2.散歩
よろしくお願いします。
ふ~ん、ふんふふ、ふ~ん。
日曜夕方の某国民的アニメの歌を鼻唄で歌い切り、次は何を歌おうかなーと考えながら佐藤家のご近所を闊歩する。それが私の日課だ。
そして、ちょっと古くさい雰囲気の漂うこの商店街がお気に入りだ。部分的にアーケード街になっていて、八百屋に魚屋に花屋に本屋に金物屋その他もろもろ。昼過ぎで親子連れやお昼を終えた会社員などでそれなりに賑わっている。
黒ごすろりな童女の脇を、楽しげに会話する人たちが通りすぎていく。
約十年前に飢え死に(?)の危機から逃れた私は、その翌日から当主代替わりの際の確認作業を始めた。こう、てくてく町歩きさ。世の中の流行り廃りを見聞するためと、行動可能な範囲を調べるため。
・・・普通にぶら散が好きなだけとも言う。
もはや習性みたいな、癖みたいな?
だから必死になってキッチリ調べたりはしていない。おんなじ所を歩くこともあれば、気が向けば歩けるところまで挑戦することもある。
「おーぃ、こんにちは~」
少し離れた所から、両手を振る女性がいる。大声だから、私の周りのヒトがキョロキョロしている。
「ヨウコさん。お久しぶり!」
「螺旋ちゃん、会いたかったよ」
螺旋ちゃんとは私のこと。初代が付けてくれた名前。
初代に名付けの由来を聞いたら、髪の毛がくるんくるんだから、って笑ってた。体が小さくなってもくるんくるんですよ。
昔は確かに長髪で螺旋ぽかったけど、今は短いくるくるでタニシの密集のように見えて・・・そのうち螺髪にならんよね、これ。私が今より小さくなったら・・・あかん、考えたらあかん。
若干挙動不審になりながら、ヨウコさんを連れて商店街脇の公園に入る。緑の豊富な公園で大きな桜の木が目印だ。そこに置かれたベンチは良い休憩場所だ。ヨウコさんとふたりで腰を置く。
「螺旋ちゃんは散歩?どこまでいったの?」
「う~んと、ヨウコさんに前会ったときは、隣町まで行ったか。今はね、M町まで確かめたよ!」
ヨウコさんは切れ長の目を丸くしている。
「スゴい遠い!県境まで行けるんじゃない?」
「なーんか、まだ限界っぽさがないから、行けちゃうと思う」
四代目までは部屋から全く出られなかった。部屋の中心からのびる何かに両手足が結ばれていて、それはちょうど部屋の端でピンと伸び切り、部屋の外には進めなくなるのだ。私を縛る術のせいだ。
だけど、五代目から違った。代替わりした瞬間、つまり五代目が初めて札を私に奉納したとき、ちょっと身軽になった感じがした。まるで、手足を縛る鎖がなくなり、紐で腰だけくくられているような?
だから、部屋の端で何気なく手を伸ばしたら、そのまま重心が前に傾き、とたたたん、とたたらを踏んで縁側に出た。要は、部屋から出たのだ。
いやぁ、あの時はえらい騒ぎになった。五代目はポカンとこちらを見たまま固まってるし、五代目の弟子達がどこからともなく集まってきて「螺旋さま!」「お気を確かに!」「お鎮まり下さいませ!」とか何とか私に覆い被さってくるし。あんたらが落ち着きなされと思ったね。
結局、何か術に変化がおきて、外に出られるようになったことだけ分かった。それから代を重ねていって、当代の力量と出歩ける距離が比例してると気付いた。
ふらふら出歩いても私が家に戻ってくると理解してから、五代目達は騒がなくなったし、外で見聞きしたことが意外と役立つようで、五代目から私の放浪は暗黙の了解となったーーー。
ちょっと遠い目をしていると、ヨウコさんの視線に気付いた。私を見ている。少し首をかしげて、私をーーーん?視線がちょっと上・・・頭?
「っあ、ぁ~」
ヨウコさんは声をあげるとパッと立ち上がり、ワンピースのポケットをごそごそし出した。何を探しているの??
