Duct12 ダクトテープで侯爵様におねだり1
Duct12、13は女性キャラは出ず、少し硬い内容です。
Duct14からは元の雰囲気に戻ります。
肌寒い風に目を覚ました。
眠る前は頭上に輝いていた太陽が西に傾き、空気も冷え始めている。
「ちょっと寝すぎたか……」
ハンモックの中で体を伸ばす。
ゆっくり休息を取った筋肉が久しぶりの収縮に喜びの声を上げた。
あー、気持ちいい。
セシルとグラのハンモックを見ると、すでにもぬけの殻だった。
だいぶ寝ていたようだし、2人ともすでに起きているようだ。
さーてと、次は何をしようか。
2人を誘って、また街に出て、おいしそうな飲み屋でも見つけてみるかな……。
あー、でも、2人とも20歳以上かな?
いやいや、そもそも、この世界では何歳から飲酒OKなんだろうか?
とにかく、ハンモックから出て2人を探すか。
「よっこらせ」
おっさんくさい掛け声が出てしまい、少し恥ずかしい……なんて思いながら大地に降り立つと、本物のおっさんが目の前にいた。
俺に向かって片膝をついて、かしずいている。
全身を覆う黒い鎧、短く切りそろえられた白髪。
日焼けした顔には、深いしわが何本も刻まれている。
「お目覚めですかな、リョウ様」
おっさんが、渋いテノール声で話しかけてきた。
腹の底に響く、威厳のある声。
業績好調の取引先の部長か専務には一人はいるタイプ。
つまり、こいつ、仕事できる感が半端ない。
「あのー、どちら様でしょうか?」
「オーギュストと申します。この地方の領主を任されている侯爵です」
あー、仕立屋と防具屋で話題に出ていた侯爵様ね。
あのどら息子の父親で、青年たちを鍛えているっていう。
どら息子といえば、ハンモックの巨大パチンコでぶっ飛ばす前に、用件あるならそっちが来いって父親に伝えろって言ったっけ。
その伝言通りに、領主様がみずから俺の目の前までいらっしゃったわけか。
あれは売り言葉に買い言葉だから、スルーしてくれて良かったのに……。
領主様って偉いんだよな?
取引先の社長さんより上で……区長さんレベルか!?
いや、ヘタしたら知事レベルかもしれん。
しかも、こうやって、かしずいてるってことは……。
「あの……なんか、すいません。もしかして、ずっと、俺が起きるのを待ってました?」
「はい」
恐縮っす!!
「勇者様の休息を邪魔するのも無粋かと思いましてな」
オーギュスト侯がニッカと笑い、白い歯を見せた。
やだ、渋くて、気のいいオヤジって感じでかっこいい。
「愚息には勇者様のご予定を聞いてこいと命じたはずなのですが、どうやら、あ奴が失礼な態度を取ったようですな。まずは、それをお詫びいたします」
頭を下げるオーギュスト侯に対し、俺は再び恐縮。
「いや、その、謝るのは俺の方で、その、息子さんをぶっ飛ばしてしまい申し訳なかったです。あの、頭を上げてください。ついでに、かしずくのを止めてもらえると、気が楽になるのですが……」
「救世主たる勇者様に対しかしずくのは、騎士として当然の行為です」
ああ、この人も俺を勇者扱いか……。
仕立屋のオヤジやサロメから話しを聞いたのだろう。
やっぱり、魔王軍と戦えって迫られるのかな?
「この地方を預かる領主として、1人の騎士として、勇者様に質問があります。勇者様は魔王軍と一戦交える覚悟はおありか否か」
オーギュスト侯の表情と声が急に険しくなった。
あまたの戦場を経験した熟練の戦士といった感じの鋭い眼差し。
確か、二つ名は「赤き獅子」だったな。
俺の脳内には、敵の返り血で鎧が真っ赤に染まったオーギュスト侯が仁王立ちし始めた。
「勇者様が魔王討伐をお望みであれば、我が輩が鍛えた精鋭300人を差し上げます。誰も彼も並みの魔族では太刀打ちできないほどの力量があります。そして、みな、気骨と忠誠心にあふれた青年たちです。必ず勇者様のお役に立つでしょう」
オーギュスト侯は喉の奥からしぼり出すような声で話した。
もしかして、怒ってらっしゃる?
