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Duct2 ダクトテープで戦います1

「元気だしなよ。俺は勇者にはならんけどさ」

「だから、どうしてなんですか……ぐっすん……」


 泣き疲れてグッタリとしたセシルに肩を貸し、立ち上がらせると、一緒に歩いて教会の出口に向かった。

 いつまでも、こうしているわけにもいかないし、何だかお腹も減ってきたのだ。

 

 セシルによると、この教会の近くに大きな街があるという。

 まずは食堂でも探し、そこで腹ごしらえをしつつ、あらためて勇者の誘いを断ろうと思った。

 

 元の世界で受けてきた理不尽で希望のない消耗だけの生活実態を聞けば、セシルもわかってくれるだろう。

 大事な交渉は食事の席でと相場は決まっている。 


「リョウ様、どうして、魔王討伐をしてくれないんですか~?」

「食事をしながらゆっくりと理由を話すよ」


 駄々っ子のように俺の腕にしがみつき、振り回すセシルを引きずるようにして進んでいく。

 

 そして、目の前にある木製の大きな扉を開け、異世界に向かっての第一歩を踏み出す。

 

 そこには広場があり、青々とした草が茂っていた。

 その周囲は深い森だ。

 

「おっお、抜けるような青空だなあ……」 


 気分よく異世界の空を見上げた俺の目に、空中を動き回るいくつもの巨大な影が飛び込んできた。

 5個の大きな影が、教会を中心に旋回し、俺たちを取り囲んでいる。


「なんだあれ?」

「ワイバーン!」

 

 俺が怪訝な声を上げるのと、セシルが剣の柄に手をかけるのは同時だった。


 ワイバーンって、確か2本足の西洋風のドラゴンだよな?

 

 上空を旋回する影の一つを見つめると、なるほどそれは確かにゲームや漫画の世界で見慣れたワイバーンだった。

 1匹の胴体の大きさは牛1頭ぐらいだろうか。

 長い首と大きな両翼を合わせると、かなりの迫力があった。


「かっこいい……」


 子どもの頃に憧れた魔獣のいきなりの登場に、俺の心は一気にときめき出した。

 

 しかし、俺の陶酔に水を差す声色が空から降りかかってきた。


「そいつが勇者か? はっ、とんだ期待外れだな」


 高圧的な女の声が上空から聞こえてきたと思ったら、1匹の青いワイバーンが広場の端に音もなく着陸した。

 そのワイバーンの背から1人の若い女が降りてきた。

 セシルと同じく10代後半ぐらいに見える。

 

 ショートカットの白銀の髪。勝ち気そうな深緑の瞳。

 服は上下とも真っ白。

 厚手の上着に、足のラインがはっきりとわかるピッタリとしたパンツスタイル。

 上着の肩や袖に金色のもこもこしたモールが付いている。

 第一印象は、中世欧州の近衛兵のよう。

 つまりは、男装の麗人っぽい。


「おかしな格好をした勇者じゃないか、セシル」


 女があごを引き上げ、文字通りの上から目線で話しかけてきた。

 

 勇者として期待外れなのはいっこうに構わないが、サラリーマンの戦闘服でありフォーマルな場でも装着可能な万能スーツに対しては失礼千万だ。

 

 だって、君の方が絶対に変な格好だもの。

 白いもの。白すぎるもの。

 はんぺんみたいだよ。


「グラスネージャ……リョウ様を侮辱することは、私が許しません」


 左隣の居るセシルが剣を鞘から引き抜いた。

 陽光を受けてギラリと細長い剣が光る。

 わお、本物っぽい……。

 

 セシルはさっきまでは泣き顔だったのに、途端に戦う剣士の面構えになっていた。

 やだ、凜としていて、かっこいい。


「リョウ様の服装は勇者の証なのです」

「首から布を長く垂らすのが勇者の証?」


 はんぺん女は右手を口に当て、ケタケタと高笑いをした。


「そうです。伝説の通りです」


 セシルが剣を握る手に力を込めたのがわかった。


 この世界では、どうやらスーツにネクタイが勇者の証のようだ。

 つまり、元の世界で満員電車にすし詰めになっていた社畜はみんな勇者だったんだ!