「なぁーんか忘れてると思ったんだ!思い出したわ。これこれ」
ヨウコさんの手のひらには、ドングリがこんもり乗っていた。
ぽっけに何入れてんの。
「性だよねぇ。冬になる前につい溜め込んじゃうんだ。もう食べなくても平気なんだけどね」
おこたに寝そべりながらポリポリするの、幸せなんだよね~。でね、これ残ったやつ。と笑いながら、公園の土が柔らかそうなところを拾った枝で穿って、次々とドングリを埋めていく。
え、何をしているの?ヨウコさん。
「え、こうしておくと、芽が出るかもしれないじゃん。そしたら、またドングリたくさん成るよ!」
バイト行く前に埋めとこうと思ってたんだ!と、ヨウコさんはつり目を細めて笑う。ヨウコさんは背が高くて涼しげな目元のお姉さんだ。一見冷たそうだが、喋ればわかる。こんなんだ。何年たっても変わらない。
じゃなくて、ヨウコさんが一冬持ってたドングリなら多分芽が出るどころかぐんぐん育つと思うけど、公園に勝手に森を造っちゃいけないと思う。え、ヒトの世は儚いから、うん十年後ここが公園じゃなくなってるかも?やめてくださいヨウコさん。アナタが言うと洒落にならん。・・・まぁ、この桜が残ってるなら森でも悪くないと思うけどね。
「少なくなったもんねぇ、野山」
ポツリと溢したヨウコさんの横顔は、少し寂しそうだった。
「螺旋~」
公園の入口に大地がいる。学校帰りにしては早い時間だ。リュックを肩に引っ掛けて、こちらに歩いてくる。
「Terra、お帰り。はやいね」
「まだ入学したてだから、授業もそんなないし」
はやく部活始まんないかな、といいながら、視線はヨウコさんの方に行く。ヨウコさんと大地の視線が絡まり、一瞬空気が止まる。「白狐?」何気なく大地が言葉を洩らした。
ぎゅうぅ、とヨウコさんの周りの空気がよじれた。ヨウコさんの目がぎらりと光る。瞳孔が縦長だ。頭に三角の耳がふたつ、鼻が尖り口が裂け牙が覗く。尻から何本もの尾がーーー。
「妖狐、きいて」
ヨウコさんの爪の尖った手をふんわり両手で包む。
「大丈夫。落ち着いて。大丈夫だよ」
彼は私の当代だと言い、ヨウコさんの手をさする。
うねる気が凪いできた。
・・・うん、ヨウコさんに戻った。
大地には、散歩でのアレコレを言っていない。ヨウコさんと散歩中に知り合ったのは数代前のことで、尚更だな。
「あれ、なんかゴメンな?言っちゃ駄目なやつだった?」
私とヨウコさんを順番に見ながら、申し訳なさそうに大地は頭を掻いている。
「こんな綺麗な白、初めて見たから」
大地は気の色からモノの本質が分かるみたいだ。ヒトに化ける妖は稀に見掛けるけど知らん振りしてるそうだ。厄介だから。だけど、私と一緒にいて、和やかにしていて、しかも清い白の狐だからつい口にしてしまったと。
相手が穏和な白狐で命拾いだよ。正体を隠した妖を暴くのは、カツラのおじさんに会って早々「カツラですよね」と言うくらい地雷だ。しかも初対面。こわいことだ。
自慢の白を誉められて、ヨウコさんはご機嫌だ。
微笑むヨウコさんは美しい。ほら、大地も赤くなってる。ぷくく。
そうだ、ちょうどよかった。
「Terra、お札ちょうだい」
「ん?もう腹ペコか?」
私の飢え事件があってから、大地が極力お札を持ち歩くようになったのを私は知ってる。怪訝な顔をしながら、お札を制服の内ポケットから出してくれた。
そうそう、大地は小学校を卒業して、最近中学生になったのだ。私服通学が、制服になった。まだ制服に着られてるね。
このお札は気を吸い込み溜める働きがある。持ち歩く札には大地の気を溜めているのだ。札を手に持つと、作ったばかりなのか、まだまだ空きがあるのがわかる。うん、一枚で何とかなりそう。
お札を地面にペタっとあてる。白いモヤがしゅうぅと札に入っていく。「ああっ」ヨウコさんの眉が八の字に歪んだ。
モヤが無くなると、別の地面にペタ。
ペタ、ペタ、ペタ・・・と繰り返していく。そう、さっきヨウコさんがドングリを埋めた場所だ。
ヨウコさんは千年を生きる白狐だ。その妖気を冬の間浴びたドングリは『たくさんドングリ実れ』と呪まで掛けられた。これはちょっとマズいことになりそうだ、ということで、ヨウコさんには申し訳ないけど、妖気と呪は回収しまーす。
ヨウコさん涙目・・・。そばで大地が困ったように息をついている。
「これ、どうぞ。残りモンだけど」
何か思い付いた大地が、リュックから包みを出す。アルミホイルに包んであるそれを見たヨウコさんの顔が輝いている・・・あー、お稲荷さんね!先代が朝作ってたの。
「部活まだないのに目一杯あるから食いきれなくて」
螺旋がなんかしたんだろ?ゴメンな?ヨーコさん。と言ってヨウコさんの両手にお稲荷さんの包みをのせた。いやいや、私なんもしてませんよ。むしろ危険を予防したよね?
「ありがとう、ありがとうー!今日のバイト、頑張れるっ。あっ、そのお札、あげるねー!」
胸にお稲荷さんを抱き締めて、元気よく手をふってヨウコさんはバイトに行った。大地も笑って見送っている。男は美人に甘い。コレ再認識。
チッと舌を鳴らしながら、地面をペタペタ札で押さえる。私の短い巻き髪がゆらゆらしている。
大地がこちらを見ていて「あ、買い物頼まれてたんだ」と呟いて歩き出した。
「居間のさあ、ドアの蝶番、ネジが一個無くなってたんだってさ。同じやつ買ってこいって母さんがさ」
「へぇ、ネジ。蝶番が歪む前に気付いてよかったねぇ」
私は立ち上がって、大地に付いていく。ふるふると頭の両端にある細かな巻き髪が揺れた。
ヨウコさんの白い気でいっぱいになった札を口に当てて、ちろりと公園を見やる。
一個、残したんだ。芽吹いたら、ヨウコさんとお稲荷さん食べながら愛でるのも、楽しそうだな・・・。
ヨウコさんは本屋でバイトしてます。