Duct10 ダクトテープで昼寝する1
荷物が増えたので、いったん宿に戻って荷物を置くことにした。
ついでに、もう昼時なので、宿屋に併設された食堂でセシルとグラと一緒に昼飯を食べることになった。
自分の部屋でスーツから仕立屋のオヤジにもらった服に着替えて食堂に行くと、セシルとグラが椅子に座って俺を待っていた。
他に客はいない。
ちなみに、宿代や食事代は、この宿に長期滞在中のセシルがかなりの額を前払いしているそうだ。
つまり、俺とグラもしばらくは支払いなしで泊まれるし、食事もできる。
しかし、いつまでもセシルに借りをつくったままはいけない。
借金のかたに勇者をやる羽目になるやもしれないからな。
よって、ダクトテープを売って一獲千金した後は、セシルにきっちりと返金する。
そんな決意をしていると、花柄エプロンを着たおかみさんが料理を運んできてくれた。
パンとチーズ、野菜入りの塩味のスープ。
元の世界で食べていた食事に比べると、質素な内容だが、健康のためにはこれでいい。
ランチに揚げ物、牛丼、ラーメンばかり食べ、夕食もコンビニ弁当ばかりだった食生活を鑑みれば、むしろありがたいと言える。
「ご飯をいただいたら、次は武器屋に行きましょう」
セシルはお上品にパンを小さくちぎっては、口に放り込んでいる。
「実はもう、リョウ様にピッタリの武器を見つけてあるんです」
片目をつぶって、ほほ笑むセシル。
かわいいけど、発言はいただけませんな。
君が気に入っているということは、きっと、ひどい武器でしょう……。
それに、冒険に出ない俺には武器は必要ありません。
「えー、もう買い物はあきたな。それより、ワイバーンに乗って、大陸を旅しよう!!」
グリがやはり、パンを小さくちぎっては食べながら、俺を誘ってきた。
「リザードマンの灼熱の渓谷、ダークエルフの暗黒の森、コボルトの深遠なる大洞窟、そして、我ら氷女族のふるさと雪氷の大山脈! せっかくリョウは異世界から来たんだ、いろいろ見てみたいよな?」
うーん、魅力的な提案ではあるが、旅に出るのは今ではない。
まずは、存分にスローなライフを満喫して、寝て寝て寝まくって、心身ともに元気になったら検討しても良い案ではある。
でも、旅は最長で2泊3日ね。
それ以上は疲れるだけだから。
あと、ワイバーンに乗るは却下ね。
俺、高所恐怖症だから。
てか、2人とも違うだろ!?
昼飯を食べたら、まずやるべきことがあるじゃないか。
「武器屋にも行かないし、旅にもでない」
「で、でも、武器がないと、スキルを使う魔法力が切れたときに戦えませんよ」
「えー、つまらないなあ、こんな辺境の街は早々におさらばしたいのに」
ブーブーと不平不満をたれる2人を両手で制す。
そして、俺の明確な意志を伝える。
「昼寝をする」
「「はい?」」
美少女2人が同時にそう発言し、キョトンとした様子で俺を見つめている。
うん? ランチの後は昼寝、これ、常識よ。
車で外回りの日は、郊外店の大きな駐車場に止めて車の中で寝る。
電車で移動の日は、昼すぎにわざわざ遠くの取引先にアポを取って電車の中で寝る。
社内業務の日は、昼休みに公園のベンチで寝る。
ちなみに、駐車場の木陰は奪い合いになるので、どこかでランチを食べてから駐車場に来るようでは遅い。
各社の営業やドライバーらの強者どもが、すでに木陰を占領している。
だから、早めに場所を確保し、スーパーで弁当を買って、車内で食べて寝るのがベストな。
会社や取引先からの電話にたたき起こされずに30分間以上寝られたら、俺の勝ちだ!
あー、でも、そうか、この世界には昼寝という文化がないのかもしれない。
「昼寝って知ってる?」
「「知ってます!!」」
セシルとグラがあきれた様子で口を開いた。
「午睡だなんて、怠け者がすることです」
「夜寝て、なんで、また昼に寝なきゃいけないんだ」
えー、何その価値観、きびしーいー。
昼寝しないと、午後からの仕事なんてやってられないじゃん。
5分でも寝ると、スッキリして、しぼりかす程度のやる気も出るじゃん。
てか、胃袋が満たされた後に、ポカポカした日光を浴びながら、ウトウトするのって気持ちいいじゃん。
「2人とも昼寝したことないの?」
「ありません。怠けるのは良くありません」
「ないな。時間の無駄だ」
ほう。どうやら2人とも潜在的に立派な社畜適正スキルをお持ちのようだ。
もし、元の世界に2人がいたのなら、セシルは真面目な頑張り屋さん、グラは成果主義のリアリストといったところか。
入社とともに頑張って、頑張って働いて、周囲の期待と自尊心のために身を粉にしてしまうタイプだ。
こういう子の末路を俺は何度も見てきた。
大半は心がパンクしてしまう。
そして、待っているのは退社と、その後の無職者というレッテル張りと再就職を阻む社会の壁だ。
社畜を続けるには、適度にサボることが大切なのだ。
サボれるときはサボって、心身をいたわってやらなきゃ、社畜なんぞやってられないぞ。
ここは俺が社会人の先輩として、サボり、怠け、時間を無駄にする大切さを2人に教えてあげなくてはいけない。
「よし、みんなで昼寝をしよう」
「「はい!?」」
◇
おかみさんの許可を取って、宿屋の裏庭に向かった。
裏庭には、数本の木々が生えており、芝生の広場に適度な木陰をつくっている。
朝の爽やかな空気はすでにないが、日差しは春を思わせる温かさで過ごしやすい。
うーん、まさに昼寝には最適な日だ。
「リョウ様、庭で寝るのですか? わたしは寝ませんけど」
「どうせ寝るなら、ベッドで寝ればいいのに。私は寝ないけど」
「まあ、見てなって」
俺はスキルを発動させ、2メートル四方のダクトテープのネットを空中に出現させる。
そして、ダクトテープを何重にもよって作ったひも2本を、それぞれネットの両端に結びつける。
ネットの端をまとめるように結ぶのがコツだな。
仕上げとして、高さ1メートルほどの木の幹にひもを結びつけ、ネットが少したわむ程度に引っ張りながら、もう片方のひもを別の幹に結びつける。
うん、弾力性といい強度といい思っていた以上によい感じだ。
では、2人に完成を報告しようじゃないか。
きっと喜んでくれるに違いない。
「じゃじゃーん、ハンモックの完成です!!」
「「はんもっく?」」
2人は同時に小首をかしげた。
そうか、知らないのか……ハンモックの文化はこの世界にはないようだ。
では、教えてしんぜよう。
南米の先住民たちが「神のはかり」とまで呼んだ、この貴い心地よさを。
俺はセシルとグラに向き合うと、拳を握ってハンモックの素晴らしさを力説することにした。




