Duct3 ダクトテープで戦います2
「どうも、お待たせしました」
ペコリと一礼してから教会の外に出た。
そこでは、はんぺん女がイライラとした様子で腕を組み、つま先を上げ下げしていた。
彼女は先ほど地上に降りたワイバーンの隣から1歩も動いていなかった。
上空を見ると、残りのワイバーン4匹は相変わらず旋回中。
空の4匹は黒いが、地上の1匹は青い。
青い奴は特別に強いのだろうか。
それにしても、このはんぺん女は、俺の「ちょっと待ててください」なんて無視して、ワイバーンたちに命令して教会の扉をぶち破って攻撃もできただろうに……。
勝ち気そうな顔しているのに、魔王軍の幹部なのに、人間との約束事をしっかり守るなんて、ギャップ萌えもはなはだしい。
きっと、魔王軍の中では性格のいい子で通っているんだろうな。
こういう子は、物語の序盤で勇者によって倒された後も、冒険の分岐点で何度も襲いかかってきて、その度に敗北するという負け犬キャラになるとみた。
その悪役としての一本気が評価され、判官びいきもあって人気がでるタイプだなきっと。
「なにボーッとしてるんだ! 戦闘を始めるぞ」
おっと、物語の先読みに集中力を取られすぎた。
「えーと、確認しとくけど、俺の相手はワイバーンと君だけでいいんだよな?」
「そうだ。まずは1匹と腕試し……」
俺ははんぺん女の話しが終わらないうちに、両手を上空に向かって振り上げた。
俺の意志、頭の中で思い描く通りにダクトテープが一瞬で形を成していく。
はんぺん女がはっと息する間に、ダクトテープを何重にも編み込んだ縦横15メートルほどのネットを空中に4個作ってみせた。
相手が大きいからな、ネットも大きい方が良い。
「さあ、ワイバーン捕りの始まりだ」
ダクトテープのネットを空中で素早く移動させ、ワイバーンにぶつけた。
そして、ワイバーンの体を包み込むようにネットを2重、3重と巻きつけていく。
ワイバーンロールの出来上がりだ。
「ギッギギギイ」
「ガアアアアア」
体に異物を巻きつけられたワイバーンたちが驚いたように叫び声を上げた。
翼の力によってダクトテープが引きちぎられないように、念のためネットを1匹につき5個追加して巻きつける。
両翼の動きを封じられたワイバーン4匹が叫び声を上げながら次々と態勢を崩し、地上へとその進路を変えていった。
「なっ!?」
はんぺん女の視線が次々と落下していく部下たちに釘付けになったところで、俺は新たに作ったネット6個をはんぺんちゃんの隣のワイバーンにぶつけ、グルグル巻きにする。
結果、全5匹のワイバーンが無様に大地に転がった。
「仕上げだ」
5匹の両足をダクトテープでグルグル巻きにして、完全に動きを封じる。
口から炎を吐かれても困るので、念のために口の回りもグルグル巻きにして開けられないようにしておいた。
その途端、ワイバーンたちは観念したのか、急に大人しくなった。
そういえば、口をテープでグルグル巻きにされて大人しくなったワニを、伊豆のバナナワニ園で見たような気がする。
ワニは口を閉じる力は凄いが、口を開ける力は弱いからテープでも十分に抑えられるんだそうだ。
「貴様!!」
ようやく事態を理解したはんぺん女が俺に向かって怒りの形相を向ける。
「寒風に潜む精霊、むっぐぅ!!」
はんぺん女が呪文を詠唱しようとしたのがわかったので、すぐにダクトテープで口を封じた。
そして、そのテープをはがさないように、はんぺん女の両手もしっかりとグルグル巻きにして細身の体に固定してあげた。
「さて、勝負がついたところで、1つ提案があるんだが」
「むっ、むううううぅううう!」
はんぺん女はダクトテープを取ろうと必死に身をよじっている。
「勝負はついた。だから、話し合いをしよう」
「むぅぅぅうぅうううう!」
ああ、そうか、口を塞がれているのだから、話しができないか。
しかし、口のダクトテープを取ると呪文を詠唱してしまうな。
さて、どうしたものか。
「とりあえず、近くで話そうか。こっちに来てくれ」
俺は、はんぺん女の腰にダクトテープを巻きつけると、そのテープを一気に巻き戻した。
時代劇の殿様が女中の帯を解く「あっれええー♡」のシーンの逆再生のごとく、はんぺん女がクルクルと回転しながら俺に近づいてきた。
隣に来たはんぺん女は、刺し殺さんばかりの剣幕で俺をにらんでいる。
「そんなに怖い顔をすると、せっかくのきれいな顔が台無しだよ」
「むっむむううう!!」
はんぺん女が顔を真っ赤にした。
どうやら怒っているようだ。
「落ち着いてほしい。結構、大事な話しをするからな。今から口のダクトテープを取るけど、呪文の詠唱はしないで、まずは俺の話しを聞いてくれ」
「むぅぅうう!」
YESかNOかわからないので、取りあえずダクトテープを剝ぎ取ってみる。
えいやっと、勢いよくビリビリッと。
「いったーい!!」
口のまわりを真っ赤にしたはんぺん女が涙目で俺を見つめた。
白磁のようなきれいな肌を傷めてしまった。
「ごめん、ごめん。それで、俺の話だけど……」
「あまねく氷の精霊、むぐぅ!」
呪文の詠唱を防ぐためにダクトテープで再び口を封じた。
うむ、どうやら下手に出ても話しを聞いてくれないタイプのようだ。
こういうタイプには逆に多少は強く出た方が良いということを俺は経験で知っている。
どちらが強者かどうかを、交渉の前にはっきりわからせる必要がある。
あまたの取引先との切った、切られたをくぐり抜けてきた社畜なめんなよ。
「さて、グラ……」
えーと、はんぺん女の名前はなんだっけ?
