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Duct1 ダクトテープは万能だ

目を覚ますと、見知らぬ広い建物の中に立っていた。


「あれ、どこだここ?」


 周囲には、白い石造りの荘厳な空間が広がっている。

 まるで西洋の古い教会のようだ。

 

「本当に勇者様を召喚できた!」


 興奮気味のかわいらしい声が後頭部に投げかけられた。

 振り返ると、栗色の髪の女の子が立っていた。


 背中まで伸びた髪が、ゆるくふわりとウェーブしている。

 10代後半ぐらいだろうか、はっきりとした目鼻立ちが印象的で、体型はスラリとした美人さんだ。


 その女の子が両手を胸の前で組み、頬を紅潮させて俺を見ている。

 

 女の子は銀色の鎧を着ていた。

 全身を覆うタイプではなく、胸当てと篭手しか付けていない。

 あとは露出の高いヒラヒラとした茶色い服と、腰までしかない短い赤いマント。

 腰には、赤い鞘をぶら下げている。


 まるで、ゲームの世界に出てくる剣士のようだ。

 

 その女剣士が熱っぽく俺に語りかけてきた。


「勇者様。どうか、我らをお助けください」

「勇者?」

「そうです。あたなこそが勇者です。伝説の通りに、鳳凰の宝玉と竜王の涙をこの聖地に供えた途端、あなたが召喚されたのです」

「召喚?」

「はい、その黒い髪、黒い瞳、黒い服、首にある青き布。すべて言い伝えの通りです」


 女剣士はそう言うとにっこりとほほ笑んだ。


 この子は学生のコスプレイヤーなのだろうか?

 

 世知辛いこの社会の中で空想の世界に浸れる生活を送っていられるとは、まったく羨ましい限りだ。


 こちとら社会人になったから、忙しすぎてゲームもラノベも漫画もろくに楽しめていないというのに……。


 俺はそっとため息をつきつつ、青いネクタイを締め直す。

 そして、ふと自分がトラックに轢かれたことを思い出した。

 

 あれ、おかしいな、なんの痛みもない。

 慌ててスーツの上から体中を触ってみる。

 内ポケットにはスマフォが無事にあり、なにより、出血ひとつしていない。


「勇者様? どうなさったのですか」

「おい、俺は生きてるのか?」

「えっ!? 生きてるから喋っているんですよね?」


 小首をかしげる女剣士の肩を両手でつかむ。


「とういうか、君は誰だ?」

「あっ、申し遅れました。セシル・ディゴール・カナタと申します。セシルとお呼びください」

「ここはどこだ?」

「ここはフィン大陸の東端ですが……」


 これは、もしや、もしかたしたら、いや、そうであってほしい!!


「も、もしかて、そのフィン大陸ってのは、魔物や幻獣が実在したり、エルフやドワーフもいたり、剣と魔法が大活躍する世界なのか?」

「あっ、はい、だいだい、その通りですが……」


「……ェェエ……」


 俺の全身が震えだした。


「イェェェエエエーーーイッ!!!!」


 歓喜の大絶叫とともに身を反らして、大空を仰ぐ。

 

「異世界召喚キターーーー!!!!!」


 ついに来たよ、俺のターンが!!

 

 神様ありがとうございます。

 第2の人生スタートじゃ。

 うははっはははは、もう会社に行かなくてすむんだ。


「あの……勇者様?」

「なんだいセシルさん」


 高笑いを止め、俺は最高の笑顔で応えた。


「あの、セシルって、呼び捨てで結構です」

「じゃあ、あらためて。なんだいセシル」

「あの……勇者様のお名前は? わたしはなんとお呼びすれば良いのでしょうか」


 セシルが心なしか頬を赤らめ、恥ずかしそうに下を向いた。

 まともに人の顔を見られないとは……どうやら、コミュ障のようだ。


「俺は大木良平っていうんだ。良平とか、りょうって呼ばれているから、好きに呼んでくれていいよ」

「では、リョウ様とお呼びします」

「様はいらないよ。そんなに偉くないもの~、しがない社畜だもの」


 俺は上機嫌でセシルの肩をポンポンとたたいた。


「いえ、駄目です。だって、リョウ様はこれから魔王軍討伐に向かい、憎っくき魔王を成敗する貴い勇者様ですから」

「……?」


 そういえば、セシルは第一声から俺を勇者と呼んでいたような。

 

 俺が勇者?