 やだ、みんな、かっこいいよ……。


「本物の勇者なら、ワイバーンの1匹ぐらい簡単に倒せるな?」

 

 はんぺん女が隣にいるワイバーンの首に手をかけた。


 いかん、これは、戦闘が始まるっぽい流れじゃないか。

 

 しかし、いきなりワイバーンってレベル高くないか?

 最初はゴブリンってのが相場だろうに……。

 この世界には、弱い敵から倒していって冒険者がレベルアップしていくという概念はないのかな? 


 とにかく、この流れは阻止せねば。

 強敵のワイバーンとの戦闘なんぞ、そんな面倒なことできるかっ!

 俺は異世界で平穏無事に過ごすんだ。

 

 よし、ここは、社畜として培ったあのスキルを発動するしかない。

 あの、禁断のスキルを!!

 

 俺は、内ポケットに忍ばせているスマフォにそっと手をかけた。

 あのスキルを発動させる技は、画面を見ずとも発動できるまでに熟練している。


 ――トルゥゥ、トルゥゥ、トルゥゥ。


 突然に鳴り響く携帯の着信音。


「なんだ、この音は?」


 電子音が聞き慣れないのか、はんぺん女とワイバーンの動きがピタリと止まる。


 よし、今だ。

 俺はスマフォを内ポケットから引き抜くと、素早く耳に当て、その瞬間に着信音をOFFに。

 むろん、誰かから着信があったわけではない、俺が手動で鳴らし、切ったのだ。

 

 そして、ここからが、このスキルの本領発揮だ。


「あっ、はい、すいません。あの件でしたら、まだ上司からの決裁が……ええ、わかってます、御社の事情は上に伝えてありますので……」


 頭をペコペコと下げながらここまで話してから、スマフォを耳から外し、はんぺん女に向かって困ったように薄笑いを浮かべてみせる。

 

「すいません、なんか、急に別件が。申し訳ないですが、いったん、ここで失礼させていただきます。ああ、それと、あなた方はできれば、そこで待っていてください」


 俺の迫真の演技を受け、はんぺん女とワイバーンは口をあんぐりと開き、止まっている。


「じゃあ、後でメールしますんで」


 決まり文句を言い放った俺はセシルの腕を取って、急いで教会の中に戻る。

 そして、そそくさと扉を閉めた。


 どうだ、みたか、社畜スキル「仕事の電話がかかってきたふりをして、取引先との長引く話しを途中で終わらせて帰るの術」だ。

 上級者は、相手とのお話しを切り上げたい時間に自動で着信音が鳴るように、事前にアラームをセットしておくのだよ。


 ともかく、なんとか戦闘は回避できた。

 しかし、教会には裏口はなく、逃げ場がない。


「セシル、あのワイバーンとはんぺん女はなんだ?」

「はんぺん?」

「えーと、あの白い女のことを知っているのか? あいつはセシルのことを知っているようだったぞ」

「あ、はい……」


 剣を鞘に収め直したセシルが慌ててしゃべり出した。

 

 それによると、あのワイバーンは魔王直属の精鋭部隊。

 はんぺん女は魔王幹部の6将軍のうちの1人で、氷雪将軍の名を冠する魔族で最高の魔法使いだという。


「彼女の名はグラスネージャ。私が鳳凰の宝玉と竜王の涙を手に入れたと聞き付け、勇者様の召喚を阻止するために私を追って来たのでしょう。しかし、奴らが聖地にたどり着いたのが、リョウ様の召還後というのは不幸中の幸いです。さあ、共に戦いましょう!」


 セシルが、その小さな顔の前で両手を握り締めた。

 くそかわいい。

 女子高生のマネージャーに両手グーされた上に、一緒に頑張ろう、って言われているようでとても良い。


 しかし、俺は、セシルの言う通りに、ワイバーン部隊と氷雪将軍と戦ってはいけないと思うのだ。

 正確に言うと、勝ってはいけない。


 だって、これは、物語の序盤にありがちな、召喚された勇者はやっぱり強かった、魔王軍に激震走るっていう流れでしょ。

 この一戦の勝利が、敵からも味方からも勇者として認められるきっかけになっちゃうんだろ。

 

