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Duct6 ダクトテープをスローなライフに生かそう

 無事に朝食を終えた俺は宿屋の外に出た。

 きれいな青空が広がる快晴で、外気には朝の爽やかな冷気がまだ残っている。


 目の前には、木と土壁でできたかわいらしい家々が石畳の狭い道路を挟んで建ち並んでいた。

 家々の窓からは、花が植えられた鉢がぶら下がり、文字通り街頭に花を添えている。

 

 街の様子を見る限り、俺がゲームやアニメで慣れ親しんできた西洋風のファンタジー世界そのものといった感じだ。

 

 宿屋は小路にあるようで、小路の先には大勢の人々が行き交う姿が見える。

 行き交う人たちの服装はまちまちだが、やはり俺の知っている西洋風ファンタージーの世界のそれと同じだった。 


 それにしても、大通りはにぎやかだ。

 結構、大きな街なんだな。


「さあ、買い物に行きましょう」


 セシルが俺を先導するように大通りの方向へと歩き出した。

 

 黙ってついていく俺の半歩後ろには、グラが太陽を恨めしげに見つめながらついてきた。

 どうやら、天気の良い日は好きではないようだ。

 氷属性だからかな?

 

 それにしても、朝から買い物って、どの世界でも女の子の好きなことは変わらないようだ。

 

 まあ、俺としては、初めての異世界の街だ。

 買い物に付き合いがてら、存分に街を見学して、人々の暮らしぶりを観察しよう。

 これからのスローな生活へのヒントを探さなきゃな。 


「ところで、買い物って、何を買うんだい?」

「防具屋です。今日から冒険に出るリョウ様の記念すべき初装備を選びましょう!」


 俺の何気ない質問に、セシルが満面の笑みで振り返った。

 

 うむー。まだ、俺を勇者にすることを諦めていないのか。

 俺が思案顔をしていると、グラが気だるそうに声を上げた。


「リョウが着ているスーツってのは勇者の証なんだろ? 防具なんていらないんじゃないのか」

「証は証として大切ですが、さすがに布1枚では、実戦で心もとありませんから」

 

 やはり、スーツは戦闘には向かないのか。

 それにしても、ちゃんと防具を装備していないと怪我するって、元の世界の生活ではあり得ない危険レベルだな。

 やはり冒険は命がけなのだ。


 そして、このままセシルについて行くと、初めての街で装備を整え、いざ、冒険へっていう、ゲームにありがちな流れになりそうだ。

 ここは、防具屋に行くことを全力で回避せねば。 

 俺は安全な場所で、仕事もせずにのんびりと第2の人生を送るんだ。


「ねえ、セシル。防具屋には行かなくて、いいんじゃないかな?」


 俺のひと言に、前をゆくセシルが急に足を止めた。


「どうして、そんなことをおっしゃるのですか?」


 振り返ったセシルはほほ笑んではいるが、おでこにうっすらと青筋が浮かんでいた。


 もう、怒りん坊さんなんだから。

 しかし、ここでまた勇者をやる、やらないと言い合いになると、セシルの怒りの鉄拳がふってきかねない。

 

 ここは、いきなり「勇者やりたくない。防具屋行かない」という本筋を議論するのではなく、微妙にずれた議論をしていきながら、気付けば本筋解決という作戦を取ろう。

 本丸を攻める前に、埋められる堀は埋めておかないとな。


「防具よりも服が買いたいなと思ってさ。せっかく異世界に転生したんだ、服装も異世界らしくしたいじゃないか。スーツもしわだらけでかっこ悪いし」


 俺はヨレヨレのしわだらけとなったスーツの襟を引っ張って見せた。

 

 セシルが昨晩に俺をベッドに寝かす際、スーツを脱がせなかったため、スーツ○ンパ○ーで買ったばかりのいっちょうらが無残な姿になってしまった。

 

 元の世界では、せめて上着は脱がないと、しわくちゃになってしまうのは常識だが、スーツという文化がない異世界のセシルにはそれがわからなかったのは当然だ。

 

 朝食の後、セシルに「もし、同じことがあったら、せめて上着を脱がしてからベッドに放り込んでね」とできるだけ優しく言うと、セシルはこちらが恐縮するぐらいに平謝りをしてくれた。

 

