析してもらうと、特殊な魔法金属が混じっていることが判明。買い取り用の資金をつぎ込んで、手にはいるだけ購入した。
買い取りに使った金額、金貨10枚。販売予定価格 金貨200枚。
桃海亭は財政難から解放されたはずだった。
「ムーさん、返してください。あれは店の運営資金をつぎ込んだものです。あれがないと桃海亭が回りません」
「ほよしゅ?」
「シュデル、ムーで間違いないんだな?」
「道具達もムーさんが店から持ち出したと言っています。僕に頼まれたから、届けるのだと言ったそうです」
「ムー、店が潰れると困るはお前だろう!」
カウンターに身を乗り出して、怒鳴った。
ムーがズボンのポケットに手を入れた。
「あげるしゅ」
カウンターに置かれたのは金貨10枚。
触ってみた。
なま暖かいが、本物だ。
「これでお店は大丈夫しゅ」
ニコニコと笑っている。
オレは急いで金貨をシュデルに渡した。シュデルが奥の金庫に保管に行った。
オレは息を整え、さりげなく聞いた。
「ムー、あの魔法金属で何を作るんだ」
「ボクしゃん、作れないしゅ」
その後、続けて言った。
「だから、設計図と一緒に送ったしゅ」
「やっぱ、お前が犯人かぁ!」
オレの渾身の一撃が、ムーの頬に炸裂した。