 そして、問題なのは……。

 

 実際に、俺が勝っちゃいそうなことだ。

 

 ワイバーンの両翼をダクトテープでグルグル巻きにすれば地面に落下するし、その足と口もグルグル巻きで行動不能だ。

 

 はんぺん女がどんなに強い魔法使いだとしても、魔法詠唱が終わる前にダクトテープを口に巻きつけ、それを剝がされないように両手もグルグル巻きにしてしまえばいい。

 

 ――ダクトテープを信じろ。 

 

 先ほどの荘厳な声が頭の中に響き、俺は勝利の確信を得る。

 つべー、負ける気がしない。 

 

 でも、勝ってはいけない。

 さて、どうするか……。

 

 あっ、ひらめいた。

 我ながら良い策だ。

 

 しかし、この作戦遂行のためには、魔王軍と一戦を交える覚悟がいる。

 さらには、セシルがその戦闘に参加すると困る。


 魔王軍と俺だけの勝負と、その後の交渉が必要だ。


「さあ、リョウ様のダクトテープとわたしの剣技で、魔王軍の精鋭をやっつけましょう」


 俺の思惑とは異なり、共に戦えることにセシルは喜び勇んでいる様子だ。

 

 まずは、その小さな口を封じることから始めようか。


「シーっ」

 

 俺は人さし指をセシルの唇にそっと付け、離した。


「えっ!?」


 セシルは驚いて目を見開いた後、急に頬を染めて黙り込んだ。

 

 よし、異世界でも唇に人さし指は『黙る』の意味のようだ。


「セシルはここで待っていてくれ。俺が一人で片付けてくる」

「でも……」


 小さな唇にもう1度人さし指を置くと、今度はセシルは顔を真っ赤にして下を向いてしまった。


「ダクトテープを信じろ」


 俺はセシルを説得するために、彼女の耳元で先ほどの神の声を復唱した。


「あっ……ダ、ダクトテープを、し、信じます……」

 

 上気した顔を持ち上げ、小さな吐息を漏らすセシル。

 こころなしか身をよじっているようだが、なぜだろう……。 

 

 とにかくセシルには、この教会に居てもらわなければ困る。

 そのためには、彼女を安心させなければ。


 だから、俺はセシルに壁ドンをして、さらに耳元で神の声を再現する。


「ダクトテープを信じろ」

「わ、わたしは、だくと……て、てーぷを、しんじます……」


 セシルの目がとろけていくのがわかった。

 形の良い唇が薄く濡れている。

 

 あれ? これ、キスできるな……。

 

 彼女がそれを望んでいるのが、手に取るようにわかった。

 

 セシルは存分にかわいい。

 さっきまでは胸当てのせいでよくわからなかったが、近くで見るとおっぱいも大きい。


 ありがたいことに、勇者である俺を好意的に見てくれているようだ。

 

 だが、魔王討伐に燃えるセシルと恋仲になるということは、彼女のために勇者の宿命を突き進むのと同義である。

 

 だから……。

 勇者をやりたくない俺は彼女とキスしない!

 

 せっかくのチャンスなのはわかっている!

 週末に撮りためた深夜アニメのみに癒されていた俺が、こんなにかわいい子とのキスを断念する日がこようとは……。


「リョウさま……」 


 セシルが甘い吐息を漏らした。


 くぅー、キスしてえ!!

 でも、断腸の思いで、血の涙をぬぐって、キスはしない。

 いっときの欲望に負け、人生を棒に振るべきではないと、悲しいかな社畜として学んできてしまった。


 据え膳を食わぬは男の恥、と昔の人は言いました。

 でも、今の時代は、据え膳を食ったら後戻りできない時代なんだ。

 飢えたオオカミたちが奥手の羊たちを食い散らかす時代なんだ。

 

 それと、美人局にだって気を付けなきゃね。

 安心できるのは2次元だけだ。


「ということで……ここで、待っていてくれ」


 俺はコクリとうなずいたセシルをおいたまま、1人でそっと扉を開けた。

 無念のあまりに噛んだ唇から血の味がした。


 ちっくしょおおお!!

 こうなったら、初戦闘で憂さ晴らしだ!

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