 異世界転生や召喚モノの物語では、召喚者が勇者っつーのはありがちではあるが……。


 うん、きっと何かの間違いだな。


「やだな、セシル。俺が勇者なわけないよ。だって、俺、武術も剣道もやったことないし、つまり弱いし。戦えないもん」

「いえ、リョウ様は勇者様です」

「いやいや、人様に手を上げたことも、上げられたこともない、善良な庶民だもの」

「いいえ、リョウ様は特別な方です。きっと、なにか特別なスキルが備わっているはずです。光の神の代理人として、魔王を打ち倒す特別なスキルが」


 セシルが期待に満ちた目で俺を見つめる。

 しかし、申し訳ないが、期待には応えられそうにない。


「ないない、特殊なスキルなんてない」


 俺は「ほら、何もない」と言って腕を左右に開いた。

 その途端、俺の左右の手の平から、灰色の帯状の物体がもの凄い勢いで飛び出した。

 

 その帯は、ビュンッと空気を切り裂きながら伸び、教会の柱にグルグルと巻き付いた。

 柱と俺の手の平の間にピンと張っている、その帯状の物体がなんであるか、俺は知っていた。


「ダクトテープ……」


 防水性と耐久性、粘着性に優れ、どんな物でも補修できる万能テープ。

 アメリカの軍隊や宇宙開発でも大活躍の最強テープ。

 アメリカ人が愛してやまない必需テープ。


 そういえば、トラックに轢かれたとき、10億円分の在庫となったダクトテープの有効活用を神様に祈ったっけ。


 ――ダクトテープを信じろ。


 突然、頭の中に荘厳な声が響いた。


 ――ダクトテープは万能だ。


 また同じ声だ。

 

 このスキルを俺にくれた神様の声だろうか。 

 そうか、ダクトテープを信じろか……。

 

 もっと、いろいろとできそうな気がしてきた。

 

 手からダクトテープを切り離そうと思った。

 すると、切れろ、と思っただけで、スッと切れた。


 頭の中でぶ厚い壁を想像してみると、ダクトテープでできた巨大な壁がたちまち出現した。


 空中に筆を走らせるイメージで、ダクトテープのバツ印を思い描いてみる。

 すると、思い通りのダクトテープのバツ印が出来上がり、空中に漂い始めた。

 そのバツ印を壁に叩きつけようとすると、超高速で実現した。


 どうやら、俺の思い描き、考えるのと同時にダクトテープが出現、形を成し、動くようだ。

 ダクトテープを自由自在に放出、具現化、操作できるスキルか……。


 なるほど、このスキルならば、使いようによっては最強になれそうだ。

 

 ダクトテープの粘着性と耐久性を生かして戦うならば、まずは敵をグルグル巻きにして行動不能に。

 さらに、敵の口と鼻をダクトテープで塞げば、相手は窒息死だ。

 

 ダクトテープのぶ厚い壁を出現させれば、剣や槍といった物理攻撃だけではなく、水や氷、雷といった魔法攻撃も防げるはずだ。


 まさに万能。

 でもなあ……。


「リョウ様のスキルはダクトテープというのですね! 相手にまとわりつく魔法の帯。まるでクモの糸のように美しい。しかも、どんな形にもなり、動かすこともできる。すごいです!」


 困惑気味の俺を尻目に、セシルが感極まった様子で俺の両手を取り、嬉しそうに上下に振った。


「さあ、そのスキルで、いざ魔王征伐に。このセシル、及ばずながらお手伝いいたします」

 

 セシルは自信ありげに自分の剣の鞘をポンッとたたいた。

 

 あるアメリカ人は言いました。

 ダクトテープとサバイバルナイフさえあれば、どこでも生きていけると。

 

 きっと、セシルは、ダクトテープ使いの俺にとって最良のパートナーなのだろう。

 

 俺には見えた。

 俺がセシルと旅立ち、様々な仲間と出会い、強敵たちを打ち倒していく冒険の日々が。

 

 ていうか、最後のシーンまで見えた。

 

 俺が魔王とやらをダクトテープでグルグル巻きにして、世界を破滅させる呪文を唱えさせまいと口を塞いだところで、セシルの剣が一閃して魔王の首が落ちるところまで、見えた。


 今、俺はセシルの手を取り、「共に征こう」と言うべきなのだろう。 

 そうしろと、さきほどの荘厳な声に求められている気もする。 


 うーん、でも、それって、勇者として働くってことだよね。

 

 毎朝早起きして、冒険に出て、仲間とコミュニケーション取って、気遣いして。

 きっと、国王とかが、冒険にいろいろと注文をつけてくるんだろうな。

 AをしたければBを取ってこい、Bを取りたければCを倒せ……とかね。 

 

 そんな冒険のために命を懸ける?

 

 勇者なんて会社員以上に生涯コスパが悪いだろ。

 なによりも、めんどくさい。


「さあ、リョウ様。いざ、共に征かん、魔王討伐に!」

「嫌だ」

「わたし、こう見えても剣の腕には覚えがあるんですよ」

「嫌だ」

「必ずお役に立ちますから」

「嫌だ」

「さあ、行きましょう」

「嫌だ」

「な、なんでじゃあああああああ!!」


 セシルはその場に両膝から崩れ落ち、ワナワナと両肩を振るわせた。

 かわいそうに涙声になっている。


 俺はセシルの震える肩に両手を置いた。

 そして、できるだけ優しく、穏やかに理由を話してあげる。


「だって、せっかく、社畜から解放された第2の人生だもの。まったり、のんびりしたいじゃん」

「だから、なんでじゃああああああ!!」


 この日、2度目の俺の最高の笑顔に向かって、セシルの悲哀に満ちた絶叫が響いた。 

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