とーても怖い。
どうやって勇者を断ったら角が立たないかな?
方法を間違えるとマジで殺されそうだ。
よし、あれだ、結論を先延ばしする方向でいこう。
「えーと、ですね……まだ、この世界に来たばかりですし。もう少し様子をみて判断しようかと思っています……」
「様子?」
やばい、オーギュスト侯の眉間にしわが寄ってしまった。
言い訳を、言い訳を重ねねば!
社畜として養ってきた言い逃れスキルを発動するしかない!
「つまりですね、相手方、ここでは魔王軍になりますが、その実態をしっかりマーケティングし、ナレッジをためた上でファクトベースな議論をしなければ、ボトルネックなスキームをペイできないわけです」
どうだ!!
意識高い系のカタカナのビジネス用語連発の術だ。
これをおっさん世代に発動すると、大抵のおっさんは意味不明なくせに部下にいい格好をしようとして知ったかした上で、何も質問できなくなってしまう。
最大の問題は、話している俺自身も、何を喋っているかよくわからない点だ。
カタカナ用語って、ニュアンスを伝えるのには便利でけど、真意がぼやけるよね。
「ふむ……」
案の定、オーギュスト侯は思案顔で腕を組んでしまった。
「つまり、勇者様にはすぐに戦う意志はなく、魔族と人間の実態をしっかり把握し、双方の言い分を聞き分けてから戦うか否かを判断するということですかな?」
あら、やだ、俺の曖昧な意向を受けて、オーギュスト侯が妙に合点のいく結論を出してしまった。
これが、そんたくというやつか。
乗るしかない、このビッグウェーブに!!
「そ、そうです。まさしく、その通りです。いやー、さすが侯爵様となると、理解が早くていらっしゃる。ということで、すぐに魔王軍討伐開始っ、という流れにはならない感じですので、精鋭兵300人はとりあえずはいらない感じですので、今日のところはもうこれで……」
営業スマイル全開で俺は言う。
だが、オーギュスト侯はその場を去らず、うれしそうに話を続ける。
「勇者様は一時の感情に支配されない冷静な分別がおありになる。まさに将の器。我が輩の命を託すに足る御方じゃ!! 老いたとはいえ、このオーギュスト、必ずやお役に立ってみせますぞ」
あー、うん、はい、お役に立たれると困るんです。
早くお引き取りください……。
ああもう、曖昧にしないでしっかり、断ろう。
「いや、力添えは結構です。十分に間に合ってますから」
「しかし、その情報収集はどうされます? お一人で大陸を回るには時間がかかりすぎますし、移動している間に情勢は刻一刻と変化してしまいます。ですから、我が輩によい案があります……」
ここで、俺の背筋にピリッと悪寒が走った。
――俺はこの大波には乗るべきではなかったのかもしれない。
しかし、そう気付いたときにはもう遅かった。
オーギュスト侯の繰り出した波は、俺というひよっこをいとも簡単にのみ込んでしまう。
「勇者様にとって有益な情報を収集するために精鋭たる300人を使いましょう。彼らを大陸各地に派遣し、諸侯やエルフ、ドワーフたちの考え、そして、魔族の動きを調べさせ、逐次報告させることにしましょうぞ」
オーギュスト侯は再び白い歯を見せて笑うと、立ち上がって俺の肩に手を置いた。
やられた。
俺にはオーギュスト侯の提案を断る理由がない。
情報収集すると言い出したのは俺だし、オーギュスト侯の言う通り300人もの情報収集要員を使った方がずっと効率がいい。
俺を勇者として祭り上げるための堀が一つ埋められた感がある。
うーん、でも、まあ、いいか。
この世界で安泰平穏に暮らすからには、面倒ごとに巻き込まれないように情報はいくらでもあった方がいい。
それに、別に情報がたくさん集まってきたところで、魔王討伐に出る結論をさらに先延ばしにしていけばいい。
いつかはオーギュスト侯も諦めるだろう。
ということで、俺はオーギュスト侯の提案に乗っかてみることにした。