「面倒だから、グラって呼ぶぞ。いいな! グラ、今、君は自分の立場がわかっていないようだ」
俺はできるだけ怖ろしげな顔つきをして、グラの鼻に人さし指を突きつけた。
「さて、これからグラのかわいい鼻にダクトテープを巻きつける、としようか。すると、グラはどうなるでしょうか?」
ニヤリと笑ってみせると、グラは新雪のような肌を青白くさせ、足をワナワナと震わせ始めた。
脅しの効果はあったようだ。これで少しはおとなしくなるはずだ。
「これから俺は一方的に話しをするが、了解の場合は首を縦に、拒否の場合は横に首を振るんだぞ。わかったか! さあ、首を動かしてみせろ!」
涙を目尻にためたグラがブンブンと首を縦に振った。
物わかりの良い子だなあ。
そして、素直だ。
やっぱり魔王軍では性格の良い子ポジなんだろうな。
こういう子が出世をしている組織は健全だ、将来性がある。
良い子をいじめるのは非常に気が引けるが、これからする提案に俺のスローライフの可否が懸かっているのだから、少し我慢してもらおう。
「まず、宣言しておくが、俺は勇者をやるつもりはない。わかったか?」
グラが潤んだ目をいっぱいに見開いた。
「首を振れ」
低い声で告げると、グラは慌てて首を縦に振った。
「つまり、俺は魔王軍とは戦わないということだ。俺は富も名声も冒険も欲していない。ただ、平穏を欲するのみだ。つまりは、君たちにとっては無害無臭の存在である。ここまではいいな?」
グラがコクリとうなずいた。
だいぶ、落ち着いてきたようだ。
「そこで、提案がある。取り引きをしよう。なに、お互いに損はしない。俺は望み通りの平穏を、そして、君は大きな名声を得る」
グラが小首をかしげた。
よし、聞く態勢に入った。
「この場で君とワイバーンたちは無傷で解放しよう。その代わり、戦闘で俺は敗北し、戦死したと、魔王に報告してくれ。そうすれば、君は勇者を倒した英雄だ。そして、戦死したはずの俺は二度と魔王軍に追われることもなく、安息の日々を送る。どうだ、悪くない取り引きだろう?」
俺は悪魔的に笑ってみせた。
さあ、食い付いてこい。
まさにWIN―WINの取り引きのはずだ。
「むぅううう」
グラが眉間にしわを寄せて考え込んだ。
うむ、もう一押しだな。
証文を書くことも提案してみるか……。
俺が口を開きかけた瞬間、ドッカーン!と大きな音とともに背中と後頭部にとんでもない衝撃が走った。
「いってえ!!!」
衝撃でうつ伏せに倒れこんでしまった
慌てて振り返ると、開け放たれた扉の横にセシルが立っていた。
どうやら、あの扉が俺にぶつかったようだ。
セシルは顔を真っ赤にして目を吊り上げ、両肩を振るわせている。
ああ、そうか、忘れてた。
扉の後ろにはセシルが居るんだった。
勇者が初戦で敗北する提案を全て聞かれてしまったようだ。
しかも、どうやら、めちゃくちゃ怒ってらっしゃるようだ。
「リョ~ウさ~ま~」
セシルが鬼の形相で俺の胸ぐらをつかんで無理やり立たせた。
わあ、女剣士の力って凄いんだね。
って、感心している場合ではない。
なんとか怒りを鎮めないと、大変なことになりそうな予感。
ちゃんと事情を説明しよう。
「俺が勇者として働かないためには、魔王軍と戦わないって大切なことなんだ。わかるよね? わあ、なぜにあなたは右の拳を握るの? ちょっと待って、待てない短気さんは出世しないぞ!!」
「だから、なんでじゃああああああ!!」
セシルの怒りの鉄拳が俺の左頰にさく裂した。
吹っ飛ぶ俺の体。
激しい痛みとともに、脳みそがとてつもなく左右に揺れているのがわかる。
仮に勇者パーティーを組んで冒険をしたのなら、セシルは鬼嫁ポジになると確信。
いや、パーティーをまとめる肝っ玉かあさんキャラかなあ……。
そんなことを思ったところで、俺の意識が途切れた。