Duct9 ダクトテープは鎧も直せる2
「お客様は、勇者様なのですか?」
正気に戻ったサロメが好奇心の塊のような大きな瞳を俺に向けてきた。
やっと俺に興味を持ってくれたようで……おじさん、嬉しいよ……。
「いやー、勇者じゃな……」
「そーなのです!! 勇者様なのです!! わたしが聖地で召喚したのです。すごいと思いませんか!?」
セシルの会話被せのワザがさく裂した。
うん、もう少し突っ込みの間を練習しようか、セシルはん。
「うん、すごいね。良かったねセシル。夢が叶ったね!」
「そう言ってくれるのはサロメだけです」
2人はにこやかにほほ笑み合った。
ああ、うら若き乙女同士の友情って美しい。
こういう清らかな友情を目の前にすると、社畜として生きていくうちに、俺にもいろいろと捨ててしまった大切な友情があったような気もしてきた。
うむ、この気高い友情のためにも、この店の中だけでは、サロメの前だけでは勇者(仮)役を務めてもいいかもしれない。
「今日は、勇者様の防具を買いに来てくれたの?」
「そうなのです。実は、以前からこれと決めていた鎧があるのです!」
そう言ってセシルがピシッと指差したのは、中世西洋の騎士が着ていそうな全身を覆うプレートアーマーだった。
しかし、兜が異様に縦に長く、三日月のように反り返っている。
さらに、胸には魚のヒレみたいな大きな装飾がくっついている。
他の場所にも唇とか目玉やらと悪趣味な装飾が付いていて、はっきり言って、かっこ悪い。
「おっ、お目が高いね。これは伝説の王グラム公が着ていたという鎧を基にデザインした一品だよ。目立つから、勇者ここにありって感じでいいかもね」
サロメは右手をあごに当て、何度もうなずいた。
「あー、やっぱり、そう思います? かっこいいデザインですよね!!」
セシルは同意を得たことがうれしいのか、パッと顔を輝かせた。
いや、かっこ悪いですよ。
「わたし、一目見たときから気に入っていたんです」
この子の美的センスはちょっとアレなんだな……。
かわいいのに、かわいそうに……。
「じゃあ、リョウ様、さっそく着てみてくださいな」
「嫌だ」
セシルの満面の笑顔が凍りついた。
「な、なぜですか? と~ても、かっこいいですよ?」
「かっこ悪い」
「えっ!? どの辺りですか? 確かに、流線形の肩はイマイチですが……」
いや、そこは唯一の救いの部分だ……。
「とにかく、こんな鎧は着ないぞ。そもそも、こんなに重そうな鎧を着たら、10歩も歩けんわ!」
「ダクトテープという最強のスキルがあるリョウ様は戦闘では動く必要はありません。ダクトテープで敵の動きを一瞬でも封じていただければ、あとはわたしが倒しますから」
ああ、なるほど、好守のバランスといい理にかなっている。
俺は防御に専念さえしていればいいのか……。
って、だまされんぞ!!
「スーツは!? 大事な戦闘では勇者の証たるスーツを着るんだって、さっき言ってたじゃないか? こんな鎧を着たら、スーツがまったく見えなくなるぞ」
「あっ……それは、盲点でしたね……」
セシルは、たはーって感じで右手をおでこに当てた。
やはり、基本、だめな子だ。
「そうですね、スーツを見せつけつつ、守備力も考えてとなると……スーツの特徴である胸元は覆わずに、でもお腹ぐらいは守って、急所の頭はガッチリ覆うタイプの鎧が理想ですね」
俺が頭の中で想像した鎧は、剣道の防具だった。
スーツに剣道の防具を着て、戦場に立つ俺……。
やだ、かっこ悪い!!
「うーん、でも、そんなデザインの鎧なんて見たことないです。ああ、わたしはどうすれば」
セシルは頭を抱え込んで、ブンブンと振り始めた。
もう、いいよ、君は十分に頑張った。
鎧なんて買わずに帰ろう。
そもそも、俺がこれから戦う予定もないし。
よし、潮時だ。
さっさと市場に行ってダクトテープを売りさばくとしよう。
「セシル。鎧は諦めよう。スーツの特徴を見せつけつつ、守備力も高い鎧なんてないんだよ」
「うー、そうですね……」
俺はセシルの肩に優しく手を置くと、店の出入口へとエスコートしようとした。
セシルもしぶしぶといった様子で一歩を踏み出す。
しかし、サロメの「あるよ」という軽快なひと言でセシルの足は止まってしまった。
はい?
なんとおっしゃいました?
「あるよ。ちょうどいい鎧が。ちょっと待ってて」
サロメが店の奥から引っ張り出してきたのは、格子状の鉄が前面についた革の兜、両肩からひもで吊す革製の胴回り、布と革で出来た篭手もセットもついてきた。
まんま、剣道の防具みたいの出てきたー!!
