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Duct8 ダクトテープは鎧も直せる1

「いらっしゃいませ!!」


 明るい女の子の声に迎えられて、俺たちは防具屋に入った。

 

 店内には、金属だけでなく、革製の鎧や盾がところ狭しと並んでる。

 

 それらは完璧に整理整頓されているわけではなく、一部の机や棚の上に防具が積み重なっていたり、大きな盾が壁に立て掛けてあったりとやや煩雑とした印象を残している。

 

 そのおかげで、客が商品を手に取りやすく、店員にも声をかけやすそうな明るい雰囲気だ。

 掃除もしっかりとしているようで、埃っぽさはない。


「おはようございます。サロメ」


 セシルがそう言って店員の女の子に大きく手を振った。

 

 サロメと呼ばれた女の子は10代後半ぐらいで、赤茶色の髪を後ろで1つに縛っていて、赤と黄色のチェック柄のシャツを腕まくりしている。

 そばかすのある頬は健康的に赤らんでいて、風貌だけで元気な印象を受けてしまう。

 

「あれ、セシル。聖地に行くからって、おとといに来たばかりじゃない。もう鎧が壊れたの? それとも、聖地でいい男を2人も見つけたから自慢しに来た?」


 セシルの後ろに俺とグラを見つけたサロメは、そう言うと大きく口を開いて笑ってみせた。

 

 いい男ですって、やーだー。

 お世辞とわかっていても悪い気はしないな。

 こういう明るい看板娘がいる店は繁盛するんだよな。

 

「紹介しますね。勇者のリョウ様と、お友達のグラスネージャです」

「どうも、リョウです。ちなみに、勇者じゃありません」

「始めまして、お嬢さん。ちなみに、男ではなく、女だよ」


 グリはそう言ってほほ笑むと、サロメの手を取って、軽く口づけをした。


「えっ!? やだ、ごめんなさい。私ったら、てっきり……」


 サロメは途端に顔を真っ赤にさせると、恥ずかしそうに手を引っ込めた。

 

「こんなに肌が荒れた手に口づけだなんて……」

「その手荒れは、君が誇りを持って仕事をしている証しだ。素敵なことだよ」


 サロメが背中に隠した両手をグラが強引に前に引っ張り出し、手の平で優しく包み込んだ。

  

 うーん、この展開は……まさに百合っぽい。

 

 俺は物語の萌え要素としての百合は嫌いではない、どちらかというと好きだ。

 しかも、男装の麗人と素朴な町娘の百合あらば、身分差の要素も感じられてなお良い。


 しかし、俺は?

 サロメさん、勇者と呼ばれた俺への反応は? 

 なんか、かまってもらえないと寂しいぞ。

 

 しかし、そんな俺の思いとは裏腹に、サロメの戸惑った瞳はグラにくぎ付けだ。

 まるで、なにかに魅入られたかのように……。 


 それをいいことに、グラはサロメの手を取ったまま、妙に顔を近づけた。 


「意外だね、君のような素敵な子とセシルが知り合いとは……」

「ちょっと、どういう意味ですか。知り合いどころか、お友達です! この街を拠点に聖地探索をしている間にお友達になったんです」


 セシルがムキになって反論するが、グラはまともに取り合わない。


「アホのセシルに素朴な町娘の友達ができるなど妄想じみているが、本当かいお嬢さん?」

「あっ、本当です。セシルとは友達で……その、お嬢さんじゃなくて、サロメって呼んでください……お嬢さんだなんて、似合わなくて恥ずかしい……」

「サロメ。良い名だね。何度でもつぶやきたくなる」


 グラはサロメの頬をサラリと撫でる。

 その途端、「あっ……」とサロメの口からかすかな吐息が漏れた。


「ちょっと、グラスネージャ。サロメが困っています。そういうことは止めなさい」

「私は、こういう無垢で炎のように元気な子が好きなんだ。知っているだろう?」


 グラはセシルの制止を無視して、サロメのあごに手をかける。


「あっ、だめです……」と恥じらうサロメ。

「だから、やめなさい!!」と止めに入るセシル。

 

 だーから、俺は!?

 俺を置いたまま女子だけで会話を進めないで!

 

 この人は勇者です、わーすごーい、違いますよワハハハハの会話のコンボはどうした?

 ダクトテープ万能、最強、すごーいはいいのか?

 

 などと、思っているうちに、グラがサロメを店の端の壁際に追い込んで、サロメの股の間に太ももを突っ込んだ。

 壁を背にしたサロメの膝がガクガクと震え出す。


 ――百合ファンのオレ様歓喜!!

 

 さらに、あろうことか、グラはサロメの上着のボタンにまで手をかけだした。

 それも、一つではなく、二つ、三つと手をかけていく。


 わー、わー、わー、それ以上のボタンを取ると胸が見えてしまうのだ!! 

  

 それなのに、サロメは嫌がるどころか、相変わらずグラの瞳を一心に見つめている。

 しかも、その瞳には戸惑いとか、恥じらいとか、混乱といった感情が感じられなくなっていた。

 まるで生気が吸い取られたような感じ……。

 

 さすがに変だと気付いた。

 仮にサロメが百合でグラを気に入ったとしても、人前でここまで大胆になるのは不自然だ。


 もしかして、グラの奴、魔法で何かしているんじゃないか……?


「ねえ、セシル……」

 

 セシルに止めてもらおうと思って呼びかけたが、彼女は「や、やめなさい」と言いながらも、真っ赤な顔を両手で覆って動けないでいる。

 しかも、その指の間からはしっかりと瞳が見えている。

 つまり、ガッチリと2人を見ている。

 

 くっ、ダメだセシルは使い物にならん。

 ここは俺がなんとかしないと。

 

 どうやら、グラがなんらかの手段でサロメを惑わせ、正気を奪っているようだ。 

 では、サロメを正気に戻すにはどうすべきか?


 くそっ、この技は使いたくなかったが、仕方がない。

 背に腹は代えられない。


 俺は小学生のように大きく右手を挙げると、大声で叫んだ。


「店員さん!! 防具をみせてください!!」


 俺の声を耳にしたサロメは、途端にわれに返った様子で「あっ、はい、ただいま」と声を上げた。

 そして、はだけた襟を合わせながら慌てた様子で店の中央に戻ってきた。

 

 その瞳は、商売人としての意欲と責任に満ちている。

 

 俺が店内の様子やサロメの第一声から察した通り、彼女は職業意識の強い子なのだ。

 そして、商売人にとって客のひと言に勝るものはない。

 サロメは俺という客の出現に、自分が防具屋であることを思い出したのだ。


「あーあ、もう少しでチャームの魔法が完成して、私のものになったのに……」


 グラが名残惜しそうに自分の太ももと、去っていったサロメの後ろ姿を交互に見つめている。

 

 というか、君の言うチャームの魔法って、魔族が人間を虜にして下僕化してしまう的なアレなんだな。

 

 危なかった。

 もう少しで、素朴で純情な町娘を、百合な魔族の毒牙にかけるところだった。

 とっさの判断でサロメを救えてよかった。

  

 しかし、グラにはMっ気があると思っていたけど、基本はやはり支配したい側なのね。

 しかも、そっちの場合は女の子が好きとか、どんだけギャップ持ちなんだ……。

 

 まあいい、グラにはしばらく店の隅でいじけていてもらおう。


 だって、グラの所為で、なりゆきで俺が防具を買うことになったんだからな!

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