1.出会い
読みやすい文になるよう頑張ります。
よろしくお願いします。
ああもうこれはダメだ。
これで終わりだ。
意識は朦朧。
呼吸も浅く、か細くひゅうと弛く喉を通るばかり。
ぐごおおおぉおんぐうぅるるううおぉおおるるる
うるさい、な。
私は鳴り止まない騒音の元を押さえようと身動ぎしたが、ほんの僅かも体は動かなかった。
まあ、いいか。と音は忘れることにした。
長かったな、私の人生。
いや、私、ヒトか?
でも、空腹で死ぬって、どうよ。
いや、私、最後は「死」なのか?
「 」だろ、私ーーーーーーー。
閉じた目蓋を突き抜けるような白さが覆う。
私の感じる範囲が真っ白だ。
いよいよだな、と無い力が抜けて軽くなる。
「おっお母さん!おかあーさんっ!っかあっ!おかあっ!きてっ、すぐきてっ。たいへんなのっ」
「はいはい、はいはい。はーい、いーまーいーくーよ、洗濯済んだらね」
「っかあ!さっきは掃除終わったら、って言った!」
「はーい、はいはい。もうちょい待ってー、これ済んだらぁ」
「っもう!もう、もう!」
・・・ここは天国か?地獄?童子がうるさいから手前の三途か?
川渡る金持ってたっけ・・・。
うつ伏せたままポケットを漁ったら、綿ぼこりを摘まんだ。
船賃ねぇわ。終わった、私。地獄行きだわ。
川原記念に石積んどくか。
あれ・・・。
私、あっち行けるのか?ヒトみたいに?
あれれ・・・。
川原の小石を掴もうと伸ばした私の手は、つるりとした板を撫でた。
それは、馴染み深い、いつもの床板だった。
「私、まだ部屋にいる?!」
ガバッと両手をついて起き上がり、周りを見渡す。
見慣れた屋根裏だ。
だって、苦しくて動けなくなって、目の前が真っ白になって
「逝ったと思ったのに・・・」
なんだか胸の辺りが軋む。
たんたんたんたんたん
足下の方から、軽い足音がする。
先程より童子の声が近付いているようだ。
「だぁーかぁーらぁー、たいへんだって!女の子が!ねえっ!お母さん、聞いてる?!こっち!屋根裏!!
んで、光がビカッて!!」
それよりも遠くで「はいはいはいはい、たいへんねぇー」と、のんびりした声が聞こえる。当代だ、と声で分かった。
じゃあ、この童子は、次代か。もう、こんなにお喋りするようになったのか。ヒトの子は成長が早い。
屋根裏部屋と階下を繋ぐ階段に、寝癖なのかぴょこっと跳ねた髪がのぞく。次代が階下に向かって話続けているみたいだ。
「女の子がいたんだって!動かないの!
んでビカッて!こう、ビカーッ!て・・・」
眼前で手をワシャワシャーと振り回して興奮している次代の頭が見えた。動きでさらさらした短髪が揺れている。
ん?
次代が顔をこちらに向けて、固まっている。
私の後ろに何かあったかな?おもちゃなんぞここには置いてない。
私も座った周囲を見渡すが、古そうな箪笥や箱が並べ積まれているだけだった。
次代に目を戻して、その顔立ちを認識したら、体に痺れが走った。顔がーーーー。
「Anas」
思わず言葉が漏れた。
階段から頭だけひょっこり出してこちらを見ていた次代が、びくっと顔を強張らせる。
まるで、私の声を聞いたような。
ん?こっちを見て固まって・・・こっち?
私が見えて、声も聞こえてる!?まさか!
と、思ったら、
「うあああああああぁー!っかあーー!!
あっ、ぎゃっ、あっ、ぁっ、ぁっ、あっ、っーーー」
だんっだんっだんっ、とやや弾むような音に合わせて呻きが段々遠くなる。我に返った次代は、階段を尻落ちしていったようだ。
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「ーーーっていうのが、Terraと私の涙の初対面」
「それ、俺が涙したのね。主にケツ的な要因で」
「うん」
「そこは、『命助けてもらって、私も感謝の涙が』くらい言おうよ」
「そもそも私、命あるのか?」
「・・・わかんね」
Terraとは、私が当代に勝手に付けた名前だ。私には昔から名付けする癖がある。
幼かった次代は7年たった今、当代となり12歳だ。ほんとヒトの子は成長が早い。ついこないだ階段もケツ落ちするような童子だったのに。・・・いまも童子か?背ばっかり伸びて。ちっ。
きゅるるるぐきゅぅ
「当代、ご飯くれ」
「ちゃんと名前言えよ」
「・・・・・・」
「めんどくさそうな顔すんな!」
「Terra、さま、ごはん、ください」
「寺じゃねーよ、ばぁか」
「寺ノンノン、Terra!」
「ネイティブかよ!なに人だっての」
「私ヒトか?」
「わっかんねー!妖怪だろ?」
そう言って、当代こと佐藤大地は私の額にびたんとお札を貼った。これが私のご飯だ。墨で紋様のような文字が書かれた札は、周囲の気を集める。私はそれを体に取り込んで力にしている。
私は佐藤家の座敷童子として家にいる。今は屋根裏部屋が棲み家だ。
この家は初代が作った札を律儀に何代も引き継いでいる。そしてその時一番力のある人が当代となり、その家に私はいる。歴代の当代は、週一で私に札を奉納してくれている。
はるか昔は、力はなくとも勘の鋭いヒトがそこかしこにいた。妖怪の類いが傍にいるかどうかはみんな普通にわかっていた。でも今は、勘も弱いことの方が普通みたいだ。
そんな中、この家系はどこかにポコっと『力持ち』が現れる。それで私の札が絶えることはなかった。
私としてはこんなに長く繋ぎ止められたことがビックリだ。スゴいよ、初代!彼が特別濃かったからだな。
先々代(大地祖父)が亡くなったとき、どうやら引き継ぎ不足だったようで、先代(大地母)は私の札を用意出来なかった。いや、用意してくれていたけど、先代(大地母)の力が足りなくて効果が無かったのか?