「領主様の騎士道場で、習いたての青年たちが着る防具なんだ。領主様からアイデアをいただいて、うちの父さんが開発した特注品だよ」
「まさしく、リョウ様にピッタリの防具ですね! こんなに素晴らしい鎧が冒険の最初の街にあるなんて、なんという運命!」
ニカッと笑って誇らしげのサロメを前に、セシルが両腕をブンブンと振り回して喜んでいる。
えー、これ着るの?
やーだー。
「でも、問題があってね……ほら、面も胴も篭手も所々破けたり、割れていたりするだろう。騎士道場で領主様のしごきに耐えかねて壊れてしまったんだ」
サロメが残念そうに声を落とした。
ああ、でも、俺にとっては福音だよサロメ!!
「そっかー、壊れているのなら、仕方がないなあ、うん、仕方がない。さあ、帰ろうか」
俺が再びセシルの肩に手を置くと、セシルはその手を取って嬉しそうに俺の顔をのぞき込んできた。
「リョウ様、ダクトテープです!!」
「はい?」
「ダクトテープなら直せますよ!!」
あー、確かに直せるわ……。
アメリカ人は飛行機でも宇宙船でもダクトテープで直すぐらいだからな、革や布で出来た防具なんぞ割れ目やほつれの部分にバッチーンと貼り付けてやれば速攻で直る。
でも、直さなくてよくない?
だって、この鎧はかっこ悪いもの。
直したら、これ着て、戦闘するん羽目になるんだろ?
だったら、やらねー。
「さすが勇者様ですね!! 防具の補修までできるんですか? その力、ぜひ見せてください」
サロメが好奇心と期待に満ちた眼差しを俺に向けた。
痛い、そんな純粋な瞳で見られると、俺の汚れ、すさんだ心が痛い。
えー、でもなあ、どうしようかなあ。
俺がモジモジしていると、冷たい手が肩に触れ、涼しげな吐息が耳にかかった。
「リョウ、サロメがダクトテープをご所望だぞ」
あっ、グラさん。
まだ居たんすね。
「ご所望と言われてもな……」
「サロメを失望させると、魔王軍として正式に勇者認定するぞ」
「よし、直すか」
俺は稽古用防具の割れ目、ほつれにダクトテープをしっかりと貼り付けた。
強度を高めるため、さらに2重3重と貼り合わせておく。
「すごい!! 直ってる!!」
ダクトテープが所々に貼り付いた防具を手に、サロメが興奮した様子でダクトテープを触った。
防具屋の娘としては、壊れた防具の補修が一瞬で出来るダクトテープは文字通りに奇跡なのだろう。
うん、うん、防具屋としての職業意識から純粋に感動している様子って素敵だな。
仕事への期待に満ちていた社会人1年目の俺を思い出す。
俺にもあんな純粋な頃があったっけ。
サロメにはこのまま仕事への情熱を失ってほしくないなあと思ったので、これからの仕事の役立ててほしくてダクトテープの束をプレゼントした。
「鎧の割れ目を覆うだけで簡単に直せるから、ぜひ使ってみてくれ」
「ありがとうございます、勇者様! お礼にこの鎧は差し上げます。どうぞ、魔王討伐に役立ててください」
そのヒマワリのような笑顔に負け、結局、剣道の防具もどきを受け取ってしまった。
しかし、魔王討伐はしないけど、サロメの笑みが見られたから、まあ、これはこれで良かったかなと思った。
俺の隣で胸に手を当て、「あんなに喜んで……かわいいよサロメ」とハァハァしているグラの存在を忘れられるぐらいには、気持ちがホッコリできた。
「ありがとう、サロメ。鎧はありがたくいただくよ。たぶん、着ないと思……」
「リョウ様、さっそく着てみましょう!!」
おう、安定の被せ技だなセシルさん。
結局、サロメにも勧められるがまま、俺はヨレヨレのスーツに再び着替えた後、剣道の防具もどきを装着することになった。
鏡の前に立つと、予想以上に貧弱でスカスカでかっこ悪かった。
「リョウ様、とっても、かっこいいです~」
お目々をキラキラさせてほほ笑むセシル。
君のセンスってやっぱりアレだな……。
しかし、サロメまで「かっこいい」と言い出したので、声高に反論する気がなくなってしまった。
「サロメが褒めているので、あまり大きな声では言えないが……」
グラが、防具の兜越しに俺の耳元でささやいた。
「すごーく、かっこわるいぞ」
知ってますぅ。言われる前から知ってますぅ。
俺は誓う。
絶対に戦闘などしないと。
だって、この鎧、着たくないもの。