 まあ、スーツがヨレヨレになっても俺はまったく困らないし、不満もないのだが、今は彼女の弱みを少しだけ突かせてもらう。


「その……スーツの件は申し訳ありませんでした。知らぬ事とは言え、失礼をしました」


 セシルが再び頭を下げた。

 こういう素直な子の弱みを利用するのは気が引けるなー。

 でも、防具屋には行きたくないのだ。

 うぬー、もっと、こう、セシルも楽しい雰囲気にならないものか……。


「そうだ、このスーツよりも似合い服を選んでほしいな。それに、スーツの件はもう謝らなくていいからね」


 努めて優しい口調で言うと、セシルはパッと顔を上げた。

 その顔は泣き顔で、目尻には大粒の涙を浮かべている。


「リョウ様はなんとお優しいのでしょう。さすが、この世界を救う勇者様です」


 いや、そんなに感激されるほど、優しくはない……はず。

 けっこう普通の対応だよな、俺のさっきの言葉……。


「わかりました。まずは、新しい服を探しに行きましょう! でも、あくまでも、スーツの予備ですかね」


 セシルは泣き顔から一転してにっこりすると、鼻歌交じりで大通りに向かっていった。

 

 わかっていたつもりではいたが、やはり、セシルは喜怒哀楽が激しく、人との同調力が高い。

 まあ、それは、つまり……。


「セシルって丸め込みやすいだろう? 根が単純だからな」


左隣に来たグラがそう言って片目をつぶって見せた。


「でも、根っこは頑固だ。リョウを勇者にすることは生半可なことじゃ諦めないと思う」

「それは困ったな」


苦笑いを浮かべると、少し先に進んでいたセシルが振り返った。


「リョウ様遅いですよー。グラスネージャも早く早く」

 

 朗らかに右手を振るセシルに「今から行くよ」と言って手を振り返す。

 そして、歩き出そうとした瞬間、隣に居るグラへの疑問が浮かんできた。

 

 どうして買い物にまでついて来るのだろうか。

 

 だって、魔王軍の幹部でしょ?

 勇者(仮)とライバルの女剣士と一緒に居る必要なくね?

 もしかして、俺の命を狙って隙を探しているとか?

 おっかないよー。


「その……どうして、グリは俺と行動を共にしているのかな?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「聞いてないです……」

「昨日の昼に城に帰したワイバーンが早朝に戻ってきて、副王様からの命令が伝えられた」

「どんな?」

「私、リョウの監視役になったんだ」

「監視役?」

「そう。勇者をやらないならほっといていいけど、心変わりをしたら殺せって命令」

「へ、へっえ~」


 やっぱり、おっかなかったよー。

 暗殺者が常に同行してるって、どんだリスキーな生活なんだよ。

 歌舞伎町の若頭も真っ青だわ。

 

 ダクトテープでグリの口を塞げば、魔法は封じられるけど、それはあくまでも正々堂々と対峙した場合のみにできることだ。

 正直いって、寝込みを襲われたらヤバイ。

 ダクトテープを出す前に氷漬けにされ、1千年後に目を覚ますなんてことにもなりかねん。

 

 やはり、絶対に勇者なんてやらない。

 今後はやりたい素振りも見せない。

 うん、決心がさらに強まった。


「もう、遅いですよ。早くってば」と、ふくれっ面のセシル。


 その様子を見たグラは「さあ、早く行こう。せいぜい、私の期待を裏切らないようにな」と冷たくほほ笑みながら、俺の左腕を取って歩き出した。

 

 すると、セシルが「グラ! リョウ様から手を離しなさい」と慌てて引き返して来た。

 そして、グラに対抗するように俺の右腕を取ってグイグイと引っ張っていく。


 おお、まさしく両手に花状態。

 だが、右手の花の機嫌を損ねれば殴られ、左の花の期待を裏切れば殺されるようだ。

 

 ダクトテープは万能、最強とかダクトテープを信じろとか神様は言っていたけど、ダクトテープの力で今の困窮から脱することはできるのだろうか?


 うーん、まあ、なんとかなるか。

 ようは、俺がまったりライフに徹し、その素晴らしさをセシルに認めさせ、勇者になることを諦めさせるのだ。

 そうすれば、グラも俺が本気で勇者をやるつもりがないと納得し、魔王軍に帰還するだろう。 


 その目標に向けて俺が出来ること、異世界において俺にしかできない強みはなにか。

 それはダクトテープだ。

 つまり、これからは戦闘にではなく、スローライフを目指すためにダクトテープを活用していくのだ。

 

 なんといっても、ダクトテープは万能、最強で、神様が「信じろ」という程の物なのだ。

 きっと、異世界スローライフの糧になってくれるはずだ。

 

 よし、1日12時間寝て仕事をしない生活のためにダクトテープを活用しまくろう!

 今日をその記念すべき初日としよう!

 

 そんな決意をしながら両手を引きずれて大通りを歩いていると、いつの間にか「仕立屋」と書かれた看板の前まで来ていた。

 うむ、どうやら、言葉だけなく、文字までも俺が理解できるように自動翻訳されるようだ。

 

 すごく便利。

 異世界転生って素晴らしいな。


 よし、かっちょいい服を買って、異世界まったり生活を始める第1歩を踏み出すぞ! 

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