今までは空いても一年待たずに力持ちが生まれるか育っていたのに、五年過ぎても先代(大地母)以上に力を持つ者が現れなかった。ようやく一族の力が途絶えるときだと思った。
ただ、今までそんな事態になったことがなかったから、その後私がどうなるのかさっぱり分からなかった。
それまで蓄えていた力で存在していたものの、ただひたすら待ち続けて力は弱まる一方。これは力が尽きたときが終わりだろうと予想できた。
更に五年が過ぎて限界を迎えた。術の縛りがあって部屋から出られないし、飢えはピークで力は尽きる寸前。飢えってのは今思い出してもツラい。ご飯大事!
諦めたとき、当時五歳の大地が札を奉納して救ってくれた。
大地は母親以上に力を持っていたようで、奉納台は大地の札を受け入れた。その時から、大地が当代だ。
大地はそれまで屋根裏に来たことがなかった。先代が毎日、掃除に来ていたけど。あの時はたまたま、先代の代わりに札を奉納しに来たらしい。
それまでは階段が急だから危ないと先代に止められていたそうだ。大地としては、三歳頃から耳につくようになった異音が屋根裏からしていたので、気になって仕方なかったらしい。
・・・異音て、私の腹の音か。まさか。
先代は私が見えていないようだ。話し掛けても反応がないし。ただ、先々代から「座敷童子さまがいるから」と、札の書き方と奉納場所だけは教わっていたみたいだ。そう大地が言っていた。
先代は、大地が私を見聞きできるとわかり、驚いたそうだ。「ホントにいるのね~」と、ナゼかその日の晩、お赤飯を奉納してくれた。
別に、札を貼るのは額じゃなくていいのに、大地は挨拶するようにべたっとやる。私より身長が高くなってきた頃からだ。
ん?
出会った頃、おんなじくらいの背だったか?ナン回目かの奉納からデコペタんとされてたか。
私の見た目は童女だ。昔は17、18歳くらいの女然としていた。それが力が減るにつれて小さくなり、今は4、5歳あたりか。泣ける。
ちなみに私は異国の顔立ちらしい。黒髪に灰色の目、浅黒い肌。髪の毛は頭の上部で二つに分けられ、細かくくるんくるん渦巻いている。服はお人形の様にヒラヒラだけど、全部黒か灰色だ。アレだ、ごすろりみたいなやつだ。
・・・私の趣味じゃないよ?
大地が初めて私を見たとき『お人形みたい』と思ったせいらしい。力が尽きかけていた私に、大地の奉納した札を通して思念が通ったみたいだ。視界が真っ白になったときね。それ以来そのまんま戻らない。泣きたい。
私はそれこそ数百年は軽く存在している。かなりいい年なのに膝丈でもさもさふわんなスカートとか、童女かと。・・・童女だな。
「ちゃんと名前呼べよな、座敷童子さまー」
口を尖らせて大地がまだぶつぶつ言ってる。
ああ、気がウマい。ほわんと顔が弛む。
ぺろん、と大地が札を上げて私を見てきた。
「なんか、ヤバい顔だぞ」
「失礼な!祟るよ、ほれほれ、ケツ割れの呪いだ!」
お札を額にヒラヒラさせたまま手を胸の前にだらりと揃えて、上半身をゆらりゆらりと八の字に揺らす。それを見て、もとから割れてるし!と大地は声をあげて笑う。あぁ、この顔。
ふるり、と体が揺れる。
初代から長かったけど、ようやく時がくるんだろうか。
何時からか座敷童子として在るようになって、私、ちゃんと約束を守れているんだろうか。
だけどきっと、約束の時は近い。
大地の笑顔に合わせて、顔を笑みの形にする。
名付け癖なんて設定、自分で誰が何やら分からなくなる墓穴とか。